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21-52 アキヒコ

 こいつは、おとんの式神(しきがみ)ではなかったんやないか。ただの恋人というか、浮気(うわき)の相手で、人ではなくて神やったけど、でも、こいつの前では、うちのおとんは、(げき)やのうて、ただの十八とか二十一の、家出(いえで)してきたボンボンやった。  俺も、そうかも。今まさにそうかもしれへん。  家出(いえで)はしてへんけど。俺は今、帰ろうという気がぜんぜんしてへん。いつまでここに()るか、決めてへん。  ()ってせいぜい、明日の朝までやろうけど。でもまだ夜は長い。あと何時間で朝か、考えんようにしようと思っている自分がいてる。 「先生もなあ、あんまり真面目(まじめ)に考えることないで。(げき)とか(しき)とかなあ。(なまず)様とか。自然現象(しぜんげんしょう)なんやから。先生のせいとちゃうで。失敗しても、あれえ失敗してもうたわあゴメンなあ、って言うといたらええねん。知るかやで、そんなこと」  無責任やなあ。ようそんなこと言うわ。失敗したら、人いっぱい死ぬらしいのに。  それは俺のせいやないんか。俺がしくじったから、皆が(ひど)い目に()う。そんなの俺には()えられへんのや。 「助けられそうやったら、助けたらええねん。ありがとうって皆言うわ」  ぷかぷか(けむり)()いて、湊川(みなとがわ)牧歌的(ぼっかてき)に話していた。お伽話(とぎばなし)筋書(すじがき)きみたいやった。  (なまず)様、出た。なんとかした。めでたしめでたし。終わり。 「先生のおとんも、泣きそうなってたわ。(いくさ)に負けたらどうしようって。負けたけど」  けろっと言われるおとんが気の毒やった。  それに、おとんも泣きそうやったんや。そんな弱っちいエピソードを聞かされ、俺もちょっぴり気の毒やった。  おとんはもっと、格好(かっこう)つけてたんやと思ってた。またひとつ(ゆめ)(こわ)れた。 「泣いたらええねん。人生劇場(げきじょう)、笑いあり(なみだ)ありやろ。そのほうが()り上がるから」 「フィクションちゃうねんで、ほんまの人生なんやで」  悲しくなってきて、俺はしょんぼり指摘(してき)した。  リセットきかへんねんで。他人事(たにんごと)やと思て、適当(てきとう)なこと言うてんのやろうけど。俺にはマジな問題なんやで。おとんにとっても、そうやったんやで。超シリアスや。(わろ)うてる場合とちがう。 「()たようなもんやって先生。事実は小説よりも()なりって言うやん。思い切ってページめくってみたら、(すご)いどんでん返しがあるかもしれへんよ。やってみるまで分からへん。続きどうなんのかなあって、適当(てきとう)にやっといたらええねん」  (とおる)って案外(あんがい)真面目(まじめ)なんやと、この時俺は初めて思った。  こいつの無軌道(むきどう)さに(くら)べたら、チーム秋津(あきつ)は気の毒なほど真面目(まじめ)ちゃんばっかりや。  水煙(すいえん)はもちろんやけど、(とおる)も必死やし、瑞希(みずき)(いた)ってはほとんど発狂(はっきょう)してる。そういうのに(かこ)まれて、俺も相当(そうとう)思い()めてる。そういう世界になってもうてる。  湊川(みなとがわ)、お前みたいな(やつ)がいて、まあええやんて言うてたらええのに。そしたらチーム秋津(あきつ)のシリアス度も、一気にダルダルなってくるかもしれへんのに。煮詰(につ)まった空気も、変わるかもしれへん。  俺は自分も大概(たいがい)、クソ真面目(まじめ)と思うけど、でもちょっと、それに(つか)れた。必死で頑張(がんば)るのに、なんか(つか)れた。  頑張(がんば)ってみても、出口のない迷路(めいろ)に入っているような気がする。  (とおる)を生け(にえ)にはできひん。そやから瑞希(みずき)を連れてくる。けど、瑞希(みずき)も殺したくない。しゃあないから湊川(みなとがわ)を連れてくる。でも、俺はこいつも殺したくない。誰も殺したくなんかないんや。  そんなこと(たの)めへん。自分が死んだほうがましや。 「どしたんや、先生。シケた顔して。お(しゃべ)りしすぎたか。酒飲んでセックスしよか。気持ちええよ、()()んで(あば)れたら」  滅茶苦茶(めちゃくちゃ)言うてる。俺、今すごく真面目(まじめ)独白(モノローグ)してんのに。  飲んでた酒を飲み()して、吸い終わりそうな煙草(たばこ)をふかし、香炉(こうろ)のような(にお)いを(ただよ)わせつつ、湊川(みなとがわ)灰皿(はいざら)念入(ねんいり)りにげしげしと火を消していた。 「愛なんてね、俺も考えたけど、結局(けっきょく)わからへん。俺は好きなんですよ、エロが。信太(しんた)も、先生のおとんもね、セックス上手(うま)いから好きやったんですよ。それだけやねん」  それだけなんや……。()(ふた)もない。そして分かりやすい理由や。  セックス上手(うま)けりゃ愛しちゃうんや。それっぽっちの理由なんや。  ほんなら俺もすごく頑張(がんば)って上手(うま)いことやれば、愛してもらえんのかな。 「寛太(かんた)もね、中が気持ちええんですよ。名器(めいき)やねん、あいつは。もう、ほんま(たま)らんというか。絶妙(ぜつみょう)()まり具合(ぐあい)」  言わんといてくれ。いろいろ想像してまうから。 「でも俺も、けっこうええらしいよ。皆そう言う。入れてみるか、先生も」  にっこりとして、湊川(みなとがわ)はそう()いた。(さそ)ってるような淫靡(いんび)さやなかった。  やりたかったら、やったらええよみたいな、事務的なまでの(さわ)やかさ。  たぶんどっちでもええんやろ。俺みたいな若造(わかぞう)なんて、どうでもええわみたいな態度(たいど)で言われた。  けど、それこそ百戦錬磨(ひゃくせんれんま)手練手管(てれんてくだ)というやつか。  俺はもちろん、むかっと来たし、どうでもええやと、なにを言うねん、めちゃめちゃよがらせて悶絶(もんぜつ)させてやるみたいな気になっていた。  一瞬で乗せられている。そのへんが若造(わかぞう)なんやけど、若造(わかぞう)やから気がつかへん。

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