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21-55 アキヒコ

 でも湊川(みなとがわ)も神や。優しい時もある。  綺麗(きれい)な声で歌歌って、のんびりさせてくれる。美しい姿で、心を()やすちょっといい話して、先生は絵が上手(じょうず)やなあと()めてくれる。それだけ。  でも俺はいつもそれに()やされる。疲れてもうてストレスたまった時には、俺はぼけっとテレビで映画を見る。いつ見ても同じ話の『スター・トレック』とか。あるいは意味なくネット見る。  あるいは湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)浮気(うわき)をするんかもしれへん。おとんはそうした。そうしてガス抜きをして、結局は湊川(みなとがわ)でなく水煙(すいえん)様のほうを選んだ。  遊びやった(わけ)では。好きは好きやったろうけど。でもこの鳥は、(つか)まえて自分のもんにしようとすると、さっと逃げる。()われるのを良しとしいひん。自由でいたい(やつ)やねん。  もしかすると、俺のおとんはこいつの、自由気ままなところを愛してたんかもしれへんわ。  ()らえてもうたら消える、そんな一瞬の光のようなもんを。  実は俺も、それが好きやった。庭に来る、野生(やせい)の鳥やから美しい。()われへんからこそ可愛(かわい)い、そういうのが()るねん。 「なんてことないよ、先生。死んだことないけど、それもいい経験かもしれへん。あの世ってどうなってんのやろ。戻ってこられへんから、先生にはどんなんか教えてやられへんけど、俺もいっぺん閻魔様(えんまさま)と会うてみようか」  自分を抱いてくれてる神様の体にお(すが)りして、俺はつらい顔やった。  そろそろつらい。動いてくれへんかったら、()らされてつらい。  それに、こいつを()(にえ)にして、もう二度とこの世のどこでも会えない、そういうことになるのが、つらい気がして、俺は悶絶(もんぜつ)してた。 「動いてええか」  苦悶(くもん)の顔で(たず)ねると、優美(ゆうび)に笑って、湊川(みなとがわ)はゆっくり大きく(うなず)いた。  お(ゆる)し出たわと思って、俺はほっとして、バスタブの反対側にほっそりバランスのいい湊川(みなとがわ)の体を押し(たお)して、長い足を開かせて抱いた。  (あわ)(ぬめ)るし、熱くて気持ちいい。それに、やっと、好きに(あば)れさせてもらえるし。  ゆっくり()くと、湊川(みなとがわ)眉間(みけん)(しわ)()せ、もどかしそうな(あわ)愉悦(ゆえつ)の顔をした。  ()れた髪が(ほほ)に張り付いていて、それがちょっと(やつ)れたような(はかな)さで、何か胸がもやもやする。  いや。()()えする。たぶんそうなんやろうけど。俺は当座(とうざ)、それを深く考える余裕(よゆう)もない。 「気持ちいい……」  (こま)ったなあって思って、俺は()(しぼ)小声(こごえ)で言うた。温かく(ひた)されるような快感が、ひと()きごとに()いていた。  こんなん、いけない遊びすぎやないか。指には結婚指輪やし。(ばち)当たる。水地(みずち)(とおる)大明神(だいみょうじん)神罰(しんばつ)が。  ばれたら、ぎったんぎったんにされる。されて当然みたいな気もする。  でもな、しゃあないねん、これも血筋(ちすじ)(さだ)めやし、これが俺の仕事やろ。しょうがないよな。  しょうがないってお前も言うてたやん。お前がやれって言うたんやで。お前が湊川(みなとがわ)(たら)()めって提案(ていあん)したんやしな、俺はそれを実行してるだけや。  そんなん言い訳になるかって、きっと(とおる)はマジギレするんやろうな。あいつ、キレるとなったら自分の言うたこととか棚上(たなあ)げやしな。  きっと俺、三回くらい殺されるんやで。白い大蛇(おろち)尻尾(しっぽ)攻撃でピシャーンピシャーンとかな。(するど)(きば)(ほね)まで食われる。  (ゆる)さへんアキちゃん、(ゆる)さへんからな、って、俺が瑞希(みずき)を抱いて可愛(かわい)がっただけでも怒ってた。  抱いたけど入れてへんのやで。それでも(ゆる)さへんのやで。ほんなら今のこれ、どうなるねん。  たぶん死刑(しけい)や。どうせ死刑(しけい)やったら、やっといたらよかったか、瑞希(みずき)とも。それはあんまり無茶苦茶(むちゃくちゃ)か。  ああ、ごめんなさい、水地(みずち)(とおる)様。お(ゆる)し下さいって思うけど、気持ちよすぎてやめられへん。ほんまにすいません。  やめなあかんと思うと余計(よけい)に気持ちいいような気がする。でも、どうしようかって俺が(かす)かに躊躇(ためら)(ころ)に、湊川(みなとがわ)が俺が心底(しんそこ)ぎょっとするような事を言うた。 「下手(へた)やなあ……先生」  顔をしかめて、湊川(みなとがわ)は苦しそうやった。というか、苛立(いらだ)っているようやった。 「へ、下手(へた)!?」  俺はあまりのショックにまた()()えなりそうやった。  その俺に組み()かれたまま、湊川(みなとがわ)眉間(みけん)(しわ)()せ、うんうん、そうや、って(うなず)いていた。 「なんか(ちが)うねん。ええとこ当たってへんで。ちゃんとそういうの考えてやってるか」 「か……考えてへん」  考えるわけない。だって(とおる)は、ただ入れるだけで、気持ちええわってめちゃめちゃ(もだ)えるもん。  演技(えんぎ)やないで。ほんまに()えらしいで。それが体の相性(あいしょう)がいいという事らしい。  俺はそんなの分からんけども。だって入れるほうは入れられるほうと違って、とりあえず入ればそれで気持ちええんやもん。  それでもかなりクオリティ高いような気はするけど、他の男とやったことないしな。それが普通か、飛び抜けて気持ちええのか、比較対象(ひかくたいしょう)にできる(れい)がないから、わからへん。  今も気持ちええよ。すごくええけど、確かに(とおる)ほどではない。気が(くる)いそうというほどではない。  でもそれは愛してないからやないの。愛なき性交渉(せいこうしょう)やしな、めちゃめちゃ()くても、せいぜいが肉体の快感やろ。愛してる愛してるみたいな陶酔的(とうすいてき)なもんはないわ。

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