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22-20 トオル

 一分(いちぶ)の隙(すき)なくダンディやったのに。なんでそんな、やんわりアホみたいになってもうたん、藤堂(とうどう)さん。遥(よう)ちゃんのせいか。それとも俺のアホな血が、あんたを毒(どく)してもうたんか。 「気配(けはい)がせえへんねん、お前は。もっと足音する靴(くつ)を履(は)け」  俺の足もとを見て、藤堂(とうどう)さんは咎(とが)めるような目をした。スニーカー履(は)いてたからやと思う。  藤堂(とうどう)さんの美学(びがく)では、俺は革靴(かわぐつ)。そして絹(きぬ)シャツ。間違(まちが)ってもユニクロの休日フリースとか着てたらあかん。それは罪(つみ)やから。だらだらする時でも、綺麗(きれい)系(けい)美青年は絹(きぬ)を着ろというのが、おっちゃんの世界観やねん。  でもさ、絹(きぬ)ええけど。肌触(はだざわ)りええねんけど。汗(あせ)かいた時、嫌(いや)やない? 家で洗濯(せんたく)でけへんしさ。うっかり乾燥機(かんそうき)かけてもうたら、えっらいことなるねんで。  いちいちクリーニング出すの面倒(めんどう)くせえしさ。ホテル居(お)る時はええよ、いつでも専門家が居(お)ってクリーニングしてくれるから。でも出町(でまち)の家ではさ、自分で洗濯(せんたく)するか、店持っていって洗ってもらうかやんか。面倒(めんどう)くさいねん、絹(きぬ)なんて。  俺はもともと、着るモンなんて大して興味(きょうみ)ないほうやねん。裸(はだか)でもええくらいやからさ。服は下僕(げぼく)が貢(みつ)いで着せるモンなんやんか。神官(しんかん)どもが。  今も結局アキちゃんが選んでるようなもんやんか。俺は突(つ)き詰(つ)めれば何でもええわってなるけど、あいつは、亨(とおる)にはこれはあかん、あれはあかんていう、拒絶(きょぜつ)反応(はんのう)があるからさ。アロハも嫌(いや)なんやんか?  藤堂(とうどう)さんも、嫌(いや)なんやろな。赤い蝶々(ちょうちょ)さんのアロハ。それに、グレーの錦蛇(パイソン)のパンツ。そして靴(くつ)は適当(てきとう)にはいた白いスニーカーやし。  なんちゅう服をお前は着てんのや、って、そういう目で俺を見てるんやんな? 「なんちゅう服をお前は着てんのや……」  思ったとおりのことを、藤堂(とうどう)さんは俺にぼやいた。  俺は思わず、目がしょぼしょぼした。あんたにそれを言われるために着たんやないねん。アキちゃんへの、あてつけやってんけど。あいつ気がついてたか。  たぶん気づいてなかったで。あいつに爆弾(ばくだん)投げつけてやるつもりが、うっかり自爆(じばく)のためのネタになってもうてるやんか? 「ほっといて……諸事情(しょじじょう)あるねん……」 「本間(ほんま)先生、元気出てたか、白蛇(しろへび)ちゃん?」  気まずいという言葉はお前の辞書(じしょ)にはないんか。朧(おぼろ)は遠慮(えんりょ)無く嘴(くちばし)挟(はさ)んできて、悲しく藤堂(とうどう)さんと話している俺の話の腰(こし)を、ぼきっと折(お)ってくれた。  俺に話しかけないでくれる? 雀(すずめ)ちゃん。焼いてバリバリ食うてまうわよ?  俺はそういう目で見てやったけど、湊川(みなとがわ)は平気なもんやった。機材に肘(ひじ)ついて、頬(ほほ)を支(ささ)え、眠そうな睡眠不足の青白い顔で、にっこにこ俺を見てた。  そうしてると確かにちょっと、寛太(かんた)に似(に)てた。鳥さんに。 「先生なあ、相当(そうとう)キてたで。あんまり虐(いじ)めんといてやったら? 折(お)れてしまうで。寄(よ)って集(たか)って、あんまり追いつめたら」 「貴重(きちょう)なご意見、ありがとうございます……」  俺は呆然(ぼうぜん)と殺意(さつい)をこらえ、雀(すずめ)にそう言うといた。  いや。ほら。藤堂(とうどう)さん居(い)てるしね。うるせえ何言うとんねんワレ、どの面(つら)提(さ)げて俺にもの言うとんじゃボケエ、とか言われへんやん? 亨(とおる)ちゃん、お品(ひん)が悪いて思われたないから、このオッサンには。お上品(じょうひん)にいきたいねんから。 「仲良(なかよ)うしてなあ、亨(とおる)ちゃん。短い間やけど、一応、仲間やねんから」  にっこりして、朧(おぼろ)は俺にそう挨拶(あいさつ)した。  仲間! よう言うわ。お前なんか、仲間やないから。アキちゃん好きすぎるチームのメンバーはもう、俺と水煙(すいえん)と犬の、三人だけでも超満員(ちょうまんいん)やから。  すらりと品(ひん)のいい体に纏(まと)う、砂色(すないろ)のパンツのヒップポケットから、煙草(たばこ)出してる朧(おぼろ)の手を見て、そこに指輪がないことに、俺は気がついた。指輪の跡(あと)は残っていたけど、信太(しんた)がくれてやったという、銀の髑髏(どくろ)はなくなっていた。  捨(す)てたん。指輪。信太(しんた)のこと、もう、どうでもええのか。  あいつ、お前のこと好きらしいで。今でもちょっと好きらしい。未練(みれん)たらたら、あるらしい。  どうせやったら、あっち口説(くど)いてくれればええのに。アキちゃんとか、藤堂(とうどう)さんとか、俺の縄張(なわば)りにいる男に、つまみ食い感覚(かんかく)で手出すの、やめといてくれへんか。俺にとっては遊びやないねん。 「なんの話?」  わからんという顔で、藤堂(とうどう)さんは顔をしかめ、俺でなく朧(おぼろ)に目を向けた。  煙草(たばこ)の先を銀のライターで、ゆっくり炙(あぶ)りつつ、朧(おぼろ)は皮肉に笑っていた。  その火種(ひだね)は、ずいぶん古いように見えるオイルライターやった。そしてその古びた銀には、彫(ほ)られた蜻蛉(とんぼ)が一匹(いっぴき)、とまっていた。  なんでか俺は、それにちょっと動揺(どうよう)した。  貰(もら)ったもんやろうか。こいつは仲(なか)いい男に物を強請(ねだ)るタイプらしい。  つんけんしてるようでいて、そんな甘ったるいところも隠(かく)し持っている。  アキちゃんのおとんに、ライターくれって強請(ねだ)ったんやないか。それは形見(かたみ)の品(しな)やないか。  信太(しんた)の指輪は捨(す)てたのに、蜻蛉(とんぼ)さんは捨(す)ててない。それはあんまり、虎(とら)が不憫(ふびん)やないのか。

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