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21-45 アキヒコ
ぽろぽろ泣いてる犬を見て、悦 かったのかと、俺は訊 いた。熱く汗ばむ体を、まだ背中から抱いたまま。俺は服も脱 いでへんかった。そういえば、そんなん忘れてた。
「悦 かったです……でも、何で」
背を丸めたまま、瑞希 は顔を隠 して呻 いてた。
「恥 ずかしいです、こんなん。俺は嫌 や」
「でも、つらいやろ。途中 でやめたら」
「最後までやってくれたらええやん。普通に抱いてくれたら!」
噛 みつくみたいに振 り向いて言われ、俺はびくっとした。
それに瑞希 は、また哀 れっぽい悲しい顔をして、目を背 けていた。
「血なんか、要 らへん……他で食うから」
「浮気 すんのか」
俺は何の気なしにそう訊 いたけど、ギロッと睨 まれた。ええと。まあ。当然です。
「なにが浮気 なんや。先輩、俺の彼氏 やないやんか。俺が誰と寝ようが、どうでもええでしょ」
「うん。まあ……そうやけど」
俺がそう、淡 い苦笑 で答えると、それを睨 んでいた瑞希 のでっかい目に、みるみる涙 が溢 れてきてた。まるで、大洪水 みたいやった。
そのまま流れ落ちる涙 をこらえる気配ももうなくて、瑞希 は俺の胸にすがり、おいおい泣いていた。
なんで?
なんで、って思う、俺がアホ?
でもその時は、何で泣いてんのやろって、ほんまに分からんかったんや。
「どうしたんや、瑞希 。なんで泣いてんのや」
「アホか先輩。ほんまに分からんのですか。鬼 や、ほんまもんの鬼 ……好きやのに。ずっと言うてんのに。好きやねん! なんで分かってくれへんのや!」
泣きじゃくるような歳 ではもうないはずの、三万十八歳にもなった犬が、わんわん泣いてるのを、俺はしょうがなく抱っこしていた。
「分かってるよ。お前が俺を好きでいてくれてんのは」
「嘘 や。わかってへんのや、先輩は。わかってくれてへん。わからへんのや……永遠 に」
「そんなことない。お前のことも、愛してる。ほんまやで。でも、お前が欲しいのは、そういう愛やないんやろ。一番でないと、あかんのやろ。それは無理やねん。俺の一番は……」
水地 亨 です。
ふとそれを思うと、俺はめちゃくちゃ寂 しくなってた。
申し訳ない。瑞希 と抱き合 うてても、俺は寂 しい。俺のことが、ずっと好きやったこいつが、たとえ彼氏 が五十人いようが、お巡 りさんにモテようが、それではちっとも満たされへんかったのも、なんとなく分かる。
こいつでないとあかんという相手が、なんでか知らん、世の中にはいるらしい。
亨 がいいひんと、俺は寂 しい。亨 と寝たい。亨 と寝たい。ただ抱き合って、ごろごろしてるだけでもいい。俺はあいつに触 れていたい。
アキちゃん好きやって、囁 かれたい。それでしか満たされへんモンが、俺の心にはあって、そこを満たしてくれる亨 のことが、俺は大好き。
そやから無理やねん。一時 の情欲 で、他のと寝ることはできるやろうけど、でも、そんなんで抱いたら瑞希 は傷つく。今も傷ついてる。
どうやったって、こいつは傷つくようにできている。
愛してるって、お前だけが好きやって、言うてやらんとあかんのや。こいつが求めてるのは、俺が亨 に与 えている愛情やねん。それを寄越 せって言うてんのや。やるわけにいかへん。
「許 してくれ。どうしてやったらええか、わからへん」
「抱いて……ただ抱くだけでええねん。抱きしめて……」
涙 の声で求める瑞希 を、他にしてやれることもないし、俺は切 なく抱きしめた。ぎゅうっと、肋骨 折 れるんやないかっていうほど。
それが苦しいんか、気持ちええのか、わからんような甘い切 ない声をして、瑞希 は呻 いていた。
「好きやぁ……つらいよう、先輩。ほんまに助けて……」
俺も切 ない。そんな悲しそうに言われると。
それでもとにかく、ぎゅうっと抱いといてやると、瑞希 は俺に縋 り、長いこと、めそめそ泣いていた。それでも疲 れてもうたんか。いつの間 にか、眠 ってた。
惨 めそうな寝顔 やった。くたびれ果 ててる。泣 き寝入 りやしな。
そう言えば元々、疲 れてるって言うてた。
眠 ってくれて、良かったと、俺は心底 ほっとしていた。こっちもぐったり疲れていたし、それに正直、むらむらしたわ。
欲求不満やったよ。俺も木石 ではないということは、もう、言うまでもないやろ。やりたいもんはやりたいんや。特にぐったり眠ってる、素 っ裸 の瑞希 のケツ見たら、入れときゃよかったと思うよ。それが男ってもんの性 やねん。
でも、我慢 しといて良かったなって、それが当座 の結論 で、俺はそれには満足していた。
その場の欲で、やりたい入れたいって、とにかく抱いてまえみたいな、そんな扱 い方 していいと思うほどに、俺にとって勝呂 瑞希 はどうでもええような奴 ではない。
弟みたいなんや。それは未 だにそう思う。守ってやりたいんや。
そうは言いつつ、いつも傷つけてばっかりやけど、もしかしたら俺は、自分が傷つきたくないだけかもしれへん。また、こいつと亨 が、俺が先やと醜 く争うような、そんな姿を見たくないんや。
勝負はもうついた。あれで終わりにしてほしい。また同じ泥沼 に、ハマりとうないんや。
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