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22-9 トオル
「昨夜 、アキちゃんと寝たんや。それで式 になったんやろう。もしもそうなら、鯰 に食われろと命令されたら、さしものあいつも逆 らいはせんやろ。性悪 でも、式 は式 やから……」
水煙 は湊川 怜司 が嫌 いらしい。
気が合うなあ。俺も嫌 いや、あいつは。俺からアキちゃん寝取 ろうやなんて。逝 ってよし。
「どういうことやねん。本間 先生は、どういう了見 なんや。蔦子 さんは俺を、生 け贄 にやると言うとうのやで。それを選 りに選 って別の、蔦子 さんの式 を、なんの断りもなく手込 めにしてやで。いくら本家 の坊 や言うても無礼 やないか。それで礼節 を弁 えてると言えるんか」
ぎゃあぎゃあ言うてる信太 は、俺や水煙 とは気が合わんようやった。ラジオ好きらしい。
そういやこいつ、ロビーでラジオとディープキスしとったしな。まんざらでもないようやった。不実 な虎 やで。鳥さんにデレデレしとるくせにや、他の鳥もええなあ、みたいな。そんな信用ならん奴 やったんやで。
「知ったことかやで。分家 のもんは本家 のもんや。お前はそのお陰 で命拾 いすることになるんや。素直 に喜んだらええやないか」
「俺は怜司 には、借 りがあるんや。昔、いろいろあって荒 れとう時に、あいつには世話 んなった。その上、身代 わりに死んでくれでは、俺の男としての面子 が立たん」
お堅 いなあ、信太 。案外 、真面目 や。死なんでええんやラッキーみたいに思えばええのに。俺やったらそう思うけどなあ。
「それに、あいつ……やっぱり本間 先生に惚 れとったんか。そうやないかと思ったわ」
それが痛恨 の極 みというふうに、信太 はぼやいた。
何で、ぼやくの。
お前にとってそれに、どんな痛さがあんの。
「そっくりらしいな、本間 先生は。暁彦 様に」
「生き写しや」
憎 そうに訊 ねている信太 に、水煙 はさらりと答えてやっていた。
せやけどその目はどことなく、横目 に逃げる流し目で、水煙 は誰からも目を逸 らしてた。
気まずいんやろう。自分もアキちゃんがおとんにそっくりなのに萌 えている。その件 について、ちょっとばかし後 ろめたいんやろう。
「あいつな……めちゃめちゃ悦 えとな、いくとき暁彦 様って呼びよるねんで」
いきなりな話に、俺もブッて吹いてた。水煙 は、むかっとしたんか、ものすご怒った顔をして、虎 を睨 んだ。
「なんの話や、そんなん誰も聞いてへんやないか」
「惚 れとうのや。後悔 しとんねん、ずっと前から。暁彦 様といっしょに死んどいたらよかったなあって、あいつは腹の底では思うとんねん。可愛 げないから、口を開けば憎 まれ口 ばっかりやけどな、死のうか生きようかフラフラしとんねん。それでも何とか生きとうのやで。殺さんといてやってくれ」
「ちょっと待って信太 。お前の本命 は鳥さんなんやんな?」
口挟 んでゴメンやで。でも一応、確認 させて。大事なところやから。
信太 はそう言う俺を振 り向いて、苦しいような顔をした。
「そうや。そうやけど。俺はあいつにマジで惚 れとったこともあるねん。今はもう寛太 一筋 やけどな、それでも、怜司 が死んでもええわとは思わへんわ」
二股 ちゃうの、それ。二股 に分かれてない?
ほんまにお前といい、アキちゃんといい、一体なんぼ枝分 かれしたら気がすむんや。八岐大蛇 やあるまいし、アキちゃんいったい、頭、何個あんの。
俺のことで一杯 なってるメインの頭の他に、水煙 様とか瑞希 ちゃんとか、神楽 遥 とか鳥さんとかやな、他ので一杯 になってる大小の頭がたくさん枝分 かれしちゃってない?
まさか虎 まで、そんなんとはな。聞いたことない。双頭 の虎 なんて。そういう無節操 なのはウロコ系の得意技 やと思うてた。
水煙 かて、おとんと息子に二股 やしな。もしかしたら、そのジジイとか、さらにその父とかにも、俺が知らんところで枝分 かれしてんのかもやで。
「可哀想 やで、怜司 。ちょっと本間 先生、どこに居 てはんの。話させてくれ」
奥のベッドに居 るんやろうっていう気配 がすんのか、信太 はずかずか部屋の奥まで入って行こうとした。
ああ、あかん、行ったらあかん。アキちゃんまだ酔 うてんのかもしれへんで。お前のその枝分 かれしてる頭が好きらしい、怜司 ちゃんと、つい何時間か前まで組 んずほぐれつやっとったんや。
それで何発抜 いてきたのか、すっかり満足してもうて寝てんねん。殺していいけど、俺より先に殺さんといてくれ。
「先生、寝てる場合やないですよ。起きて。起きてください」
わめいてる虎 の声がして、水煙 は、うんざりみたいに俺を見上げた。でもそれは、車椅子 押してくれという意味やった。
放置 でけへんらしい。放っときゃええのに。アキちゃんなんか、どないなってもええやん。虎 に食われてまえ。
でもまあ、知らん顔はできへんわな。
しゃあないから俺は、水煙 の車椅子 を押してやり、まだ昨日のルームサービスのワゴンが残ったままになっている、新婚 さん仕様 の天蓋 付きベッドのほうへ行った。
そしたら信太 、がっつりアキちゃんに馬乗 りなってた。ほんで、ほっぺたバシバシ叩 いてた。そうでもせんと起きへんかったんやろうけど。アキちゃん熟睡型 やから。
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