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22-26 トオル

 俺が今、それに気がつくようになったのは、たぶんアキちゃんに抱いてもらったからやろう。アキちゃん好きやって泣いて(あえ)いで、毎晩抱いて寝てもらったから。 「愛してる……(とおる)。お前が好きや」  (はだか)()いた俺の胸に、(ほほ)()()せて、藤堂(とうどう)さんは言った。目を合わせずに。  それは結局、後ろめたい睦言(むつごと)やった。  デスクの写真立てにはもう、俺の写真はなくて、からっぽのままのフレームが、ひっそり立てられていた。  (よう)ちゃんの写真、入れてやらへんのか、オッサン。ヨーコももう、あかんしな。おとん嫌いやって、(こば)まれたし、オッサンは誰を愛していいやら、わからんようになってもうた。 「愛してない、俺は。浮気(うわき)やねん、ただの。それでもええか」  乳首()めてるオッサンの舌に(あえ)いで、俺は使用上の注意を伝えた。  気持ちいい。ほんまに上手(うま)い。ヤバいから、これは。俺はそれに弱いねん。感じちゃうのよ、(とおる)ちゃん。  でもアキちゃんが()めてくれる時が、一番気持ちいい。口も()けへんようになる。アキちゃん好きやって、それしか言われへん、アホな子みたいになってるんやで。 「ここで()る気か。絵が()れてまうから、他所(よそ)へやってからでもいい?」  俺をデスクに押し(たお)そうという気配(けはい)藤堂(とうどう)さんに、俺はそう()いた。  それに藤堂(とうどう)さんは、不思議(ふしぎ)そうに首を(かし)げた。  欲情(よくじょう)したような顔やった。目が爛々(らんらん)としてる。  今やこいつも(へび)の仲間で、食うとなったら貪欲なんやろ。血肉を(むさぼ)(きば)(かく)したような、熱い息の口元で、藤堂(とうどう)さんは(うす)く笑った。 「そうやなあ。ここはまずいか。仕事場やしな……。(となり)に行くか」  (となり)というのは、藤堂(とうどう)さんのベッドがあるところや。支配人室の(となり)が、このオッサンの()()やねん。  今は(よう)ちゃんと住んでいる。いつもやったら、その(よめ)と抱き()うて寝てる、そのベッドやで。そこで俺を抱こうというんか。  なんという男やねんお前は。ほんまにえげつない。そんな(やつ)やと思うてへんかった。嫌やろなあと思って、デスクでやろかって言うてたんやで、俺は。  オッサンが京都のホテルのインペリアル・スイートで、俺を抱かへんかったのには、たぶんもう一つの(かく)れた理由があったと思う。  そこが自分の仕事場やったからや。俺は一応、客やった。客室名簿(めいぼ)にも、俺の名前はちゃんと、宿泊客として()っていた。  長逗留(ながとうりゅう)の、水地(みずち)(とおる)様。ホテル住まいの(なぞ)の美青年。藤堂(とうどう)支配人とデキている。皆それを知っていたけど、それは公然(こうぜん)の秘密というやつや。  オッサンもその状況には、ちゃんと気づいてたやろうけど、気づかんふりをしていた。そんな破廉恥(はれんち)なことは、俺はしてないと思いたかったんや。  客に手出すやなんて。男妾(めかけ)をスイートで()うなんて。そんな大罪(たいざい)(おか)していないと思いたい。  それもあって、躊躇(ためら)っていた。  せやから、どこかの部屋のベッドを使って、一発やろかと(さそ)っても、藤堂(とうどう)さんはヴィラ北野(きたの)の客が寝るためのベッドでは、俺とやりたくないやろう。  でも、それ以外でベッドあるとこ言うたら、この部屋だけなんやで。まさかスタッフルームの仮眠(かみん)ベッドでやるわけにいかへんやろ。誰か来たらどないすんねん。  そんなとこ見られたら、格好(かっこう)悪うて耐えられへん。オッサン、絶対自殺するわ。死なれへんけどな。  (よう)ちゃんと寝る愛の()のベッドも、(けが)したらあかんやろ。俺はそう思って、気を(つこ)うてやったんやけど。オッサンそこで俺と寝るんやって。  上半身(はだか)のままの俺の手を引いて、オッサンはその広いワンルームの()()に連れ込んだ。  がらんとした空間に、ほどほど趣味のええ家具のある、少し暗いような部屋やった。  壁にはばっちり防音してある。それは藤堂(とうどう)さんの趣味が音楽で、スピーカーがビートルズやワーグナーを歌っても、お客様にはご迷惑をおかけしないような仕様(しよう)になってるだけのこと。  でも、こういう時には浮気(うわき)もバレへん。どんなに俺が(さけ)ぼうが、ちゃんとドア閉めとけば、普通の耳では聞こえへんやろう。それでなくても地下やしな。分厚いコンクリートが、秘密を守ってくれる。  黒い木枠(きわく)のベッドには、暗いグレーの布団(ふとん)がかけられていた。骨董(こっとう)らしい、黒く(いぶ)された鉄のヘッドボードには、鍛冶(かじ)職人の神業(かみわざ)で、ちょっとおどろおどろしいような唐草文様(からくさもよう)が、(へび)みたいにのたうつ鉄によって描き出されている。  オッサンちょっと、趣味(しゅみ)変わったんとちがうか。前はもっとノーブルで、気高(けだか)いもんが好きやった。それにしてはこの部屋は、なんとなく夜の匂いが強い。まるで古い城の、見てはいけない地下室や。石の(にお)いと、古い血の(にお)いがするような。  それはそれで、ものすごイケてた。格好(かっこう)ええし、見る人がすごいと思うような、そこはかとない病的な陰影(いんえい)のある美しい部屋やった。毎晩、神父をレイプするには、ぴったりの部屋やったなあ。  悪しき(へび)(から)み合うにも、ちょうどぴったり。  ベッドに座ってネクタイ抜いてる藤堂(とうどう)さんを、俺はごろ寝して見た。布団(ふとん)()ぐと、シーツのリネンも上物(じょうもの)やった。  ただし真っ黒なんやで。黒いシーツって、なんか(すご)いなあ。俺らのベッドも黒くしようか。そのほうがエロくさい。

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