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22-29 トオル

 見んようにしてた絵やった。ここにあるのは知ってたし。見覚えのある絵のはしっこが、視界の(はし)に入った時から、そっちは見んように気をつけてたんや。  でも見てもうた。オッサンが見ろみたいに言いよるからや。ひどい話や。意地(いじ)が悪いわ。思い出してまうやんか。アキちゃんが描いた絵や。  絵の中で、俺とそっくりな美貌(びぼう)の男が笑っていた。()ずかしそうに。でも(せつ)ないみたいな、(あわ)く寄せた(まゆ)をして。うっすら微笑(ほほえ)む口元で。(まぶ)しそうに何かを見ていた。  光の加減(かげん)からして、それは太陽を見ているわけではない。それとは逆方向にあるものを、絵の男はじっと見つめてた。(あこが)れを持って。めっちゃ愛してるみたいな目で。 「この絵にタイトルついてるの、知ってるか」  藤堂(とうどう)さんは俺に教えた。俺の知らんかった、その事実を。  アキちゃんは、自分の絵には、あんまりタイトルつけへん。そんなん考えて描いてへんのやもん。適当やからな、あいつ。  せやから、しゃあない。代わりに誰かがタイトルつける。絵には名前があったほうがええんや。だって、展示したりするときにはタイトル()えるし、売り買いするときにも、名前がないと、ほらあの絵、川原で髪の毛長い美青年立ってる、えっ、どれ? ほらアレですやん、本間(ほんま)暁彦(あきひこ)(さく)の! ええ、どれやろか、とか言うてられへんやんか。  (その)先生が、適当につけて、作品展に出してやる。  あるいは画商(がしょう)西森(にしもり)が、勝手につけて絵を売ってやる。  そんな感じでタイトルが決まる。  ほんで、アキちゃんが描いた、川原に立っている俺の絵にも、アキちゃんでない他の誰かが、勝手にタイトルをつけていた。  それは誰やと(たず)ねれば、誰やと思う。  誰あろう。それは、大崎(おおさき)(しげる)。ヘタレの(しげる)ちゃん。秋尾(あきお)さんのご主人様。()せた海原(かいばら)遊山(ゆうざん)や。  あの(じい)さんが、まずアキちゃんから絵を()うた。そして藤堂(とうどう)さんに転売(てんばい)してやる時に、勝手にタイトルをつけたんや。契約書(けいやくしょ)を交わすため。お前が死んだらこの絵は必ず自分に売るようにと、血判(けっぱん)()させてんのやで、あの(じい)さん。  その契約書(けいやくしょ)に、この絵のタイトルが記入されていた。 「蛇神(へびがみ)暁月(ぎょうげつ)()でる」  紙にはそう書いてあったと、藤堂(とうどう)さんは話した。 「()でまくりやで……」  (こら)えがたいというふうな、苦しそうな顔をして、藤堂(とうどう)さんは目を閉じ、俺にそうぼやいた。  話題がつらい(わけ)やないねん。オッサンもう、そのへん突き抜けてもうてたらしい。  つらいのは、俺の指。もう、我慢(がまん)できへんかったらしい。  我慢(がまん)()かんようになったなあ、藤堂(とうどう)さん。ちょっと()まれたくらいで、ああもうあかん、入れたい入れたいってなるんや。上の人の見かけ以上に、下の人が若返ってんのと違う? やるなあ、下の人。偉いよほんまに。 「入れてもいいか」  (いや)やないかと、気遣(きづか)う口調で藤堂(とうどう)さんは俺に(たず)ねた。もしも俺が(いや)やと言うたら、やめとくんやないかと思えるような、そんな優しい口調やったわ。  やめとこか?  そんな(わけ)ない。俺がそんな勿体(もったい)ないことをする(へび)か。食うとく食うとく。お腹ぺっこぺこなんやから。それに藤堂(とうどう)さん、もう我慢(がまん)できへんらしいから。ボランティア、ボランティア。  (よう)ちゃん今夜帰ってけえへんらしいしな、(こま)るやんか、藤堂(とうどう)さん。もしも、こいつまで(おぼろ)()られてもうたら、俺もう、あいつに地団駄(じだんだ)()まされすぎやんか?  食うよ。がっつり行っとく。  文句なんか言わせへん。アキちゃんかて浮気(うわき)した。これでフィフティー・フィフティーや。お相子(あいこ)ですよ。それだけです。 「入れて、藤堂(とうどう)さん……抱いてくれ」  そういう(わり)には必死な声で、俺はめちゃめちゃ強請(ねだ)ってた。ごめんやでアキちゃん。すまんなあ神楽(かぐら)(よう)。ざまあみろ。  藤堂(とうどう)さんは、もう待たへん仕草(しぐさ)(まよ)いなく、俺の足を(かか)えた。  ああどうしよ。それから目を(そむ)ける程度には、俺は少女漫画のままやった。  ()ずかしいねん。()ずかしがるような(たま)やないねんけどな。 「あ……」  押し開かれる感覚に、俺は目を()せ、(せつ)ないつらさに身悶(みもだ)えていた。  気持ちええわあ。ほんまに気持ちいい。体も()えけど、昔、いっぱいつけられた、痛い古傷(ふるきず)が、その感覚にゆっくりと、()やされて消える。そんな感じがする。 「藤堂(とうどう)さん、キツい……」 「我慢(がまん)してくれ、もうちょっとやから」  ()たされすぎの感覚に、(もだ)える俺の体を抱いて、藤堂さんはゆっくり入れた。  もうだめ。キツいよう。緊張(きんちょう)してんのかな俺。まさかこの俺様が、ただヤるだけの正常位(せいじょうい)ごときで、なんで緊張(きんちょう)せなあかんのか。  でも、実はちょっと、乙女(おとめ)みたいになってたわ。胸がドキドキ。()ずかしいわ、みたいな。ほんまに()ずかしい。  ものすご感じる。俺って(えつ)()ると、なんでかブルブル(ふる)えてまうんやけどな。アキちゃんそれが、可愛(かわい)くて好きらしいんやけど。藤堂(とうどう)さんも好きやったらしい。  抱きしめた体が小さく(ふる)えているのを感じたんか、もっと強く、ぎゅうっと抱いてくれた。 「気持ちいいか、(とおる)」 「すごくいい」  (ふる)えながら必死で(うなず)くと、藤堂(とうどう)さんは閉じた俺の目元(めもと)にキスをした。

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