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22-18 トオル

 アキちゃんがそこらへんの一般人(パンピー)で、神通力(じんつうりき)とかそういうの何もなしで、ただ俺が好きなだけの、普通の大学生とかやったら良かった。  それでも俺はお前が好きやったと思う。どんな男でも別に良かった。秋津(あきつ)の跡取(あとと)りの、大事な大事な坊(ぼん)でさえなければ。  畜生(ちくしょう)、泣ける。  がつーんてドア閉めて、持って出た絵を挟(はさむ)む画板(カルトン)を引っつかみ、ずかずか廊下(ろうか)を歩いていく間、俺は必死で泣くのを我慢(がまん)していた。  泣くもんか、これっぽっちで。男の子やねんから。強いねんから亨(とおる)ちゃん。神様やねんから。  言うとくけど俺はもともと、ここまで涙もろくはないで。というか、むしろ、血も涙(なみだ)もない奴(やつ)やった。  アキちゃんと会うてからや。めそめそ、うえーん、みたいなのは。めちゃめちゃ涙腺(るいせん)ゆるくなってもうた。  壊(こわ)れちゃったのよ、亨(とおる)ちゃんの涙腺(るいせん)。アキちゃん好きやで辛抱(しんぼう)たまらず、悲しかったり切なかったりで、やたら泣けんのよ。  アホか。少女漫画(まんが)か俺は。せめて少年漫画(まんが)ノリで行け。努力、友情、勝利やで。  本日はもう、愛は休業。愛はないから。あるのは餅(もち)だけやから。こんがり、ふっくら焼けてるで!  藤堂(とうどう)さんとこ行って、一緒(いっしょ)に飯(めし)食おうって誘(さそ)おう。俺は藤堂(とうどう)さんと朝飯(あさめし)食うたことない。寝坊(ねぼう)キャラやったから。というか、朝はいっつも喧嘩(けんか)みたいやったから。  オッサン早朝からお目覚めで仕事行きよるしな。せやのに病状深刻(しんこく)で、具合(ぐあい)悪いし。俺の御利益(ごりやく)を持ってしても、けろっと健康にはならへんわ。死相(しそう)出てたもん。実はやっと生きてるだけやったんとちがうか。ほんまは死体やったんや、歩く死体(リビング・デッド)やで。  それで心配なのもあったんかもしれへんけど、俺はとにかくオッサンを引き留(と)めたくて、仕事行くな、俺と居(お)れ、お前は俺の下僕(げぼく)なんやろと、朝っぱらから毎度毎度の大げんかやで。俺がキレとるだけで、オッサンは耐(た)えとるだけやけどな。  朝飯(ブレイクファスト)どころやないよ。  藤堂(どうどう)さんが朝飯(あさめし)に哲学(てつがく)のある人やったなんて、ほんまに知らんかった。なんも知らんままやった、あの人のこと。喧嘩(けんか)ばっかりして。  仲(なか)いいのは、嬲(なぶ)ってもらって悶(もだ)えてる時だけで。それも切(せつ)ない。抱いてほしいって、苦しみ悶(もだ)える生殺(なまごろ)しの蛇(へび)やで。  こいつがヤハウェの僕(しもべ)やのうて、嫁(よめ)はんも娘もおらんで、ホテルの支配人(しはいにん)でものうて、癌(がん)でもなくて、そして俺を愛してくれてたら、どんなにええやろって、ずっと鬱々(うつうつ)と恨(うら)んで過(す)ごしてた。  無い物ねだりやな。我(わ)が儘(まま)やねん。  でも、そんな我(わ)が儘(まま)を、優(やさ)しく受け入れて聞いてくれるのが、相手が俺を愛してるってことなんやと、俺には思えた。  それで余計(よけい)に我(わ)が儘(まま)やったんかな。自分でもアホかと思うような我(わ)が儘(まま)言うてみたり、欲しくもないような贅沢品(ぜいたくひん)を、これ買え、あれ買えって強請(ねだ)って貢(みつ)がせてみたり、それにあっさり飽(あ)きてみせて、こんなもん要(い)らんてポイ捨(す)てしてみせたり。それでも嬉(うれ)しいやろ、俺に尽(つ)くせて、幸せやろって、まだまだ強請(ねだ)る目で見る。  藤堂(とうどう)さんは、耐(た)え難(がた)かったやろ。あの人、締(し)まり屋(や)やしな。贅沢(ぜいたく)するけど、本来、無駄(むだ)なもんは買わへんで。必要性のある、ええもんを手に入れて、ちゃんと減価償却(げんかしょうきゃく)。それがあの人の美学(びがく)やろうけど、俺は浪費家(ろうひか)やったしな。  俺、誕生日がないねん。俺に誕生日をくれって強請(ねだ)って、何千万かするダイヤの指輪を隠した白いイチゴのショートケーキを作らせて、指輪んとこの一切れが、当たった人には幸運がやってくる。それを上手く引き当てたら、今夜こそ抱いてくれへんかと強請(ねだ)る。  でも、その一切れが、なんでか見つからへんで、ぶち切れてケーキを窓から捨てる。指輪入ってんのに……って、藤堂(とうどう)さん若干(じゃっかん)遠い目やったしな。それに俺が投げつけてやった捨て台詞(せりふ)がな。  イチゴがすっぱい。  ギャグやで。今思うと。でもその時は、なんでか修羅場(しゅらば)やねんなあ……。  藤堂(とうどう)さん、内心笑ってええか、泣けばええのか、分からんかったんやないか。俺のこと、アホやと思ってたに違いない。でも、俺のご機嫌(きげん)そこねたら、自分は死ぬんや。魔法のお薬もらわれへんようになる。アホに命を握(にぎ)られて、怖かったやろうなあ。  それでも俺を愛してたなんて、変態(へんたい)やであのオッサンも。そんなこと、あるわけないって思うてたけど。俺には自信がなかったんや。  愛してもらえるようなこと、なんもしてへん。可愛(かわい)げもないし。品(ひん)は悪いし。我(わ)が儘(まま)やし。金遣(かねづか)い荒(あら)いし。寝相(ねぞう)悪いしな。  寝相(ねぞう)悪いのは俺のせいやない。わざとやないもん。お前が抱きしめて寝てくれへんからや。  アキちゃんとこでは、俺は寝相(ねぞう)ええで。アキちゃんに抱きついて寝てるもん。せやから寝ながら暴(あば)れたりせえへん。怖い夢も見ない。いつも満たされて眠ってるんやから。アキちゃん、優(やさ)しいんやもん……。  って。あかんあかん。どうしても涙(なみだ)出そうなほうに考えが向いてまう。  アキちゃん今日はもう許(ゆる)してやらへんのやから。干(ほ)してやる。指一本触(ふ)れさせてやらへん。  そして俺は、浮気(うわき)をしてやる。もう、そう決めた。決意固(かた)いで。意固地(いこじ)になってるからな。断固(だんこ)として浮気(うわき)。絶対に浮気(うわき)。

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