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22-7 トオル
戸を叩 く音がして、目が醒 めたんや。
まだ素 っ裸 のままやった。眠 ったような気がせえへんかった。
時計を見たら、まだ朝の七時。非常識 やわ。早朝 やないか。普通まだ寝てる時間やないか。それ程 やない?
せやけどアポ無し訪問 には、少々早い。
アキちゃんは、まだ酔 いが醒 めてへんのか、ぐうすか寝てた。犬もフテ寝 や。気づいてんのやろけど、来客 なんて、俺が知るかという態度 やった。
そして水煙 様は窓辺 の車椅子 に鎮座 したまま。なんで俺が行かなあかん理由があんのやという、澄 ました顔して俺を見ていた。
なんで俺なん。全裸 ですよ、俺は。服着てる人が行ってくれへんか。たとえ車椅子 でも、もう動けるやろ。ちょっと仕事してくれよ水煙 様。ドアぐらい開けられへんのか。
無理か。ほんなら、しゃあない。
俺はホテルのバスローブを取りに行き、それを素肌 に纏 っただけの格好 で、辛抱 強くドアの外に待っていた来客 に、ドアを開けに行ってやった。
眩 しい奴 が立っていた。信太 や。ひとりやった。
今日は今日とて、ショッキングピンクみたいなアロハを着ている。ピンクに極楽鳥花 。ろうけつ染 めらしい、太い白抜 きで縁取 られた花が、大胆 な構図 でババンと描 いてある。
めちゃめちゃ派手 で、極彩色 やけど、虎 には良う似合 うてた。
眩 しい眩 しいてアキちゃん言うけど、確かに眩 しいけどもや、でも似合 うてんねんから、ええやん?
何を着ようと自由なのよ。着たいもん着ればええのよ。俺もアキちゃんの趣味 なんか、これっぽっちも頓着 してやらず、着たいもん着ることにしよう。
今日も蝶々 のアロハ着るから。しかも錦蛇 のパンツ履 くから。派手 やから俺は。お前好みのイイ子服なんか着てやらへんから。ガラ悪う生きていくよ、今日は。
「お早う。悪いな朝から。真 っ最中 やった?」
にこにこ笑って、虎 は嫌 みを言った。それが嫌 みに聞こえるのは、俺の心の僻 みやけどもな。
「真 っ最中 なわけあるか。お前んとこと一緒 にすんな」
「なに怒ってんの、亨 ちゃん。水煙 様、借 り受けに来たんや。竜太郎 がまた元気出たらしいんで」
「なにやっとんねん、あのチビは。朝っぱらから元気やのう。まったく、宿題終わったんか……」
ぶつぶつ言いつつ、俺は信太 を部屋に引き入れた。
ドアから見えるリビングの、正面の窓には車椅子 に乗った水煙 様がいたけども、信太 は一瞬、それが誰だか分からんようやった。
そういやそうやった。水煙 は例 の、アキちゃんが描 いた絵の姿 のままやったんや。
どうもこの線 で行くことにしたらしい。もう、宇宙人 には戻 らへんのか。昨日変転 してからというもの、ずっとこの姿 のままやで。
つまり、こいつも着替えの服が要 るんや。
見たとこ、俺と大層 変わらん体格 のような気がするけども、まさか俺の服は着たくないやろ。俺は別にかまへんけども、でも水煙 は嫌 やろ。少なくとも蝶々 のアロハは着ない。そんな気がするな。
どうせアキちゃん好みの服を着ようという魂胆 や。そうに決まっている。
「水煙 ?」
びっくりしたような真顔 で、信太 は車椅子 の麗人 に訊 いていた。
水煙 はそれに、何も答えへんかった。ただじっと見上げるだけで、真顔 のままニコリともせえへん。
言うても意味ないと思ったんやろ。水煙 はアキちゃん以外に興味 がない。にっこりすんのはアキちゃんにだけで充分 やと思うてる。
それに、相手の本性 が何かなんて、いちいち訊 かんでも分かる。信太 も盲目 やない。見れば分かるわ、それが水煙 やということは。
「もう日数がない。今日明日が勝負やな」
虎 を見上げて、水煙 はぽつりと確信めいた口調 やった。
「蔦子 さんは何で、自分では予知 しようとしないんやろうか。竜太郎 には荷 が重いんやないか。ずいぶん参 ってるようやけど、このまま続けて大丈夫なんか、うちでは皆、心配しとうわ」
虎 は黒い革 パンのポケットに手を突 っ込 んで、いかにも嘆 かわしそうにそう言うた。
暑くないんか、お前。まだまだ残暑 厳 しいのに、そんんもん履 いて。
しかしこの虎 は、暑さ寒さを実はほとんど感じてへんらしい。そうやなかったら、燃えてる不死鳥 抱かれへんしな。普通の人間とは違うんや。
「蔦子 がやっても、危 ないことには変わりない。今回やってる事は、ただの予知 やない。未来を選択しようしてんのや」
「選択」
びっくりしたように、信太 は答えてた。つまりこいつは、自分のご主人様がどういう仕事をしてんのか、ようは知らんかった。占 い師 やと思うてた。未来を予知 する巫女 で、それが全部やと思うてたんやな。
蔦子 さんは、そう度々 は、未来を作り替えようなんて、せえへん人や。ひとつ変えたらその余波 が、あっちこっちに及 ぶ。それがどういう意味を持ってんのか、よう知ってる人や。
死ぬ運命の誰かを助けるということは、別の誰かを殺すということや。往々 にして、そういうもんらしい。
誰が死ぬかを変えることはできても、結局、誰かが死ぬことには変わりない。
神ならぬ人の身で、誰が死ぬかを選ぶというのは、しんどいことや。ある人を救 えても、身代わりに死んだ人を殺したのは自分やという、自責 の念 の責 め苦 を味わう。
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