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22-35 トオル
しかし今日は、持って帰らなあかんというのが予防薬 となり、アキちゃんは一応、買 い控 えたようやった。ふたりで持って、なんとか持てる程度 しか買 うてへん。荷物まみれやったけど。
「お前も連れて行けばよかった」
液晶テレビのセッティングをしつつ、アキちゃんは俺と目を合わせずに、恥 ずかしそうにそう言うた。
「荷物持ちにか……」
俺は本気でそう訊 いた。そうとしか思えへんねんもん。お前居 ったら、もっと物を持てたみたいな話かと。
「そうやないよ。欲しいもんあったら、買 うてやればよかったと思って」
「ないよ、欲しいもんなんて」
俺が欲しいのはお前だけやで、アキちゃん。物なんか要 らんねん。
繋 いだテレビでアキちゃんが電源を入れ、リモコンを操作 すると、ものすごサンテレビ映ってた。阪神戦の中継 とかをやっている、神戸のローカル局 や。ものすご、『おっ!サンテレビ』映ってた。サンテレビのマスコットキャラや。
太陽みたいな形した、オッサンキャラやねんけど。俺これ、めっちゃ好きやねん。ものすご好き。アキちゃんと藤堂 さんの次くらい。信太とジョン・ローンは、おっ!サンと比べて、どっちが上かわからんな。
ごめんなあ、冗談やけど。京都では、サンテレビ映らへんから、しゃあないしアキちゃんにはインターネットで見せてやり、アホかと言われてもうてる。しゃあない。おっ!サンはアホキャラやねん。
「テレビも要 らんかった……?」
ご機嫌 伺 う上目使 いで、アキちゃんはソファにふんぞり返っている俺様に、テレビ差し出しぼそっと訊 いた。
「いいや……見るけど。ゴレンジャイ。でもなあ、アキちゃん、こんなもんでゴマ擦 ったくらいで、俺の機嫌 が直 ると思てんのか?」
思うてんのやろ。と、言うか、アキちゃんは他に、俺の機嫌 を直 せそうな方法を、なんも思いつかんかったんやろう。奥手 というか、慣 れてない。いつもなら、喧嘩 したらバイバイや。そんな適当な恋しかしたことない、ダメダメ男やったんやしな。
「アイスも買 うたけど……」
蚊 の鳴くような声をして、アキちゃんは俺に教えた。確かに犬は、ハーゲンダッツのアイスボックスを持って、情 けないという顔で突 っ立っていた。
すまんなあ、瑞希 ちゃん。お前もつらかったやろ。知らんかったやろけど、お前が死ぬほど惚 れている、この男はアホやねん。アホになるほど俺が好き。元はもうちょっと、賢 い子やったんかもしれへんけどな、すっかりアホなってもうた。
お前が噛 ませ犬になって、すっかり盛 り上げてくれたラブラブのせいで、アキちゃん脳天 に来てもうたんや。もうかあん。ほんまにアホやから。毒 が脳まで廻 りきってる。
「アイス、何買 うたん」
俺は一応訊 いてやった。
「何って……一通 りやで。バニラとか、ラムレーズンとか、ストロベリーとか、抹茶 ラテも買 うたし」
「あかんな、そんなんでは」
俺はビシッと断言 してやった。アキちゃんものすご、ぐっと来てたわ。
「知らんのか、俺が何が好きかも。アキちゃん、ほんまあかんわ」
優 しくしてやろうと思うてたくせに、本人を目の前にすると、俺はなんか拗 ねてた。
でも、こいつがなんとか俺のご機嫌 とろうと思って、街をうろうろ買いモンしてたんやと思うと、可愛 い男やと思った。なんて可愛 い奴 や。
「何が好きなんや?」
アキちゃんは、しおしおなって訊 いてきた。わからへんのやろ。
「イングリッシュミルクティー」
しゃあないなあって俺が教えてやると、アキちゃんは慌 てたふうに、後ろに立ってる勝呂 瑞希 を振 り返った。アイスの箱持って立っている犬は、俺はもうほんまに情 けないという痛恨 の顔をして、うんうんとアキちゃんに頷 いてやっていた。
それはどうも、そのフレーバーのアイスは、箱の中に入ってる。お前はそれを、ちゃんと買 うてたという意味やと思えた。
そら、入ってるやろ。アキちゃんの性格からして、何買 うてええか分からんかったら、店にあるアイスを全部買う。だから、あるに決まってるわ。
「ちゃんと買 うてきた」
「ようやった、アキちゃん。ほんなら許 したろ……」
うつむく上目遣 いで、俺は立 ちん坊 してるアキちゃんを許 してやった。ちょっと偉 そうやったかな。俺もそんなに、偉 そうに言える立場ではない。
アキちゃん知ったら、怒るやろう。俺が藤堂 さんと浮気 したこと。黙 っとこうか。それとも教えてやろうか。
黙 っといたほうが、ええやろか。アキちゃんは今、めっちゃ可愛 いし。それに犬も居 る。こいつの前で、俺の不利 になる話なんか、しとうないねん。セコいけど。
「堪忍 してくれ、亨 ……」
許 してやるて言うてやってんのに、アキちゃんは今さら自分の悪さが身にしみたんか、がっくりと向かいのソファに座り込み、頭下げてるみたいに項垂 れていた。
「もうええよ。信太 が言うてた。朧 様、ええ奴 やねんて。確かに綺麗 な奴 やなあ。俺も負けそうや」
俺がそう言うと、アキちゃんは声もなく頷 いた後に、小さく首を横に振 っていた。それは、お前のほうが美しいという意味かもしれへんし、そうではないんかもしれへん。分からへん。喋 らんのやもん、アキちゃんは。肝心 なときになると、口ごもってしまう。そういう子やねん。気持ちがなかなか言葉になって、出て来 えへんねん。
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