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22-31 トオル
「どうしたんや、一体。急に抱いてくれなんて」
藤堂 さんは、はあはあ汗かきながら、息整 える口調になって、俺にそう訊 いた。
それって普通、ヤる前に訊 くことやない? それでもし、これはヤったらあかんなあ、みたいな話やったら、優 しく拒 んでやめとく話やない?
「アキちゃんが、浮気 してん……」
俺は深刻 な顔をして、そうチクってやった。
藤堂 さんは、それに真面目 に頷 いて、部下に問題点を訊 く支配人の顔やった。
「そうか。でも、お前も今してるやん。俺もしてるし。皆してるで?」
しれっと言うて、藤堂 さんは俺の中から出ていった。むっちゃスッキリしたらしい、気分 爽快 の顔やった。
えっ。あのな。アキちゃんな。イった後でも、いつも、けっこう長いこと俺の中に入れたままやで。ほんで、優しく抱いて、悦 かったか亨 、愛してるとか言うで。ほんまに言うで。アキちゃん、エロの後、ちょっと正気 やないねん。愛しすぎてて、脳みそ沸 いてるんやろなあ。
それにとっとと汗ふいて、服着たりもせえへんで。藤堂 さんみたいに。
「ゆっくりしすぎた。風呂 入ってる時間ないわ」
部屋のすみの、ベッドの奥にある、イケてる白いシャワーブースを睨 んで、藤堂 さんは腕時計を見た。そういえばこいつ、腕時計したままやったで。ヤるときも……。
「ゆっくりしていけ。あんまり、あちこち嗅 ぎ回らんといてくれよ。遥 にバレたら半殺 しやし。まあ、ええけどな。それはそれで……」
くすくすと、藤堂 さんは苦笑 していた。スーツの上着を羽織 りつつ。超早い。もう服着てる。
ひどすぎへんか、それ。ひどいなあと昔思ってたけど、また思い出してきた。この、ひどさを。
「本間 先生、ええ子やないか。俺は好きやで。絵も上手 やし。さっきの絵も、ものすご良かったわ」
この野郎 。ものすご良かったは、俺とのエロの感想で言え。なんで絵やねん。
コンクリート打ちっ放しの壁 に立てかけてある、黒檀 の枠 のでかい姿見 に、自分を映そうとして、藤堂 さんは舌打 ちをした。鏡 に映ってへんかったからや。
「あかんわ……最近、滅多 に映らんようになってきた。ネクタイ締 めてくれへんか。いつもは遥 にしてもらうんやけど」
にこにこ言うて、藤堂 さんは俺が面倒 見るものと信じてるような顔をして、途中 まで締 めたネクタイのある首を、俺に差し出した。
ぶっ殺すで、ほんま?
俺は少々キツめに、ネクタイぎりぎり締 めてやった。藤堂 さん、キツいキツい言うてたわ。しゃあない。首締 めたいから。
「シャワー使っていき。先生にバレへんように。それくらい気遣 え」
撫 でつけて髪直す藤堂 さんの横顔は、最高にイケてた。男前やった。俺はそれに、ムカつきながらも、どこか心の奥で、うっとりしていた。
俺、良かった。遥 ちゃんやのうて。
この人、ほんまは悪い男やで。元々どうかは分からんのやけど、俺のせいかな。悪魔 になってる。そうとしか思えへん。
「藤堂 さん……遥 ちゃんにバレへんように浮気 してんのか」
「いいや、してへんよ」
きっぱりと即答 で、藤堂 さんは答えた。腕時計を確認しつつ、爽 やかに。
「浮気 すんなら、秘密にせんと全部言えって、あいつが言うたから、それ関係は全部言うてる。ジョージとキスしてもうたとか」
「してもうてんのか!?」
俺は絶叫 やった。
「いやあ。あいつガイジンやから。どういう意味か分からへん。挨拶 挨拶 」
快活 に笑い、藤堂 さんは上着のボタンをとめた。
そして、こんな顔した。俺は見たことある。藤堂 さんが会議があるって、俺をほったらかした時、寂 しゅうなって、こっそり覗 き見しに行ったんや。その会議室で、時間切れになる話の終わりにな。腕時計見て、今の顔して、こう言うた。
大変興味深 い話題が出ておりますが、そろそろお時間となりました。これにて閉会とします。ではまた次回!
そして、えっ、みたいになってる他の偉 いオッサンたちを黙 らせて、めっちゃ爽 やかに、部屋出ていった。
終わり言うたら、終わるから。藤堂 支配人が、支配者なんやから。相手が資本家の爺 さんやろうと、株主 やろうと、クレームつけてきた客であろうと、藤堂 さんがハイ終了言うたら終了やから。
それはもう、しょうがないから。ルールやからな。支配者 がそう言うんやから、しゃあないよ。
「遥 ちゃん可哀想 やで!?」
しかし俺はなおも追い縋 っていた。ベッドに這 って、あっちいってもうた藤堂 さんの背中に向けて叫 んでる。
「ほんまにそうやな。俺みたいなのと連 れ合 うてもうて、可哀想 な子や」
すたすたと、バーみたいなのがある壁際 へ行き、藤堂 さんは綺麗 なタンブラーに冷蔵庫から出した水 を注 いで飲んだ。
「でも、しゃあないやん。愛してんのやろ。我慢 せなしゃあない。耐 えるのも愛や」
それが真理 やと大きく頷 いて、藤堂 さんは、ほなさいならと俺に微笑 んだ。
「お前も諦 めろ。本間 先生は絶対に才能がある。画家を支えろ、お前の愛で。あんな天才に愛されて、お前はなんて幸せな奴 なんや」
うっとりしたような口調 で、藤堂 さんは言うていた。まるでアキちゃんがすごく好きみたいやった。
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