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22-30 トオル
「なんで泣いとうのや。嫌 なんか?」
涙 を吸うてる、淡い唇 の感触 に、俺はうっすら目を開けた。
確かに泣いてたかもしれへん。視界 がぼんやりぼやけてた。
「嫌 やないよ……でも、藤堂 さん……俺はあんたのことが、すごく好きやった」
必死で話すと、藤堂 さんはうんうんて、聞いてるような顔をした。
「めちゃめちゃ好きやったんやで。でも言われへんかった。あんたが愛してくれてないと思ってたんや。なんで言わへんかったんやろう。ちゃんと言うときゃ良かったよ。変な意地 なんか張 らんと……」
話していると、なんでかぼろぼろ涙 出た。なんで泣いてんのかな俺は。よう分からんのやけど。
藤堂 さんはそれを、困 ったような微笑 で見ていた。なんか切 ないような。ちょうど川辺 に立つ俺の絵が、そんな顔して月を見る、それと同じ目で。
「好きやったんや、藤堂 さん。ずっと愛してた。抱いてもらいたかってん。それだけやったんやで。なんも悪気 はなかったんや。俺のこと、悪魔 やなんて、思わんといてくれ」
うんうんて、泣いてる俺に頷 いて、藤堂 さんは俺が泣いてる顔をじっと眺 めた。そして、なんか感動したように、ぽつりと言うた。
「亨 。お前はなんて、美しい子や。まるで絵のようや。俺はほんまに、お前が好きやった。ほんまはずっとこうして、自分のもんにしたかった。なんで我慢 してたんやろか。アホやったんやなあ」
ほんまにそうやで。ドアホやったで藤堂 さん。お陰 でお互 い苦しんだ。意味のない苦しみやった。俺にとっては少なくとも、そうやったで。
「やっと、ひとつになれたな、亨 」
耳元に囁 く声がして、それにある愛の響 きに、俺は震 えた。ブルブル来たよ。ものすご感じた。もうイキそうみたいやった。
「三十分だけやけどな」
笑う意地 悪い声が、また耳元に囁 いて、俺はオッサン蹴 ったろかと思った。でも、甘く呻 いて、のたうつような悶 えかたをしただけやった。
「突いて……早く」
切 なく強請 ると、それに頷 く気配 がしたわ。
返事はなかった。そんなんなくても、藤堂 さんが俺のお強請 り聞いてくれたことは、体で分かった。
ぎゅうっと抱いて、優しく労 るやりかたで、それでもどっか意地 悪く、藤堂 さんは俺を責 めてた。
めちゃくちゃ喘 いだ。
それはちょっと、自然に口を衝 くというよりは、作った声やったかもしれへん。俺はオッサンのために、愛の歌を歌ってた。
俺は夢中でいたけども、頭のどっかは冴 えていた。藤堂 さんに抱かれる時の、この感覚を、いつまでもずっと忘れんように、しっかり覚 えておきたくて。
俺はいま、すごく感じてる。ものすごく気持ちいい。ものすごく、幸せな気分。それはこんな感じ。触 れあう肌 の感触 は、こんな感じやと、すぐに仕舞 い込む予定の記憶のページに、一生懸命 書き付けていた。
「愛してる、藤堂 さん……」
ほんまは過去形やと思えるその睦言 を、極 まる寸前 の悲鳴地味 た声に乗せ、俺は藤堂 さんの耳に囁 いてやった。
オッサンはそれに、ただ頷 いただけやった。もう声出えへんらしい。
悦 えやろ、俺は。汗びっしょりやろ。
お前がそんなに俺に必死になっている姿 を、いまだかつて見たことがない。ええ気味 や。
ほんまやったら何百回と、これをやれた。それを全部お前は、無駄 にしてきたんや。後悔 するがええよ。時々思い出して、悶 え苦しめ。俺がずっと、お前に干 されて悶 えたように。
それとももう、そんなつもりないんかな。遥 ちゃん居 れば平気か、藤堂 さん。
そうやとええなと思うけど。でも、そうでないとええのになとも思う。
応 えてやる気もあんまりないのに、俺がお前に知らん顔しても、お前はずっと俺を想 っていてくれって、願っている。そんな俺は我 が儘 な蛇 で、やっぱり悪魔 なんかもしれへん。藤堂 さんにとっては、ずっと。
「ああもうイキそう。責 めて藤堂 さん。めちゃめちゃ突いて……!」
熱く悶 える涙声 。それを聞き、藤堂 卓 は頷 いた。そして俺の体を責 めた。
天にも昇 る心地 がした。そしてほんまに俺は、昇天 してた。するはずないんやけど、悪魔 で蛇 の、水地 亨 やしな。
でもほんまに、天国みたい。熱くて気持ちいい。幸せやねん。鋭 く喘 いで、身を揉 む俺を抱きしめて、藤堂 さんが果 てる。俺の中で、熱く煮 えたような愛を吐 く。甘い。それが蕩 けるような甘い何かで、俺の全身を駆 けめぐる。いずれ血となり肉となるその熱い精気 で、俺は生かされる。ほんのちょっとの間やけども。
ありがとう、藤堂 さん。俺は悪い子やったけど、今は幸せ。もう拒 まんといてくれて、ほんまにありがとう。遥 ちゃんに、殺されんように注意してくれ。死ぬには惜 しい男やからな。いつまでもどこかで、俺のこと愛してて。遥 ちゃんには秘密の、心の片隅 でええねん。そこにちょっぴり邪悪 な、可愛 い蛇 さん飼 うといてくれ。
でも俺はそれを、言葉にしては頼 まへんかった。もうそんなこと、うるさく強請 らんでもええわ。
きっと藤堂 さんは、忘れはしないやろ。俺の目を見て荒 い息をつく、鋭 い目の奥を見ると、そういう気がした。
この男はずっと、俺のもん。今日抱いた俺の肌 を、ずっと忘れず生きていくんや。永遠にずっと。
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