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22-1 トオル
アキちゃんも大概 、鬼 やで。
俺はもう、呆 れ果 てるのを通り越 して、燃えカスみたいになってたわ。
アキちゃんに、何言うても無駄 や。俺がいくら何を頼 もうが、全然聞いてへん。優 しいみたいな顔をして、お前が好きやって言うけども、アキちゃんほんまは俺のこと、どうでもええわと思うてんのと違 う?
舐 めてんのや、俺のこと。
もう、自分のもんやし、結婚してくれ言うたらしたし、抱きたい時にはいつでも抱けるし、なんの有 り難 みもない。
顔が好きやていうけども、顔ええ奴 なんかいくらでもおる。水煙 様もお美しいし、瑞希 ちゃんかて可愛 いしやな。水地 亨 は大したことない。アキちゃん絶対そう思うてる。
俺はほんまに、悲しいわ。何が悲しいて、アキちゃんがそんなふうやという事も、そりゃあもちろん悲しいけども、そんな男がめちゃめちゃ好きな自分のことが、いかにもアホみたいで切 ないわ。
俺はしんどい。アキちゃんのこと、なんで好きなんやろ。もはや理由もわからへん。
頭では分かってるけど、なんか心がついていかれへん。
それでも好きや、めちゃくちゃ好き。
せやのになんでか、水に落ちた墨 の雫 のように、ぽつりと小さく、アキちゃんが憎 い。
こんな黒い一滴 一滴 が、ずうっと溜 まりに溜 まったら、俺はきっと真っ黒になるで。また悪魔 に戻る。
アキちゃん憎 いわ、可愛 さ余 って憎 さ百倍。いっそのこと食うてまえって、そんな虚 しい振 り出しに戻る。
わからへん。何でこんなことになってんのか。これが水煙 様の言う、血筋 の定 めというやつか。
あいつは、ようそんなもんに、何年、何十年、何百年と耐 えてきたわ。正常やないで。きっと頭がおかしいねん。
そうでなきゃ、やっと巡 ってきた千載一遇 のチャンスやっていうのに、酔 った勢 いでアホみたいになったアキちゃんが、お前もおいで、抱いて寝てやろうっていうのを、拒 んだりするもんか。
あいつはお高い。三人まとめていっとけみたいなのには、混ざりたくないんやろ。誰かて嫌 や。本気で惚 れてたら、自分だけを抱いてほしいもんや。それで正常。
せやけど、秋津 の血は異常。基本、乱交 らしいで。なんかそんな話やわ。アキちゃんのおとんは、そうやったらしい。なんせ相手が多いもんやから、一晩 に一人やと追いつかへん。
ローテーションは組むけども、そんなん守ってられへんていう、がっついた奴 もおる。そのへんは臨機応変 に。そんなに焦 れてるお前は可愛 い奴 やなあって、順番抜かしもさせてやる。
その辺は駆 け引きや。元々俺の番やったやつと、二人まとめてやっとけば、俺を見ろ俺を見ろってお互 いに競い合うやろう。愛してくれって必死になるわ。妬 いたり妬 かれたり、なおいっそう熱く燃え上がる。
勝ったり負けたり。そんなもんが愛にはあるのか。
あるやろうなあ。俺はずっとそんなことばっかり考えて生きてきた。俺は犬に勝ったやろか。それとも負けたやろかって、ずっとくよくよ気にしてた。
それでも俺が勝ったんやって、俺はそう信じてきたし、アキちゃんは俺を選んだ。俺のほうが好きやった。せやから大阪では、犬を殺してもうたんや。
可哀想 やなあ、犬。アキちゃんも可哀想 。愛しいワンワン手にかけて、しばらく死んだようになっていた。それを見て俺は、こんなんせんかったら良かったと思ってた。
俺が嫉妬 に狂 ったりせず、寛大 に許 してやって、俺が一番、犬は二番で、あんじょうやっといたらよかった。そしたらアキちゃんはきっと、幸せやったやろ。
そんなことを思いはしたけども、それは犬が死んでて居 らんからこそ思えたことやったわ。実際、そいつが舞い戻ってきて、先輩抱いててアキちゃんに言い寄る。そして抱いてもろて、可愛 い声で鳴く。そんなん耐 えられへん。
やっぱ無理やねん、実際それに直面 すると、死にそうにつらい。イメージトレーニング全部チャラ。その痛いこというたらな、もう、想像をはるかに超えてもうてるから。
でも俺は、それを寛大 に見過ごしてやらなあかん。水煙 が、そうしろって言うんやもん。
それが俺の甲斐性 で、そうせえへんかったらアキちゃんには式 が増えへん。俺はもう式神 やない、指輪をもろた連 れ合 いでしかなく、いざというとき死ぬ気で行くのが怖いというんやったら、アキちゃんは自分のために喜んで死ぬような、忠実 な式 を、俺とは別に囲 っておかんとあかんのやって。
そうでないと死ぬような事が、覡 の世界にはあるらしい。
アキちゃんのおとんも、戦 の時にはそうやった。
ご神刀 を振 りかざし、斬 った張 ったで事の済む、鬼やら物 の怪 やったらええけども、相手が強大な神ともなると、刀 や太刀 で武装したかて、心許 ない。体を張って守ってくれる、式神 が必要や。
桃太郎 かて一人で鬼ヶ島 に特攻 はせえへんかったやろ。犬と猿 と雉 を連れていってたやろ。それはあいつも覡 やったからや。
だって桃 から生まれたんやで。まともな人間やない。神仙 の類 やわ。
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