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22-17 トオル
嫌いやっていう意味やないんやで。めっちゃ好き。それは前と全然変わらへん。帰ってきてえなアキちゃん。どっこも行かんといて。このまま消えて、二度と見つかりませんでしたなんて、そんなオチ嫌 や。つらすぎる。
そんな思いで探し回ってな、それでも、どうしても見つからへんから、泣く泣く部屋戻 って死んでたんやで。そこへ、あの酔 っぱらい……鼻歌 まじりで帰ってきやがって。
舐 めとんか、俺を! ぶっ殺す。
でも、泣きそうに嬉 しかったんやで、ほんまのところ。
せやのになあ。皆。ちょっと前のページまで記憶 プレイバックしてみて。アキちゃん部屋 帰ってきて、まず誰に声かけた?
水煙 や。それから犬や。俺は最後やで?
許せへん……。まず俺やろう。心配かけたな亨 。許してくれ愛してる、キスキス、とか、そういうの無いの!?
俺は妬 いてる。焼き餅 だらけ。お餅 屋さんみたい。焼けたお餅 の皿 で心の中が足の踏 み場もない。
こんがり。いい匂 い。もう食えん。もう焼きたくない。アキちゃん好きやって甘えたいねん。しかし己 の意地と悋気 が邪魔をして、頭ん中ごっちゃごちゃになってる。
アキちゃんが、何とかせえよ。亨 、怒らんといてくれ、反省 してる、お前を愛してる、世界一愛してる、俺はなにより蛇 が好き、お前がおらんと生きていかれへんて、ちゃんと言え。
昨日の夜には言うてたけど、あれは酔 った勢 いなんやろ。ちゃんと素面 で言え。酔 うてへんかったら、そもそも俺を口説 いたりせえへんかったなんて、そんなん酷 いしな。なんや、物のついでにそんな事まで思いだしてきて、むっちゃ切 ない。そして腹立つ。
「ホテルに残っとくか?」
アキちゃんは俺と、どんな距離とったらええか分からんという顔で、気まずそうに離れたとこから訊 いてきた。
「そうするわ。他人のもん買うのに連れていかれても面白うないし。少女漫画絵も描けたしな。聖 トミ子光臨図 、大司教 にくれてやれって、遥 ちゃんとこ持っていっとくわ」
べらべら答える俺の声は非常に暗かった。アキちゃんラブー! みたいな心の実情 とは裏腹 に、鋭 く拒 むような響 きやった。
そこまでで満足して黙 ってりゃええのに、俺はなおも付け加えた。
「アキちゃんは犬と神戸デートでもすりゃええよ。良かったなあ、犬殺さんで済んで。嬉 しいやろ。腕組んで、いちゃいちゃ歩いて来い。港神戸 は恋の街 やからな!」
それで俺は、つかつかバーンみたいにバスルームに籠 もり、ぷんすかキレながらシャワー浴びて、浴室 びっしょびょにしたまま、ガーッと戻 って服着てた。
瑞希 ちゃんは、どうしてええやらという感じやったんか、俺がベッド横のクロゼットに服取りに現れた時にも、まだ素 っ裸 で呆然 みたいに、ベッドの中にいたわ。
「お前もいつまでヌードで寝てんねん。とっとと風呂 行け。ご主人様が首輪 買 うてくれるらしいで。街 行ってハアハア言うて来い!」
俺はとにかく腹が立ちましたので、使い終わったバスタオルなどを、ワンワンに投げつけておきました。
そんな亨 ちゃんは、大人げなかったでしょうか。お前はいったい何千年生きてんねん、でしょうか。犬、可哀想 やったでしょうか。
ええんです、犬は。俺はこいつに死ぬ寸前 までドツキ回されたことありますから。小出しに復讐 してもええんです。
これもその一部なんです。こんな程度 で許してやるんやから、亨 ちゃんは神様なんです。優 しいんです!
俺が風呂 入って、あがって、服着て、出かける支度 までしたというのに、アキちゃんはまだ裸 やった。風呂 上がって、下だけジーンズで、濡 れ髪 にタオルかぶって、それこそ雨の日に拾 われてきた犬っころみたいに、惨 めそうな顔して俺がうろうろ支度 しに歩くのを、目で追いかけてただけやった。
ほんまはな、俺が何か言うてやらへんかったら、あかん話やったんかもしれへん。
アキちゃん気にしてんのやしな。亨 、怒ってるやろなあ、って。
実際、怒ってたけどな、怒ってたからこそやけど、俺が、もうええわ気にすんなって、話向けてやらんかったら、アキちゃん手出しでけへんかったんやろな。
自分が悪いんや、怒られても当然やなあという、そういうシチュエーションやったからな。
でも亨 ちゃん、百パー気づいてませんでした。くっそ俺を遠巻 きに無視 しやがってと、内心、ハンカチ噛 み裂 いてました。餅 だらけの心の部屋で。
「ほな先行くしな。俺は俺で遊んでくるしな! 文句ないやろな、アキちゃん?」
ギャオーンみたいに俺が戸口 から吼 えると、アキちゃんはじっと俺を見て、しんどそうに頷 いた。
なにをそんな、しんどい顔すんねん。俺が癒 し系 やないと言うんか。
今はそうかもしれへん。でも、それは、てめえのせいなんじゃ。お前が全部悪い。
お前がややこしい家の子やから悪いねん。お前が普通のなんてことない自由な男で、家がどうの血筋 がどうのて言わんでよければ、俺は幸せになれたんや。
今ごろお前とのんびりラブラブで暮 らしてた。夏休みの楽しい残りの日々を、組んずほぐれつで満喫 していた。ふたりっきりで旅行も行けたやろうし、アホみたいな道場 通 いで時間とられたり、犬でモメたりもせえへんかった。
そんな男やったら良かったのに。
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