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22-19 トオル
どうせやったら藤堂 さんと。それが無理なら誰でもええわ。アキちゃん以外の誰かやったら、誰でもええねん。
藤堂 さんやったら理想的。アキちゃん、それが一番、痛いやろうから。
別にそれだけやで。藤堂 さんでないと、あかんという事ではない。俺がオッサンとやりたいからではない。あいつはもう、捨 ててやった男やしな。過去やから!
ざまあみろ生殺 しオヤジ。
そう思いつつ、俺はロビーの一角 で、くどくど話しているスーツの男の後ろ姿を見つめた。
藤堂 さんは今日も、ブルーグレイのスーツ着て、めちゃめちゃ決まっていた。ええ男やなあって、痺 れるような後ろ姿。
そして、その格好 で、軽く腕組 みをして、話していた。茶髪 の男と。
湊川 怜司 。
それを見た瞬間に、俺の中で、ブチッ、ていう音がした。
なんやろ。何がキレたんやろうか。オッサンが誰かと話していて、なんで、ブチッ、なんやろう。効果音 、間違えてんのと違う?
でも俺は、そのままブチキレ後の静かに沸騰 した脳みそで、しずしずと、音もなく這 い寄 る蛇 のごとくに、藤堂 さんの背後 に忍 び寄 っていた。
「ケーブル片付いたのはええんやけどね、これは、どないなってんのやろ? 床 に、穴開 けたんやないのかな?」
どうしても、意味わからんという訊 き方で、藤堂 さんは困 ってるように、ダルそうに収録 機材 にもたれて聞いてる湊川 に訊 ねていた。
「穴 は、開けてへん。ちゃんと元通りになるから、ウダウダ言わんといてくれへんか。眠 いんや俺は。寝たと思たら、あんたに朝っぱらから叩 き起こされて、ヘットヘトやねん……」
ほんまにもう、この場でもええから眠らせてって、そんな感じの顔で、軽く身を捩 りつつ、ラジオはぼやいてた。
なんで眠いんやあ、おのれは……恨 めしや!!
俺の悪魔度、たぶん一瞬で復旧してたで。アキちゃんの優 しい愛に抱かれて神様モードなってたはずが、一瞬で悪魔 降臨 やから。
「何言うてるんや。仕事やろ。ちゃんとしなさい、しゃきっと立って!」
藤堂 さんに叱 られても、湊川 は、なんというウザいオヤジやという、すげない態度 で、知らん顔して機材 にもたれたままやった。
信じがたい。藤堂 支配人 マジックが通じへんやつがおるとは。誰でも胸キュンで甘くて切ないドキ☆ドキ☆イリュージョンやのに!
俺も意地張って悪い子なって、必死で抵抗 してたけど、結局めっちゃ胸キュンやったのにいっ!!
「しゃきっと立っても、だらっと立っても、俺はちゃんと仕事するから……」
「居住 まいも仕事のうちや。君は、ちゃんとしてれば美しい子なんやから、もっとちゃんとしなさい」
また、いつもの天然 いてこましトークで、藤堂 さんは朧 が美しいと言うてた。
何を言うねん、ぶっ殺す。
お前、ちょっと前までは俺のこと、崇 めるような目で見て、美しい美しい言うとったやないか。
誰でもええんか。遥 ちゃんでも。ラジオでも。見た目よければ、猫 も杓子 も美しい言うてやるんか。それは日常会話か。愛の囁 きやなかったんか!
「説教 せんといてくれへんか。俺は肉体関係の無い相手の指図 は聞かんようにしてるんや。俺に偉 そうにしたいんやったら、せめて一発やってからにして」
それは日常会話か、おのれ!!
許せん、ラジオ! 一度ならず二度までも、俺の男に手出しおってからに。
アホなこと言うな、はしたないって、藤堂 さんは汚 らわしい悪 しき蛇蝎 を見るように、男らしい凛々 しい眉 をひそめて言うた。……はずやった。
でも、言わへんかった。照 れてるような難しい顔で、眉間 掻 いてた。
「あのねえ。そういう事、言わんほうがええよ。本気にとる人もいるから」
おっさん案外好き系なんか、このラジオ!! お前のタイプか!
なんでそんな解放されてんねん。居直 ったんか、遥 ちゃんと結婚までして。もうええわ同性愛でも全然かまへんオッケイやわあ、毒を食らわば皿 までや、みたいな気分か、おのれも!! 毒食らいすぎ!
食うたらあかん。食うたらあかんて! 遥 ちゃん居 るやろ。それに食うんやったら、俺にしとけ、俺に!
「本気にとってくれても別にええけど。今夜は暇 やと思うし、寝酒代わりに一発やっとく? 嫁 はん怖 あてできへんか?」
けっけっけ、みたいに笑って言われ、それが図星 か藤堂 さんは、やれやれみたいな疲 れた顔をした。
なんやねん遥 ちゃん怖いんか。それが好きなんやろ、この変態 め!
「よしなさい。もっと自分を大事にしなさい。そんなんしてたら不幸になるで」
「心配いらへん。もう、なってる」
にっこり笑って、俺は不幸やねんみたいなオーラを、朧 は発 した。それはなんというか、一瞬、オッサンが幻惑 されるようなオーラやった。可哀想 。俺が幸せにしてやりたい、みたいなな。
「藤堂 さん……」
俺はさすがに声かけた。あんた、ハメられそうになってんで……。
「うわっ! なんやお前か……びっくりしたわ。誰かと思うた」
なんでそんなビビってんの。藤堂 さんは冷や汗かいたみたいな顔で、俺を振り向いた。
それでも格好 良かったけど、若干 、格好 悪かった。それにも俺は嫌 な気がした。
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