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22-22 トオル

 藤堂(とうどう)さんはじっと、それを見ていた。ちょっと、感激したふうに。 「綺麗(きれい)な子やなあ……」  抱きしめたいみたいやった。それは俺の被害妄想(ひがいもうそう)か。 「何を言うねん、このエロオヤジが! ()えとる場合か。(よう)ちゃんに言いつけてやるで」  地団駄(じだんだ)()みたい気持ちで(うめ)き、俺は藤堂(とうどう)さんをビビらせようとした。(よう)ちゃん言うといたらビビるやろうという、そんな(ひが)みもあって。  あんた神父が怖いんやろ。神父やから怖いねん。罪を(とが)められそうで。  よくも神聖なる僧衣(そうい)の男を(おか)しやがって。(ばち)当ててやるって、ヤハウェが言うてくるんやないか。今にもキレた天使が、神罰(しんばつ)当てるザマス言うて、光臨(こうりん)するんやないかって、そんなふうに思えるんと違うか。  稲妻(いなづま)ビカーン、で心臓(しんぞう)止まるんや。そういう話、キリスト教には多い。破戒(はかい)したやつに、(ばち)当たる話。 「平気や。今日は、(よう)ちゃん()らへん」  苦笑(にがわら)いして、藤堂(とうどう)さんは答えた。  留守(るす)なん、お(たく)(よめ)。 「なんで()らんの。もう離婚(りこん)されたんか」 「浮気(うわき)しとうのや。仕事の手はずで、今夜は三ノ宮(さんのみや)の教会に()まるらしい。ヴァチカンから荷物届いたんやって」 「きっと懺悔室(ざんげしつ)で先輩の神父に強姦(ごうかん)されてる」 「されてへん……」  (なさ)けないみたいに笑う藤堂(とうどう)さんは、アホかという目で俺を(なが)めた。  でも、そんな話、ほんまにあるで。教会ネタには。生臭坊主(なまぐさぼうず)はどこにでも居(お)るねん。  同性愛(どうせいあい)あかんて言いつつ、お前がホモやないかっていう神父や牧師も、中には()るねんで。  そいつが懺悔室(ざんげしつ)で信者の綺麗(きれい)な男の子やら女の子やらに、お医者さんごっこを強要(きょうよう)する場合もあるらしいで。そんなんしてへんと神父さんごっこしろ、神父。  せやから神楽(かぐら)もどうかわからんで。あいつも解放されてもうてるしな。パパいっぱい()てるような(やつ)やねんから。ファーザーに無理矢理(おか)されてるかもしれへんでえ。 「今日は、本間(ほんま)先生は?」  話そらしたかったんやろ。藤堂(とうどう)さんは、さっさと話題を変えてきた。  上手(うま)い逃げっぷりやった。お前には彼氏が()るやろと、思い出させるネタ選び。 「()るで、部屋に。浮気(うわき)してるわ。可愛(かわい)いワンワンと」 「犬?」 「犬みたいな、十代の餓鬼(がき)や。ケツが可愛(かわい)いねん。他もいろいろ可愛(かわい)いけどな。案外(あんがい)今ごろ、昨日食いそこねたケツに、突っ込み入れてる頃かもしれへん」 「何言うてんのや、お前は」  (かす)かにビビった顔で、藤堂(とうどう)さんは(まゆ)をひそめて、俺を見下ろした。  言うてもしゃあない。愚痴(ぐち)なんか。このオッサンが俺に同情(どうじょう)してくれる(わけ)ない。  どうやって(さそ)おうか。(よう)ちゃん留守(るす)なら丁度(ちょうど)いい。今夜はお前も()されんのやろ。俺と一発やらへんか。 「藤堂(とうどう)さん……大司教(だいしきょう)(たの)まれた絵を、描いたんやけど。(よう)ちゃん留守(るす)なんやったら、(あず)かっといてくれへんか」  画板(カルトン)見せて、俺は(たの)んだ。お強請(ねだ)りの目で。  このオッサン口説(くど)くの、久しぶり。八ヶ月ぶりやな。(なつ)かしい。  前は毎日こんなことばっかりしてたけど。  キレて暴れたり、可愛(かわい)い顔して口説(くど)いてみたり、(あめ)(むち)とで、なんとかオッサン籠絡(ろうらく)しようと、俺も(はげ)んだもんやったけど。 「お前が描いた絵?」  見たそうに、藤堂(とうどう)さんは半笑(はんわら)いやった。俺も笑った。()ずかしそうに。 「そうやで。でも、ここでは見んといて。()ずかしい絵やねんから。家で見て。笑わんといてくれよ。俺がこんな絵描けるようになったんは、(わけ)ありやねんから」  (わた)された画板(カルトン)の中身を、ものすごく見たそうな目をして、藤堂(とうどう)さんは苦笑(くしょう)していた。 「どんな(わけ)やねん」 「話そうか。せやけど、ここじゃなあ……」  首を(かし)げて、俺は(なや)んでるようなフリをした。そして、まだ効くんやろかと(なや)んだ。俺の魔法は、まだこのオッサンに()くのか。いちかばちか、やってみるか。ダメ元で。  そう思って、顔を上げ、俺は藤堂(とうどう)さんの耳元に、(ささや)いた。(さそ)いをかける、熱い息で。 「社長椅子(いす)の、お(ひざ)抱っこでやったら、話そうかなあ……?」  俺がそう言うと、藤堂(とうどう)さんは、むっちゃ微妙(びみょう)な顔をした。むすっとしたような、何か(こら)えている顔や。俺には見憶(みおぼ)えのある顔。  まだ京都のホテルの、インペリアル・スイートに()んでいた頃、(いそが)しくホテルの中をうろうろ働き(まわ)っているオッサンが、俺のご機嫌(きげん)をうかがいに来る。時々顔出さへんと、俺はキレて暴れたり、火付けたりする、怖い(へび)やったから。  そんなんされたら(たま)らんと、蛇詣(へびもう)でに来た藤堂(とうどう)支配人に、抱いてほしいて耳()めてやって、ねっとり(さそ)うと、オッサンはこの顔をした。  そして大体、前は(こば)んだ。すまんけど、会議があるねん。重要な来客が。電話せんとあかんねん。次の企画のセッティングがある。(よめ)や娘がやってくるからと、何やかんや理由をつけて、オッサンは断ってきた。  (さび)しいんやったら、誰かお前の遊び相手になるような、好みの男を買うてやろうか。それとも、せめて、優しく(なぶ)って、少しは満足いくように、ご奉仕(ほうし)したろかと、オッサンは怖れる目をして、俺を見た。

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