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21-49 アキヒコ
いつもやったら、つるんとした無表情でいて、まるで心がないように見えていた水煙 も、俺の画風 におさまると、悲しいような思い詰 めた顔をしていた。鬼気 迫 るような。あたかも美貌 の鬼 のようやった。
水煙 はうちの家に取り憑 いている、守り神やけど、呪 いでもある。
その呪 いで血筋 の者たちを縛 り、水煙 はたぶん、自分自身をも縛 っていた。
俺にも覚 えがあるけども、自分がかけた呪縛 といのうは、案外逃 れがたいものなんや。そこから抜け出すには、誰か愛してくれる者の、手助けがいる。
亨 がそこから俺を、無理矢理 引っ張り出して、ジェットコースターみたいな別のコースに乗っけたみたいに。水煙 も、誰かがそこから引きずり出してやらなあかん。
そうしいひんかったら、こいつは、うちの血筋 に取り憑 く鬼 になる。ほんまもんの鬼 に。
たぶん水煙 はもう、鬼 なんや。俺がそれにずっと、気がついてへんかっただけで。おとんもそれを、知らんかったんやろうか。
俺は水煙 をいつか、泣いて斬 らなあかんのやろうか。他には何も、道はないんか。幸せに至 る道は。
でもまだこの時、俺にはそんな道を見つける力はなかった。水煙に叱責 されて、俺はぐうの音も出なくなっていた。亨 は俺を拒 むように、悲しそうに背を向けて、水煙 に抱かれていたし、まるで俺が嫌 いのようやった。俺のほうを見るのもつらい、耐 え難 いというふうに、震 えて聞いてるだけやった。
俺は、折 れた。根負 けしていた。自分を責 め立てる、美しい鬼 さんたちに。
「わかった。他のを探す。亨 と瑞希 を頼 む。喧嘩 しいひんように……」
とにかく誰か他のを。このホテルには式 はうようよいてる。皆、誰かの愛 しい神さんやろうけど、瑞希 の代わりに俺の式 として、生 け贄 になって死んでくれるような奴 を、探してこなあかん。そいつが死んで泣く奴 を、俺が知らんような神を。
「任 せておけ。必ず戻って来るんやで。必ず……」
水煙 は顔をしかめて、俺にそう命令していた。俺を信じてる目で。
お前は秋津 の当主 やろう、俺を愛してるんやろと、縋 り付くような信じている目で。
一体俺がお前らをおいて、どこへ行けるっていうんや。
俺は瑞希 に開かれた、シャツのボタンを留 めながら、逃げるように部屋を出た。
それで靴 も履 いてへんかったんや。
ほんまに必死で、行く宛 もない。一足ごとに、だんだん頭フラフラになってきて、絶望的 な気分やった。
誰か他のを見つけへんかったら、俺は瑞希 か亨 を殺す羽目 になる。そんなの無理やって、誰か他の、俺が縋 れる神さんを、見つけようとしてた。
ホテルの廊下 のガラス戸から見える月は、ぼんやり朧 な白い靄 がかかっていた。
それで思い出したんか。それとも、ロビーから聞こえた歌声 が、あんまり綺麗 やったから、それに誘 われていくうちに、心に湧 いてきた考えか。
湊川 怜司 。そういえばそんな奴 もいた。
抱いてくれたら式 になってやってもええと、俺にそんなこと言うてたわ。
亨 も、まだ瑞希 が戻らへんかった時、あいつを誑 し込 んで、生 け贄 にすればええんやと言うていた。
だったらこれから、あいつを抱いて、瑞希 の身代わりに仕立 ててやればええわと、俺は思ったんや。
それでも脳裏 にはちらちらと、信太 と同じ指輪はめてる白く長い指が、過 ぎっては消えていた。
あいつも木石 ではない。朧 なる怪異 かもしれへんけども、心があるわ。
死にたくないと話してた。おとんに使い潰 されて、死なんで良かったと、信太 に話していた。
それが果 たして、俺ごときに惚 れて、死んでやってもええわと言うやろか。
たった一晩 、抱き合 うて寝たくらいのことで。
長い話をくよくよ話した俺を、朧 なる男はじっと、俺を抱いて聞いていた。
口寂 しいんか、長い指を口元 にやり、自分の唇 に触 れていたけど、その薄赤い唇 で、湊川 は突然にやりと笑った。
それが長い笑いの始まりで、湊川 は俺を抱いたまま、可笑 しそうにからから笑った。始め小さく喉 を震 わせるだけやった笑い声が、だんだん身を捩 って笑うほどの、苦しそうな爆笑になり、俺の体に触 れている腹を引きつらせて、湊川 はひいひい笑った。
なんで笑われてんのやろ。
それでも抱いてくれている腕 に、おとなしく抱いてもらったまま、俺はむすっとして、その笑い声を聞いていた。
「鯰 様に突撃 取材 のご依頼 か。それはまた、ダイナミックな企画やで」
喘 ぎ喘 ぎ言うて、湊川 はまだまだ笑うつもりらしかった。
一体何が可笑 しかったんやろう。俺の話、なんか笑えるようなとこ、あったか。
「必死やな、水煙 。あいつ、そんな奴 やと思うてへんかった。けっこう可愛 いとこあるやんか」
可愛 い。水煙 がか。
まあ、そりゃあ、確かに可愛 いよ。でも、めちゃめちゃ怖いで。
亨 も怖いし、瑞希 も俺をめちゃめちゃ責めてくる。逃げ場無しやで、俺は。ものすご追いつめられている。
三人がかりで押しまくられて、もう虫の息みたいなんやで。あとは鬼 にばりばり食われるだけや。
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