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22-32 トオル
えっ。なに言うてんの、藤堂 さん。マジでアキちゃん好きなんか。俺より好きなん? そんなアホなやで……。
「お前のことは、俺が支えてやるから、心配するな。ほんで俺のことは、遥 が支えるやろ。……遥 はいったい、誰が支えんのやろな?」
お前やないんか、藤堂 さん……。
俺は呆然 として、立ち去るおっさんを見送った。素 っ裸 のままで。
ぽかぁーん、とした。正直。ぽっかぁーん、やった。
自由すぎへんか。藤堂 さん。そこまで突き抜けてもうてたとは。死ぬと人間、生まれ変われるんや。ほんまにそうなんや。
あんな人やなかった。ほんまに暗かったんやで。でも、それが、すごくステキに見えたんや。
でも、今の、あの、ちょっとアホみたいなのも、まあ、ええわ。まあ、ええか? いや、どうかな。正直ちょっと、よう分からん。でも、まあ、ええか。
抱いてくれたしな。
抱いてくれたで、藤堂さん。
嬉 しいなあ。
まだ身の内にある、その感覚を思い返して、俺はエロくさい陰気 ベッドの上で、ぼけっと膝 抱 えてた。エアコンされてて、暑くも寒くもなかったけども、でもやっぱ、ヤった後には抱き合いたい。肌寒く思える。ひとりやと。
俺はアキちゃんのほうがええわ。アキちゃんが好き。
藤堂 さんはもしかすると、照 れただけかもしれへん。恥 ずかしなってトンズラこいただけかもしれへん。そう思うのは、俺の自惚 れやろか。だって俺を愛してるって言うてた時の藤堂 さん、どう見ても、本気の目やったで?
そう思わへんかったら、悔 しい。だって俺はどんだけ幸せやったやろ。ひどい話や、浮気 でやけど、アキちゃんに抱かれて、ああ幸せやなあって思うのに近い。そんな高いクオリティやった。
あのオッサンでもいい。俺の運命の相手は。
でも何でやろ。俺はもう、支度 していた。さあ帰ろって。
シャワー使ってええよって、藤堂 さん言うてたしな。俺は白いシャワーブースに入り、透明 なガラスの扉 を閉めた。丸見えなんですけどね、この風呂 。シャワー浴びてんの、ものすご見えるんですけども。
藤堂 さん、知らんかったけど、実はそういう趣味 ? 見たいの? 人が風呂 入ってるとこ。
まさかね。一人暮らし予定だったからやんね。一人やったら別に、風呂 丸見えでも関係ないもんね。
せやけど遥 ちゃん、この風呂 入ってんのかな。バスタブはない。トイレとバスタブは、別室のほうにあるみたいやった。せやけど普段はこっちを使ってんのかもしれへん。俺にこれ使えってすすめるくらいなんやから。あいつらガイジンみたいなもんやし。藤堂さん、外国暮らしに慣 れてて、そっちの生活のほうが性に合うてるらしいねん。
家ん中でも、靴 はいてたで。テレビ観ながらゴロ寝とか、せえへんねんや。せえへんのやろなあ。というか、そもそもテレビがない。ベッドとシャワーと、居間 になってるらしい、ちょっとレトロな革 のソファセットと、簡単なキッチンがあって、こじゃれたダイニングテーブルがあり、それにアンティークの椅子 がついてる。一個ずつ全部違う椅子 やねんけど、四個そろうと、不思議 な調和 がとれていた。
遥 ちゃんとふたりで、そこで飯 食うてんのやろか。それにしちゃあ、使ったことないみたいな、新品そのもののキッチンやったで。ゴミも出てないしな。
あいつら毎回、外食 か?
あかんで、そんなん。トミ子に怒られちゃうんやで。ちゃんと自炊 して飯 食いなさいって、聖 トミ子のお告 げなんやで。それ言うてた時には、化 け猫 やったけどさ。
でももう、知ったことかやで。俺の男やないんやもん。俺はアキちゃんとちゃんと、自炊 して飯 食うてるもん。最近すっかり出ずっぱりで、外食 ばっかりさせられてるけど。
アキちゃんとまた、出町 の家で飯 作って食いたい。早く家に帰りたい。
俺はふと、そんな里心 がついた。もう、帰りたいと思って懐 かしむ場所が、俺の心の中にもあって、それはアキちゃんと住んでる部屋やった。そして俺はものすごく、そこに帰りたい。
藤堂 さんに抱いてもらって、幸せは幸せやったけど、浮気 は浮気 。この部屋はどうも、他人の家やわ。ここでゆっくり寛 げるとは思えへん。
アキちゃんと、いつもの部屋でまったりしたい。テレビで映画観たり、腹 減 ったなあって飯 作ったり、だらだら酒飲んで、いちゃついてみたり。ナイターとか、お笑いとか見て俺が床 で悶 えてんのを、アキちゃんがアホみたいやわって、呆 れた苦笑 で優 しく見てたり。あいつが描 き散 らす絵が、無造作 な展示会のように散らばる床 を、うっとり眺 めて歩いたり。
そしてアキちゃんが、そろそろ寝よかと俺に言う。今日も一日終わったし、のんびり二人で風呂 入り、のんびり抱き合 うて、熱く悶 えてから眠 る。毎夜ちょっぴり甘い睦言 を、寝物語 に聞かせてもらって。
それが俺にはたぶん、一番合 うてる。一番幸せ。アキちゃんのとこに居るのが。いろいろ難 があっても、なんというても俺はそこに一番慣 れている。そこが俺の家やと、もう思うてる。
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