360 / 928

22-19 トオル

 どうせやったら藤堂(とうどう)さんと。それが無理なら誰でもええわ。アキちゃん以外の誰かやったら、誰でもええねん。  藤堂(とうどう)さんやったら理想的。アキちゃん、それが一番、痛いやろうから。  別にそれだけやで。藤堂(とうどう)さんでないと、あかんという事ではない。俺がオッサンとやりたいからではない。あいつはもう、()ててやった男やしな。過去やから!  ざまあみろ生殺(なまごろ)しオヤジ。  そう思いつつ、俺はロビーの一角(いっかく)で、くどくど話しているスーツの男の後ろ姿を見つめた。  藤堂(とうどう)さんは今日も、ブルーグレイのスーツ着て、めちゃめちゃ決まっていた。ええ男やなあって、(しび)れるような後ろ姿。  そして、その格好(かっこう)で、軽く腕組(うでぐ)みをして、話していた。茶髪(ちゃぱつ)の男と。  湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)。  それを見た瞬間に、俺の中で、ブチッ、ていう音がした。  なんやろ。何がキレたんやろうか。オッサンが誰かと話していて、なんで、ブチッ、なんやろう。効果音(こうかおん)、間違えてんのと違う?  でも俺は、そのままブチキレ後の静かに沸騰(ふっとう)した脳みそで、しずしずと、音もなく()()(へび)のごとくに、藤堂(とうどう)さんの背後(はいご)(しの)()っていた。 「ケーブル片付いたのはええんやけどね、これは、どないなってんのやろ? (ゆか)に、穴開(あなあ)けたんやないのかな?」  どうしても、意味わからんという()き方で、藤堂(とうどう)さんは(こま)ってるように、ダルそうに収録(しゅうろく)機材(きざい)にもたれて聞いてる湊川(みなとがわ)(たず)ねていた。 「(あな)は、開けてへん。ちゃんと元通りになるから、ウダウダ言わんといてくれへんか。(ねむ)いんや俺は。寝たと思たら、あんたに朝っぱらから(たた)き起こされて、ヘットヘトやねん……」  ほんまにもう、この場でもええから眠らせてって、そんな感じの顔で、軽く身を(よじ)りつつ、ラジオはぼやいてた。  なんで眠いんやあ、おのれは……(うら)めしや!!  俺の悪魔度、たぶん一瞬で復旧してたで。アキちゃんの(やさ)しい愛に抱かれて神様モードなってたはずが、一瞬で悪魔(サタン)降臨(こうりん)やから。 「何言うてるんや。仕事やろ。ちゃんとしなさい、しゃきっと立って!」  藤堂(とうどう)さんに(しか)られても、湊川(みなとがわ)は、なんというウザいオヤジやという、すげない態度(たいど)で、知らん顔して機材(きざい)にもたれたままやった。  信じがたい。藤堂(とうどう)支配人(しはいにん)マジックが通じへんやつがおるとは。誰でも胸キュンで甘くて切ないドキ☆ドキ☆イリュージョンやのに!  俺も意地張って悪い子なって、必死で抵抗(ていこう)してたけど、結局めっちゃ胸キュンやったのにいっ!! 「しゃきっと立っても、だらっと立っても、俺はちゃんと仕事するから……」 「居住(いず)まいも仕事のうちや。君は、ちゃんとしてれば美しい子なんやから、もっとちゃんとしなさい」  また、いつもの天然(てんねん)いてこましトークで、藤堂(とうどう)さんは(おぼろ)が美しいと言うてた。  何を言うねん、ぶっ殺す。  お前、ちょっと前までは俺のこと、(あが)めるような目で見て、美しい美しい言うとったやないか。  誰でもええんか。(よう)ちゃんでも。ラジオでも。見た目よければ、(ねこ)杓子(しゃくし)も美しい言うてやるんか。それは日常会話か。愛の(ささや)きやなかったんか! 「説教(せっきょう)せんといてくれへんか。俺は肉体関係の無い相手の指図(さしず)は聞かんようにしてるんや。俺に(えら)そうにしたいんやったら、せめて一発やってからにして」  それは日常会話か、おのれ!!  許せん、ラジオ! 一度ならず二度までも、俺の男に手出しおってからに。  アホなこと言うな、はしたないって、藤堂(とうどう)さんは(けが)らわしい()しき蛇蝎(だかつ)を見るように、男らしい凛々(りり)しい(まゆ)をひそめて言うた。……はずやった。  でも、言わへんかった。()れてるような難しい顔で、眉間(みけん)()いてた。 「あのねえ。そういう事、言わんほうがええよ。本気にとる人もいるから」  おっさん案外好き系なんか、このラジオ!! お前のタイプか!  なんでそんな解放されてんねん。居直(いなお)ったんか、(よう)ちゃんと結婚までして。もうええわ同性愛でも全然かまへんオッケイやわあ、毒を食らわば(さら)までや、みたいな気分か、おのれも!! 毒食らいすぎ!  食うたらあかん。食うたらあかんて! (よう)ちゃん()るやろ。それに食うんやったら、俺にしとけ、俺に! 「本気にとってくれても別にええけど。今夜は(ひま)やと思うし、寝酒代わりに一発やっとく? (よめ)はん(こわ)あてできへんか?」  けっけっけ、みたいに笑って言われ、それが図星(ずぼし)藤堂(とうどう)さんは、やれやれみたいな(つか)れた顔をした。  なんやねん(よう)ちゃん怖いんか。それが好きなんやろ、この変態(へんたい)め! 「よしなさい。もっと自分を大事にしなさい。そんなんしてたら不幸になるで」 「心配いらへん。もう、なってる」  にっこり笑って、俺は不幸やねんみたいなオーラを、(おぼろ)(はっ)した。それはなんというか、一瞬、オッサンが幻惑(げんわく)されるようなオーラやった。可哀想(かわいそう)。俺が幸せにしてやりたい、みたいなな。 「藤堂(とうどう)さん……」  俺はさすがに声かけた。あんた、ハメられそうになってんで……。 「うわっ! なんやお前か……びっくりしたわ。誰かと思うた」  なんでそんなビビってんの。藤堂(とうどう)さんは冷や汗かいたみたいな顔で、俺を振り向いた。  それでも格好(かっこう)良かったけど、若干(じゃっかん)格好(かっこう)悪かった。それにも俺は(いや)な気がした。

ともだちにシェアしよう!