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22-12 トオル
いつも難しい顔をして、苦しそうに悩 んでる子やったのに、アキちゃんは何か、憑 き物 が落ちたみたいに、すっきりした顔をしてた。半徹 明けで、二日酔 いでも、今までにないくらい、充実してる顔やったわ。
「備 えるためや、アキちゃん……竜太郎 の予知 は、ただ未来を知るためのもんやない。有利な未来を選択するためにやってるんや」
「そうか……ほな、程 ほどにな。お前にも、竜太郎 にも、何かあったら俺は嫌 やしな。無理はせんといてくれ。予知 ができひんかっても、なるようになるわ」
風呂 行くみたいな気配 をさせつつ、アキちゃんは淡 く笑って、そう言うた。
なるようになるさ か。まるで、藤堂 さんみたいやな。
アキちゃん、偶然 やのうて、ほんま言うたらそのことを、意識してたかもしれへん。
ふっと思い出して、可笑 しいなあと思ったらしい。なんや、まるで、藤堂 さんみたいなことを自分は言うてる。パクってんのかなあ、って、思ったらしい。
でも、それは結局、真理 やねん。悩 んでも、頑張 っても、なるようにしかならへん。未来をどんだけ予知 できたかて、その次の瞬間に起きることは、結局わからへんままや。
下手 に知るより、ぜんぜん知らん、行き当たりばったりのほうが、ええこともある。
「そうや……水煙 。お前、どんな服着たいんや?」
ふと思いついたように、アキちゃんはバスルームに行く途中 で、こっちを振 り向いた。
訊 かれてるとは気づいてるんやろうけど、水煙 様は黙 ってた。かすかに息を飲むような、困惑 してる沈黙 で。
それでもアキちゃんは返事を待ってて、水煙 は焦 ってきたらしい。しばらく困 り続けてから、絞 り出すような声で答えた。
「わからへん、そんなん。何でもええわ」
「ほな、俺が適当 に選んでもええか?」
優 しく訊 いてるアキちゃんに、水煙 は照 れてるんか、それを押し隠 したいような険 しい顔してうつむいて、好きにせえと、無言で小さく頷 いていた。
どんなんがええかなあと、考えるような顔をして、アキちゃんはふらっとバスルームに入っていった。
すぐにシャワーを使う音が聞こえた。風呂 入ってるらしいわ。
出かける気やなと、俺は思った。アキちゃんはいつも、お出かけ前にはシャワー。何かっつうとシャワー。とにかく水浴び。お湯やけど。
気分を変えたい時に、水浴びてるらしい。もしくは、俺と寝る前に、必ず水を浴びてくる。
たぶん、覡 の本能やろう。禊 ぎをしてる。俺も一応神様やからな。それに触 れようという時には、身の穢 れくらい祓 っておかんと不作法やって、アキちゃんは思うらしいよ。
おかんの躾 やないか。無意識にそれが、染 み付いている。
そんなことには、俺は正直、こだわらへんのやけど。どこぞの偉 い大明神 ではない。アキちゃんが俺に触 れるのに、禊 ぎが要 るとは思わへん。
そんなん気にせず、抱きしめて。俺にも何か、言うてくれても良かったんやないのか。
犬や水煙 様には、優 しく声かけてやったのに、俺は無視やで。
悪気 はないのかもしれへんけど。気がつくともう、アキちゃんがあいつには何回笑いかけてやったのに、俺には少ないって、数えてもうてる。
俺だけのモンやったのに。思い返すと、切 ないわ。
「ほな借 りていくで、水煙 様」
しれっと車椅子 に寄 ってきて、信太 はそのハンドルに手を触 れた。
「お前は朧 とデキとったんか。汚 らわしいわ」
つんと顔を背 けて、水煙 は信太 に言うたけど、虎 は笑っていた。
「心配いらんで、水煙 。向こうもお前が嫌 いらしいから。気ぃつけろよ。ひとつ屋根の下なんてことになったら、エグい仕返 しされるで」
面白そうに言う信太 に、水煙 はぴくりと目蓋 を震 わせ、伏 し目 になった。
「それこそ心配いらん。アキちゃんが、守ってくれる」
真顔 で言うてる水煙 の、縋 り付くような信じてる目を見てもうて、俺は内心、ドギマギしていた。
ええ。そんなアホな。戦わへんのか、水煙 様は。武器のくせしてアキちゃんに、守ってもらうんか。
あは、と呆 れたのか、びっくりしたような短い笑い声を、信太 が漏 らした。
「可愛 いな、案外 。そら、怜司 が負けるわけやわ。あいつはほんまに可愛 ないからな。口は悪いし、言いたい放題 ずけずけ言いやがるしな」
「そんな奴 のどこがええんや」
不愉快 そうに、暗い目をする水煙 の顔をわざわざ覗 き込 んで、信太 は教えてやっていた。
「自由やねん」
笑って言われたその答えに、水煙 はますますムッとしたようやった。
「軽いんや、あいつは。どんな我 が儘 でも許 すし、浮気 しようが怒らへん。ひとりで生きていけるしな、守ってくれなんて言わへんで。守ってやるとも恩 着せへん。それが気楽 やねん。お前みたいなのと違 うてな」
にやにや軽薄 そうに、信太 は教えていたけど、言うてることには何か、本気の愛が滲 み出ていた。
「まあ、それが嫌 なわけやけど。手応 えなくてな。でも、ほんまにこっちがしんどい時には、ラクでええねん。暁彦 様も、ラクやったんと違 うか? 案外 、秋津 の大恩人 かもしれへんで。お前ら見てたら、怖いもん。必死やし。癒 し系 がおらん」
「俺が癒 し系 や」
聞き捨てならん信太 の説 に、俺はすぐ異論 を唱 えたよ。
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