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21-58 アキヒコ

 相手が自分を好きかどうか、それは自分の心と関係がない。  愛情とか(きずな)というのは、自分の心に(ちか)うもんであって、たとえ相手が薄情(はくじょう)でも、()くす(まこと)には関わりがない。(おぼろ)は、そういう心意気(こころいき)のやつらしい。  そういう(おぼろ)が、()たして愛を理解しない心の神か、俺は実は(うたご)うている。  ほんまはすごく愛情深い、そしてそれを誰にも見せんようにしている、(おく)ゆかしい神さんではないか。  水煙(すいえん)といい、(おぼろ)といい、おとんはそういう(しき)(はべ)らせて、ほんまに冥利(みょうり)()きる男やったやろう。  もう()ぎ去った時代のことや。今ではもうその二柱(ふたはしら)の神も、俺のもんやし。俺はおとん大明神(だいみょうじん)()える男になれたやろうか。  いや。まだまだや。そういう気がする。  朧月夜(おぼろづきよ)に抱く白い体が、暁彦(あきひこ)様と鳴くうちは。俺はまだまだ、おとん大明神(だいみょうじん)には(およ)ばへん、本間(ほんま)先生、秋津(あきつ)(ぼん)でな、もしかするとずっと一生そのまんまかもしれへんのや。  それでもええねん。(おぼろ)なる月に求めても無駄(むだ)や。愛してくれとは。  (あわ)雲間(くもま)(かく)れて(おも)う、愛しい男を忘れろと、無理強(むりじ)いに命じるのは無粋(ぶすい)というもの。いくら若造(わかぞう)やいうても、俺にもそれくらいは分かる。  いつか変わりやすい月の心が、いつのまにか俺に向くまで、雲間(くもま)の月がにっこり微笑(ほほえ)むような時まで、ただ待つだけや。  (へび)()まれるわ。朧月(おぼろづき)を見て、綺麗(きれい)やなあって、あんまり口開けてると。アキちゃんアホか、死刑(しけい)やって言われる。  せやから浮気(うわき)浮気(うわき)。今回限り。ちょっと人生の勉強に、ひと()みしてもろただけやねん。  ところでその夜、チーム秋津(あきつ)はどうなっていたか。そちらにもカメラを戻してみましょう。  現場の本間(ほんま)暁彦(あきひこ)さん。その後もちゃんと生きてましたか。  もちろん俺は殺されはしいひんかった。良かったなあ。主人公が死んだら、この話、終わってまうもん。  (おぼろ)風呂(ふろ)で一発やった後、シャワーブースで一緒(いっしょ)に湯を浴びて、俺の体も洗ってくれた。  ついでに、(すご)いという(うわさ)やった舌技(ぜつぎ)(すご)さも披露(ひろう)してくれた。  (すご)い。ほんまに(すご)かった。ほんまに(すご)い。  俺は(とおる)を世界一愛してるけど、公正(こうせい)()し、愛のバイアス無しに評価(ひょうか)するなら、それについては(おぼろ)のほうが(すご)い。  絶対、秘密にしてくれ。俺がそう言うてたということは。  (とおる)には当然やけど、水煙(すいえん)にも言わんといてくれ。怖いから。  あまりの()さに病みつきで、さらにベッドでいちゃつこうかという(おぼろ)様のお(さそ)いに、いえ、もう帰りますとは言われへんかった。  (ゆる)してくれ弱い俺を。ベッドでルームサービスのナイトフードを食らいつつ、もう一発くらい()いといてもらった。  美味(うま)かった、神戸ビーフのコールドミート・サンドイッチ。腹が()っててん。いっぱい()いたしな。酒も飲んだし、べろんべろんやったんや。  歌(うと)うてくれって強請(ねだ)って、『月がとっても青いから』もフルコーラス(うと)うてもろた。  ええ声やわあ。美しすぎる。俺ちょっと酒飲み過ぎか。  そして、月もすっかり(すず)(ころ)。さあもう寝るし、先生帰れと冷たく言う湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)に、とっとと追い出され、ふわふわ()き立つ足取りで、俺はフラフラと部屋に戻った。  裸足(はだし)でではない。冷たい言い方する(わり)に、湊川(みなとがわ)はご親切にも、自分の(くつ)()してくれた。  俺と(おぼろ)は、足のサイズが同じやったんや。おとんとも同じやったらしい。  そんな話ええねん。なぜか腹立つ。なぜだろう。不思議やな。宇宙の神秘(しんぴ)や。  そして奴は(くつ)フェチらしい。たった三泊(さんぱく)滞在(たいざい)やのに、クロゼットにはいっぱい(くつ)持ってた。買いたての新品やという紐靴(ひもぐつ)を、俺に似合いそうやと言うて(めぐ)んでくれて、お(ひざ)に足抱いて靴紐(くつひも)まで結んでくれた。  (やさ)しい。おかんみたいや。その靴が新品やのうて(おぼろ)様のお(ふる)でも、俺は別に全然気にしいひんかったやろ。もう終わりや。  その(くつ)はいて、にこにこ上機嫌(じょうきげん)に帰り、()うた勢いで、バーンて部屋のドアを開くと、ものすご暗い顔の人々が待っていた。  いや、人々やのうて神々。(はしら)やで。俺の愛しい三柱(さんはしら)の神さんや。  車椅子(くるまいす)に乗せられた水煙(すいえん)は、窓辺(まどべ)で夜を(なが)めていたけど、何も見てへんような横顔やった。  俺が戻ると振り向いて、俺が描いてやった絵の顔で、ほっとしたようにアキちゃんと俺を呼んだ。  水煙(すいえん)は、俺があんまり遅いんで、このまま帰ってこないんやないかと不安に思うてたらしい。まさか俺がほんまに(しき)探しに行くと思ってへんかったんやって。  売り言葉に買い言葉やったんやな。水煙(すいえん)は、ちょっと怒ってただけらしい。なんやそうやったんか。俺、ほんまに死にそうなったわ。あっはっは。やめといて。俺に怖い顔すんの。ビビりやねんから。  そして水地(みずち)(とおる)はソファで燃え()きていた。いろいろ考えて(つか)れたんやろう。寝てはいなかったけど、燃え()きた(はい)みたいになって、ぐんにゃり横たわっていた。  そして勝呂(すぐろ)瑞希(みずき)は、犬になっていた。ほんまもんの犬や。  (つや)やかな黒い毛の、大きな犬やった。どことなく猟犬(ハウンド)を思わせる、すらりとした体つきで、じっと見つめる憂鬱(ゆううつ)そうな黒い目の、美しい犬やった。

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