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21-53 アキヒコ
むっとして見る俺を眺 め、湊川 は自分の指を舐 めていた。酒でもついてるらしい。しかしそれは蠱惑的 やった。
「やるんやったら、脱 がせてくれ。俺は自分じゃ脱 がへんねん。面倒 くさいから」
そんなんも面倒 くさいんか。なんというやつや。
亨 なんか自分で脱 ぐけどな。俺の服まで脱 がせるけども。そう言うお前も、俺のシャツは脱 がせたやんか。
絶対 、嘘 なんや。絶対 、作戦。しかし引っかかってもうたもんは、もうしょうがない。
俺は言われるまま湊川 のシャツのボタンを外 してた。どういう意地悪 か、やたら沢山 ボタンのあるデザインのシャツやった。無限 にあるみたいな気がする。
しかもボタンホールが固 い。綺麗 な服やけど今はウザい。誰やこんな服作った奴 は。鬼 や。鬼 ばっかりや世の中は。橋田壽賀子 さんの言う通りやで。
必死でぷちぷちボタン外 してる俺を見物 し、湊川 は組んだ脚 をゆらゆら揺 らしてた。
「先生のおとんも好きやったわ。服脱 がせるの。俺、当時は軍服 やったしな。ええよぉ、軍服 プレイ。はあはあ言うてたで、暁彦 様」
はあはあするな、おとん。俺も今、若干 してるような気がするけど。我慢 しろ。イメージ壊 れる。
「先生も軍服 萌 えアリの人?」
「そんなん無いわっ」
やっと全部ボタン外 し終わった湊川 のシャツを剥 いで、俺は怒鳴 っていた。
襟《えり》の内側にブランドのタグがあった。おのれジャンフランコ・フェレ。お前のせいで必死なったわ!
おとんが画布 にしていたという、白い体が現れて、うわあもうどないしようかと俺は思った。
これにお絵かきしようという、おとんの発想 が尋常 ではない。
でもここでメゲてたら、風呂 に浸 かられへん。下も脱 がさなあかん。こういうのは勢 いや。一気にやっとかんと機会を失う。
どことなく、おたおたしてる俺を立たせて、湊川 は俺の服を脱 がせてくれた。人のを脱 がせんのは面倒 くさくないらしい。宇宙の神秘 やな。
元気やなあって、遠慮 なく愛撫 されて、俺はつらかった。
早くやりたい。今日はめちゃめちゃ我慢 してる。ほんまにもうつらい。
そんなに弱いとこばっかり虐 めんといてくれ。頭真っ白なってくる。
それでも、俺にも、もうちょっと躊躇 いがあっても良さそうなもんやのに、相手があっけらかんとしてるもんやから、まあええかみたいな気がしてきてる。瑞希 のときには、あんなに怖いと思ってたのに。
優しい指に、一個も抵抗できひん。
「さあ、お風呂 いこ、お風呂 。先生、風呂 でせな意味ないわ」
せっかく風呂 に湯をためたのに、という事なんやろう。湊川 は俺を泡立 つ湯に浸 からせて、その上に跨 るようにして、脚 にのしかかってきた。
ある意味、怖いわあ。頼 むから犯 さんといてくれ。
「俺のも、して。先生、もうけっこう来てるし、早う入れな」
泡 で見えへん手探 りで、俺の体を確かめつつ、湊川 は俺にも愛撫 を求めてきた。
俺は必死で頷 いていた。気持ちよかったんや。このまま搾 り取られそうやった。
触 れてええんか躊躇 いのあった湊川 の肌 に、触れてくれと求められて、やっと手を触 れた内腿 の、吸い付くみたいな滑 らかな感触 に、俺はますますクラッと来てた。
「敏感 やな、先生。今また固 うなってた」
にやにや笑って、俺にキスして、触 れられながらでも、湊川 は余裕で俺を責めてた。
優しく焦 らす指使い。気持ちよかった。ほんまに良かった。
うっかり集中してもうたら、このままイキそう。愛されてるというよりも、玩具 にされてる。悪い猫が鼠 を嬲 るような、そんな意地悪 な手で、生かさず殺さず生殺 しやった。
「先生先生言わんといてくれ。オッサンみたいやんか」
つらくなってきて、思わず目を閉じ、バスタブの縁 に乗せた頭を仰 け反 らせながら、俺は文句を言うた。ゴネてるみたいな口調が我 ながら、我 が儘 なボンボンくさかった。
「じゃあ、なんて呼ぶの。先生も暁彦 様か?」
それもどうかと、目を開けて、俺の鼻に鼻先を寄 せている湊川 の目の奥を見て、俺は気が変わった。暁彦 様と呼ぶときの、こいつの目は、なんだか淫靡 や。
「俺はおとんと違うんやで」
「ええやん、そんなん。似たようなもんや。同じ顔やし」
体を開かせようとする俺の指に、湊川 は微笑して、気持ちよさそうに白い喉 をそらせて震 えた。
綺麗 な神やと俺は思った。悦 ぶ様子が、可愛いというか、いかにも楽しんでいるようで嬉 しい。
「ああ、そこ、気持ちいい」
肩 を掴 んで、切 ない声で教えられ、俺はその瞬間、頭の奥のほうで静かにぶっ飛んでいた。
小さく身悶 える白い体が目の前にあり、泡 と湯に濡 れて、うっすら上気 し始めていた。
その上におとんはどんな絵を描いたんやろう。自分やったら、どんな絵を描くんやろうかと、もやもや頭の中に、不鮮明 な絵が浮かぶ。
しかしそれを描く筆 は今ここになくて、俺の頭の中にいる絵を描く男が悶絶 していた。
描きたい描きたい。スランプ治ってきた。
ショックで萎 えてた創作意欲みたいなもんが、頭の奥で再起動 する音がして、俺はうんうん呻 いた。
「どうしよ。絵描きたいわ……」
「セックスやめて絵描くか?」
「いや……それもしたい」
悶 える仕草 で首を振り、俺は駄々 をこねた。
この正直者。俺やけど。すみません。
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