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21-60 アキヒコ
そんな無茶 なことができるんか。ほんまに、ドラえもんの四次元 ポケットやな。ドラえもんやったんや、湊川 怜司 。なんとかしてよドラえもんや。俺はのび太くんか。
エロいドラえもんやったなあ。夜七時には放送できひん。というかテレビやと無理。
「神にはそういうのができる奴 が居 るんや。覡 にも居 るで。ヘタレの茂 もそうや」
ヘタレの茂 もそうやったんや。いったい大崎 先生はいつまでヘタレの茂 と呼ばれるんやろうか。少々気 の毒 になってくる。
真面目 に言うてる水煙 の話を真面目 なふりした顔で聞きながら、俺はそう思うてた。
「そうやって、あいつはこのホテルに空間を増やしているんや。あいつは絵の中に入ったりもできる。入るための、位相 の綻 びが見えるらしい。器用 やけども、でも、そんな力なんぞあったかて、戦 では何の役にも立たん」
でも、めちゃめちゃすごい力やで。絵に入れるんやで。どないして入るんや。俺も入ってみたい。
え。でも。じゃあ、ちょっと待て。ほんなら大崎 先生に、迂闊 に亨 の絵なんか売ってもうたら、あかんやないか。
あの絵の中に入ると、どないなんの。絵の中の亨 が居 るんやろか。それって、どうなんの。
あかんあかん。考えたらあかんような気がするわ。売らんでよかった。中西 さんに感謝せなあかん。
油断 も隙 もない、せやからあのエロ爺 、俺に舞妓 さんの絵描けなんて言うたんや。
ようやるわ、何も知らん俺にそんな、エロの片棒 担 がせやがって。もう爺 には風景画 か静物画 しか描いてやらんようにせなあかん。犯 される。
「絵って、中身あるんや」
なんでか意味なく楽しくなってきて、俺はにっこにこして言うてた。ほんまに酔 うてるわ。俺、めちゃめちゃ酔 うてるわ。ものすご酔 うてるわあ。
「それ相応 の、霊威 のある絵やったらな。あくまで、閉じられた小部屋のようなもんやけど。霊力 しだいや。この世界かて、神が描いた絵のようなもんやろ」
水煙 はそれを、むちゃくちゃ当たり前のことのように言うてたけど、俺はすごく感動して訊 いていた。
ええ話やなあ。絵描きのツボに来る話や。水煙 はそんなつもりで言うたわけではないやろうけど。
「絵ってすごいんやなあ」
たぶん俺の目はキラキラしてた。
「今さら何を言うてんのや、お前は……」
大丈夫かなあと不安そうな顔をして俺を見て、水煙 はしおしおになっていた。そこまで心配そうな顔されてたんや、今までずっと。知らんかった。知らんまま行きたかったような気がちょっとする。
「朧 は調子がええからな、お前には気楽 で、ええように思えるんかもしれへんけども、ああいうのについていったら、家など守っていかれへんのやで、アキちゃん」
くどくど説教 を垂 れている、切 ない真顔 の水煙 を見て、俺はますます、にこにこしていた。
口うるさくて、おかんか小姑 みたいやなあ、水煙 。
でも、ほんまは焦 っていたんやないか。朧 にアキちゃん盗 られてもうたら、どうしようと思って。可愛 いなあお前、ほんまに可愛 い。食べちゃいたい。
「お前のおとんもな、結局はあいつを捨 てたんや。秋津 の式 として、戦列 に加 わるには値 しない奴 なんや。今は非常時 やから仕方 がないけども、家格 というのも意識しろ。アホみたいなのばっかり増やしても、しょうがないんやで」
「誰がアホみたいなのばっかりや……」
俺の膝 で、亨 が呻 いていた。誰もお前のことやて言うてへん。アホやけど。お前はそこがええんやないか、亨 。ほんまに可愛 い奴 や。愛してる。
「おとんは、式 が死ぬのが嫌 やっただけやで、水煙 。あいつに生きといて欲しくて、捨てていったんやないか。朧 を愛してたんや」
俺がぼんやり感じ取っていたことを、口に出して言うと、水煙 はぐっと堪 える顔をした。
「そんなことはない」
水煙 、むっちゃ断言 してる。でも、どう見ても悋気 の顔やった。焼 き餅 焼いてたんや、水煙 も。別に普通に。
可愛 いなあ。ほんまに可愛 い。可愛 いわあ水煙 。もう言わんでええか。
「妬 かんでええやん。おとんは結局お前を選んだんやし、最後までお前と一緒 に居 ったんやから。お前のことも愛してたんや」
にこにこして言う俺の話に、水煙 はムッとした顔で、ほっぺた真っ赤になってた。やっぱり赤い方が可愛 いなあ。白くなんのも、あれはあれで可愛 かったけどな!
「……そういう問題ではないんや。なんでそういう話なんや。妬 いた妬 かんの話ではない。あいつはアキちゃんを誑 かす、下品 な物 の怪 やったんや。そやから追放 しただけや」
ぷんぷん怒って、水煙 は俺に説明してくれた。そうかそうかと頷 いて、俺は大人しく拝聴 した。水煙 様に逆 らってもしょうがない。
それにもう、七十年以上昔の話なんやしな。初心 な水煙が、朧月夜 にエロエロお絵かきしてるおとん大明神 を絶対許 せへんと思い、それをやっつけんのにちょうどいい大義 名分 があったから、やっつけといたという事でもな、まあ、それは、恋の鞘当 てや。しょうがない。
それにしても、あいつ、水煙 には出し抜かれ、鳥さんみたいなアホにさえ出し抜かれて、賢 そうでいて、実はちょっと抜けてんのとちゃうか。天然 というかな。
ツンツン意地 張 って、がっちり鷲 づかみしいひんからあかんのとちゃうか。奥 ゆかしすぎやねん。
まあ。なんというか。そこがいい。
そう思う俺は、だんだん秋津 暁彦 っぽくなってきた。もうあかんようになってきた。
よしよしと抱きしめてやっていると、黒い猟犬 はだんだん解 けたように寛 いできて、俺の腕の中でゆらゆらと揺 らめきながら、ぎゅうっと抱きついている人の姿になった。
しかし全裸 やった。そのへん、どないなってんのか。
「うわあっ、なんやこれ。足や!」
ふと目を巡 らせて、瑞希 の生足 を見た亨 は、びくっり仰天 していた。
「なんやこれ! 素 っ裸 やないか、瑞希 ちゃん。どないなっとんねんテメエ!」
血相 変えて飛び起きた亨 が、まだ俺に抱きついている瑞希 をどしどし蹴 っ飛ばして押し返そうとしていた。
それでも、じとっとした涙目 で耐 えて、瑞希 は俺の腕 にしがみついていた。
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