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21-57 アキヒコ

 いっぺん火がつくと、(せつ)ないような(もだ)え方やった。つらそうに眉根(まゆね)()せて、快楽(かいらく)(ひた)っている顔はどことなく悲痛(ひつう)なようで、可哀想(かわいそう)やと俺は思った。 「し、死ぬ」  のけぞって俺を抱く、白い首筋に、()みつきたいような気がして、俺はそれを(こら)え、ただキスをした。すぐに甘い悲鳴が聞こえた。極楽(ごくらく)いったらしい。  ああ、よかった。これで面目(めんもく)躍如(やくじょ)。これで俺もやっと、成仏(じょうぶつ)できるって、とうとう自分の快楽(かいらく)没頭(ぼっとう)できる時がきた。  長かった。お(あず)けばっかりやった。この瞬間がいちばん幸せ。  (とおる)やったらもっと幸せやったけど、でもまあ、これはこれで。なんというか。まあまあ幸せ。  ごめん。そんな男で。でも正直言って、相当(そうとう)気持ちよかったです。(たましい)()けそうやった。(こし)()けそう。  (こら)えず(あえ)いで、俺はまだ(ふる)えているような、白い体の中に出してた。小さく(うめ)いて湊川(みなとがわ)はそれを受け入れていた。  中出ししていいかって、()くべきやったか。でももうやってもうた後やしな。  はあはあ(あら)い息で、ぐったりしている朧月夜(おぼろづきよ)を、俺は自分も終わった後の乱れた息を(ととの)えながら、じっくり(なが)めた。綺麗(きれい)やなあと思いつつ。  けだるそうに目を開き、湊川(みなとがわ)(あせ)湯気(ゆげ)()れた顔に、はりつく髪をゆっくりと取り()けた。  ぼんやりと虚脱(きょだつ)したような顔やった。どこも見てへん、くつろいだ顔。  この時のこいつの顔は独特(どくとく)で、他で見たことがない。満足そうで、無防備(むぼうび)やった。  そうしている時が、一番美しい。でもこれを見ることができるのは、(かぎ)られた者の目だけで、頑張(がんば)ってご奉仕(ほうし)をした後の、ご褒美(ほうび)みたいなもんやった。 「気持ちよかった」  わかりやすい感想で、ぼんやりと言われ、俺は()められた。 「もう()いて。(あし)(つか)れた」  余韻(よいん)もなんもない口調で言うてきて、解放されると湊川(みなとがわ)は、ずるずる湯の中に(しず)()んでいった。  そして(ぬる)い湯につかり、湯縁(ゆべり)(まくら)に、はあと深いため息をついて、至福(しふく)のような表情をした。 「気に入ったわ、本間(ほんま)先生。(しき)になったろう。(なまず)()(にえ)にも、他におらんのやったら、俺がなってやろう。水煙(すいえん)様に、そう言うといてくれ」  煙草(たばこ)をよこせという仕草(しぐさ)で俺に()(まね)いて、湊川(みなとがわ)はどっちがご主人様かわからんような横柄(おうへい)さで、俺に一本とらせ、火までつけさせた。  なんで俺がそんなことせなあかんねん。でも(いや)な顔もせずやってもうたわ。なんでやろ。(あやつ)られている。 「そやけどな、(おぼ)えておいてくれ、先生。あくまでも業務上(ぎょうむじょう)都合(つごう)や、俺がお前の式神(しきがみ)になるのは。()れたわけやない。俺を水煙(すいえん)や、(へび)やワンワンと同じやと思うたらあかん。行動は(とも)にはしいひん。俺が誰と寝ようと文句は言うな。それに、あんまり()()れしゅうしんといてくれ。好きやないねん、ベタベタされるのは」  ()()なかった。ものすごく。  くそう。言われんでもお前にベタベタなんかしいひんわ。俺も命が()しい。ぎったんぎったんにされる。 「用事があったら電話しろ。電話番号は、先生の携帯(スマホ)に入れとくしな」  バスルームの(ゆか)(ころ)がっている俺のジーンズの、ヒップポケットに入っていた電話を、湊川(みなとがわ)が長い睫毛(まつげ)の流し目で、ちらりと見ると、急に着信音(ちゃくしんおん)が鳴った。  そしてそれが、すぐに切れた。  いったいどないして、そんなことができるのか、(なぞ)やけども、こいつも人やない。人やメディアの(あみ)の目の、隙間(すきま)()んでいる神や。そういうこともできるんやろう。 「それから、俺のことは、(おぼろ)と呼んでくれ。二人きりの時は」  じっと見つめて、湊川(みなとがわ)は俺に趣向(しゅこう)を教えた。  暁彦(あきひこ)様と(おぼろ)。  こいつは俺の式神(しきがみ)になったわけやない。別れて七十年以上が()ぎたけど、今でも実は、俺のおとんに(つか)えてる。 「どうして、おとんと別れたんや。暁彦(あきひこ)様と。なんで一緒(いっしょ)に、ついていってやらへんかったんや」  (いくさ)で死ぬのが(いや)やったんか。薄情(はくじょう)そうな(やつ)やしな。命あっての物種(ものだね)やと言うてた。  そこまでおとんが好きではなかったんかな。他の式神(しきがみ)がみんな、命がけでのご奉公(ほうこう)やったのに、お前だけが逃げたのか。  うっふっふと面白そうに、(おぼろ)は笑った。(けむ)るような目を細め、淫靡(いんび)微笑(びしょう)やった。 「ついてくるなと言われたんや。そういう命令やった。俺は()てられたんやで、(ぼん)。生きて戦後の世の中を見ろと言われた。ずっと、その時々の好みの歌でも歌うて、自由気ままに面白(おもしろ)可笑(おか)しゅう生きていけと。あいつが死んでも、知らん顔して……」  そして湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)はずっと、そのおとんの命令を守って生きてきた。好き勝手に、自由気ままに、知らん顔して。  それでも、うちのおとんが好みそうな。時代時代の歌を歌って。冗談交じりに言われたように、ずっとラジオの(せい)として。じっと世の中を見つめ、結局、誰のものにもならへんかった。  たぶんずっと、うちのおとんの(しき)やったからやろう。  それを、おとん大明神(だいみょうじん)が知っているのかどうか。気になるところやけども、ある意味それは、どうでもええことなんやろう。(おぼろ)なる男にとっては。

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