332 / 928
21-52 アキヒコ
こいつは、おとんの式神 ではなかったんやないか。ただの恋人というか、浮気 の相手で、人ではなくて神やったけど、でも、こいつの前では、うちのおとんは、覡 やのうて、ただの十八とか二十一の、家出 してきたボンボンやった。
俺も、そうかも。今まさにそうかもしれへん。
家出 はしてへんけど。俺は今、帰ろうという気がぜんぜんしてへん。いつまでここに居 るか、決めてへん。
居 ってせいぜい、明日の朝までやろうけど。でもまだ夜は長い。あと何時間で朝か、考えんようにしようと思っている自分がいてる。
「先生もなあ、あんまり真面目 に考えることないで。覡 とか式 とかなあ。鯰 様とか。自然現象 なんやから。先生のせいとちゃうで。失敗しても、あれえ失敗してもうたわあゴメンなあ、って言うといたらええねん。知るかやで、そんなこと」
無責任やなあ。ようそんなこと言うわ。失敗したら、人いっぱい死ぬらしいのに。
それは俺のせいやないんか。俺がしくじったから、皆が酷 い目に遭 う。そんなの俺には耐 えられへんのや。
「助けられそうやったら、助けたらええねん。ありがとうって皆言うわ」
ぷかぷか煙 を吐 いて、湊川 は牧歌的 に話していた。お伽話 の筋書 きみたいやった。
鯰 様、出た。なんとかした。めでたしめでたし。終わり。
「先生のおとんも、泣きそうなってたわ。戦 に負けたらどうしようって。負けたけど」
けろっと言われるおとんが気の毒やった。
それに、おとんも泣きそうやったんや。そんな弱っちいエピソードを聞かされ、俺もちょっぴり気の毒やった。
おとんはもっと、格好 つけてたんやと思ってた。またひとつ夢 が壊 れた。
「泣いたらええねん。人生劇場 、笑いあり涙 ありやろ。そのほうが盛 り上がるから」
「フィクションちゃうねんで、ほんまの人生なんやで」
悲しくなってきて、俺はしょんぼり指摘 した。
リセットきかへんねんで。他人事 やと思て、適当 なこと言うてんのやろうけど。俺にはマジな問題なんやで。おとんにとっても、そうやったんやで。超シリアスや。笑 うてる場合とちがう。
「似 たようなもんやって先生。事実は小説よりも奇 なりって言うやん。思い切ってページめくってみたら、凄 いどんでん返しがあるかもしれへんよ。やってみるまで分からへん。続きどうなんのかなあって、適当 にやっといたらええねん」
亨 って案外 、真面目 なんやと、この時俺は初めて思った。
こいつの無軌道 さに比 べたら、チーム秋津 は気の毒なほど真面目 ちゃんばっかりや。
水煙 はもちろんやけど、亨 も必死やし、瑞希 に至 ってはほとんど発狂 してる。そういうのに囲 まれて、俺も相当 思い詰 めてる。そういう世界になってもうてる。
湊川 、お前みたいな奴 がいて、まあええやんて言うてたらええのに。そしたらチーム秋津 のシリアス度も、一気にダルダルなってくるかもしれへんのに。煮詰 まった空気も、変わるかもしれへん。
俺は自分も大概 、クソ真面目 と思うけど、でもちょっと、それに疲 れた。必死で頑張 るのに、なんか疲 れた。
頑張 ってみても、出口のない迷路 に入っているような気がする。
亨 を生け贄 にはできひん。そやから瑞希 を連れてくる。けど、瑞希 も殺したくない。しゃあないから湊川 を連れてくる。でも、俺はこいつも殺したくない。誰も殺したくなんかないんや。
そんなこと頼 めへん。自分が死んだほうがましや。
「どしたんや、先生。シケた顔して。お喋 りしすぎたか。酒飲んでセックスしよか。気持ちええよ、突 っ込 んで暴 れたら」
滅茶苦茶 言うてる。俺、今すごく真面目 に独白 してんのに。
飲んでた酒を飲み干 して、吸い終わりそうな煙草 をふかし、香炉 のような匂 いを漂 わせつつ、湊川 は灰皿 で念入 りにげしげしと火を消していた。
「愛なんてね、俺も考えたけど、結局 わからへん。俺は好きなんですよ、エロが。信太 も、先生のおとんもね、セックス上手 いから好きやったんですよ。それだけやねん」
それだけなんや……。身 も蓋 もない。そして分かりやすい理由や。
セックス上手 けりゃ愛しちゃうんや。それっぽっちの理由なんや。
ほんなら俺もすごく頑張 って上手 いことやれば、愛してもらえんのかな。
「寛太 もね、中が気持ちええんですよ。名器 やねん、あいつは。もう、ほんま堪 らんというか。絶妙 の締 まり具合 」
言わんといてくれ。いろいろ想像してまうから。
「でも俺も、けっこうええらしいよ。皆そう言う。入れてみるか、先生も」
にっこりとして、湊川 はそう訊 いた。誘 ってるような淫靡 さやなかった。
やりたかったら、やったらええよみたいな、事務的なまでの爽 やかさ。
たぶんどっちでもええんやろ。俺みたいな若造 なんて、どうでもええわみたいな態度 で言われた。
けど、それこそ百戦錬磨 の手練手管 というやつか。
俺はもちろん、むかっと来たし、どうでもええやと、なにを言うねん、めちゃめちゃよがらせて悶絶 させてやるみたいな気になっていた。
一瞬で乗せられている。そのへんが若造 なんやけど、若造 やから気がつかへん。
ともだちにシェアしよう!