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22-8 トオル

 蔦子(つたこ)さんは、アキちゃんのおとんの戦死(せんし)予知(よち)した。  それを変えたいと思った。でも、変えられへんかった。  暁彦(あきひこ)様は、気にするなと許嫁(いいなずけ)(はげ)まして、再び帰らぬ航海(こうかい)に旅立っていったわけや。  その時に、俺も戦う、お前も戦えと、蔦子(つたこ)さんを(はげ)ましていった。  それは、自分の持ってる力で、お前もこの島国の、三都(さんと)の人らを守ってやれという、そういう意味やで。蔦子(つたこ)さんはそれで、頑張(がんば)ったらしい。  でかい新型爆弾(しんがたばくだん)が、日本に落とされるのを予知(よち)した。どえらい悪魔(あくま)みたいな新兵器やった。  空襲(くうしゅう)も、バカスカあったしな。蔦子(つたこ)さんはそういうのんが、京都に落ちるのを予知(よち)して、その未来をねじ曲げた。  結果、よそが燃えた。結局、誰かが死ぬことには変わりないんや。  未来に手出せへんかったら、蔦子(つたこ)さんにとって、それは悲しくても、自分には責任のない厄災(やくさい)やった。(てき)の攻撃や。自分のせいではないわ。  そやのに未来の行く先を変え、飛んでくる爆弾(ばくだん)の攻撃目標を自分が()らしたんやから、蔦子(つたこ)さんの自責(じせき)(ねん)は深い。  その厄災(やくさい)がどんなもんやったか、皆も知っているかもしれへんけども、蔦子(つたこ)さんはそれが実現する前から知っていた。  人を逃がさなあかんて、蔦子(つたこ)さんは(えら)いおっちゃんらに()()うたけど、鬼道(きどう)小娘(こむすめ)が何言うとんねんて、相手にしてもらわれへんかったんやって。  大和魂(やまとだましい)があれば、爆弾(ばくだん)なんか()けていく。そういう信仰(しんこう)が、当時はあったんや。  しかし残念ながらこの時は、大和魂(やまとだましい)だけやと、あかんかったな。  その後、予知(よち)した悲惨(ひさん)な現実が、ほんまに現実になるのを(なが)め、蔦子(つたこ)さんはくたびれた。未来なんか()たくないって、まあ思うわな。  そこに、暁彦(あきひこ)戦死(せんし)(ほう)もあり、すっかりへこたれてもうたんやって。  がっくり来すぎて、三年寝太郎(ねたろう)。それを、アキちゃんのおかんが看病(かんびょう)してやったらしい。自分の血をやって、従妹(いとこ)の姉ちゃん(やしな)ってやった。  だからあの二人は、親友(しんゆう)らしいで。恋敵(こいがたき)やけど、蔦子(つたこ)さんにはおかんは命の恩人(おんじん)で、可愛(かわい)幼馴染(おさななじ)みでもある。  おかんはお兄ちゃん好きやったけど、その許嫁(いいなずけ)やった蔦子(つたこ)さんのことも好きやった。(やさ)しい従妹(いとこ)のお姉ちゃんやった。そやから助けたんや。  それに深い意味はない。子供のころから一緒に遊んだ、ありきたりの(きずな)があるだけで。  しかし蔦子(つたこ)さんはそれを(おん)に着ている。今さらもう、アキちゃんのおとんに手を出そうとは思うてへんわ。  今でも好きは好きなんやろうけど、あれは登与(とよ)ちゃんのもんやと思うてる。  せやから自分には、違う未来を選択した。アキちゃんのお(よめ)さんになる未来を捨てて、もっと別の、また違う幸せを探そうとした。  幸せに(いた)る道は、ひとつではない。未来にはいくつもの可能性がある。  (あきら)めたら負けやって、気の弱い逃げ(ごし)なりに、歯を食いしばって頑張(がんば)ってはったんやろな。あの人にはあの人の、プライドがあるわ。  自分も秋津家(あきつけ)巫女(みこ)として、()すべき事を()す。(みじ)めな負け犬にはならへんでって、幸せ探して生きてきたんやろ。 「蔦子(つたこ)は不幸を()傾向(けいこう)がある。破滅(はめつ)幸運(こううん)と、ふたつの道がある時に、なぜか破滅(はめつ)を引き寄せる(そう)の女や。それはもう、仕方のないことや。天性(てんせい)のもんやからな」  信太(しんた)を見上げて、水煙(すいえん)真顔(まがお)で話した。  どことなく鳥さんに似たとこもある面差(おもざ)しやけど、実は全然似ていない。ほわぁん、みたいな所が全くと言っていいほどに無い。(きび)しい暗い目や。底知(そこし)れぬ(やみ)を見つめてるような。 「蔦子(つたこ)にとって最良(さいりょう)の選択は、自分の力を使わないことやろう。不幸な未来を引き寄せて()るくらいやったら、いっそ盲目(もうもく)でいるほうがいい。誰か他のが、もっとマシな未来を()るかもしれへんのやからな。何を()ようが押し(だま)り、自分の中に(かか)えた秘密(ひみつ)にしておくほうがええわ」 「蔦子(つたこ)さんは、俺が(なまず)に食われる未来を()たと言うてた」  信太(しんた)はにこりともしない真顔(まがお)で答え、水煙(すいえん)に話してた。 「その未来は、どうあっても()えるらしい。十年前から()えてるけども、前にはそれを(こば)んだ。それでもまだ()える。きっと()けがたい運命(うんめい)なんやろうと」  それは、覚悟(かくご)を決めて見つめてるような目ではあったけど、暗くはあった。  そらそうやろう。死にたくはないわ。可愛(かわい)不死鳥(ふしちょう)かて、やっと変転(へんてん)したばかり。まだまだ(ひな)やって心配やろうし、なにより一度(つか)んだ幸せを、あっさり手放せる(やつ)はおらへん。 「未来はまだ確定していない。うちの(ぼん)はお前やのうて、(おぼろ)()(にえ)に出すつもりでおるわ」 「怜司(れいじ)を?」  どこか気味(きみ)良さそうに言う水煙(すいえん)の話に、信太(しんた)は初めて顔をしかめた。 「なんでそんなことになっとうのや。そんな話、俺は聞いてない。蔦子(つたこ)さんはなんも言うてへんかった」 「蔦子(つたこ)はまだ知らんのやろう。予知者(よちしゃ)でも未来を全て知っているわけやない」 「なんで怜司(れいじ)()(にえ)なんて。そんなこと承知(しょうち)するような(やつ)やない」  (こば)口調(くちょう)(たず)ね、信太(しんた)はイライラすんのか、(わけ)もなく部屋のあちこちを(にら)むような目で見た。  それが何や、(おり)の中でうろうろしてる、(とら)われた(とら)みたいやった。

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