377 / 928

22-36 トオル

「せやけど、やめとき。水煙(すいえん)言うてたけどさ、あいつはアキちゃんやのうて、アキちゃんのおとんに()れてんのやで。お前は身代わりに、食われただけや」  それにもアキちゃんは、うんうんと小さく(うなず)いただけやった。  知ってたんや。知らんのかと思うてた。そんなん知ってて、ようそんな(やつ)と仲良うしてきたな。やってもうてから知ったんかなあ。 「あいつは、おとんの(しき)や」 「そうやろ。そんなん(かま)ってやっても、しゃあないやんか」 「うん……そうや。お前の言うとおりやけど……」  けど、なんやねん。アキちゃんは結局(けっきょく)、また口ごもってもうて、それ以上なにも、言うてくれへんかった。  言うとおりやけど、()れてもうたから、しゃあないって事かもしれへん。  顔が好きやったんやろ。ほんでちょっぴり、可哀想(かわいそう)かったんやろ。パターンやねん、お前のな。  ちょっとお高い感じがする美人やのも気持ちよかったんやんな? パターンやねん、畜生(ちくしょう)。  そう思うて、思わずついつい(けわ)しい顔をしてまう俺のほうへ、アキちゃんは賄賂(わいろ)を差し出す役人よろしく、コーヒーテーブルの上にある液晶テレビとDVDを、俺と差し向かいの席から身を乗り出して、ぐいぐい押し出してきた。 「見たら。DVD。テレビでもええけど。野球って、今はまだやってへんか。夜かなあ。ほな、DVD見ればええやんか。笑ってくれよ、いつもみたいに」  俺と目を合わせずに、アキちゃんはダウンタウンのDVDを、さらに突きつけてきた。  アホやで。軽く。今のお前の姿は。アホみたいやで、アキちゃん。お前が普段、意識している、格好(かっこう)良さの欠片(かけら)もない。アホな子丸出し。 「笑ってほしいねん、(とおる)。俺が悪いというのは、よう分かるけど。もういっぺんだけ、お前が笑ってる顔見せてくれ」  何言うとんねん。これが最後の別れみたいに。  そんなん、いつでも見れるやろ。  俺は基本、にっこにこしてるやんか。お前が好きやでデレデレ笑い、なにかおもろい話して、へらへら笑い、そんな顔に()まりのない生活しとんのやで。せっかくの、怖ろしいまでの俺の美貌(びぼう)台無(だいな)しや。 「(わろ)うてるときの、お前の顔が好きなんや……見てると幸せなんや」  アキちゃんはそれが、悲しいみたいに言うてた。それが変で、可笑(おか)しなってきて、俺は笑った。 「なに言うてんの。惚気(のろけ)てええんか、瑞希(みずき)ちゃんドン引きしとるで」  アキちゃんはまた、うんうんて(うなず)いてた。それも分かってはいるらしい。  それでも言うてくれたんか。アキちゃん。可愛(かわい)いなあ。なんて(いと)しい、俺のツレ。  そんならほんまに、許してやろか。あんまり(いじ)めてもうたら、瑞希(みずき)ちゃんもキレるしな。アイス()けるし。さっさと食おか。  と、いうわけで。  俺らは何でか三人で、アイス食いつつソファに並んで座り、何でか『ダウンタウンのごっつええ感じ』のDVDを観るハメに。  変やでえ。変な構図(こうず)やでえ。アキちゃん両手に花で、何でか自分は見たくもないお笑いのDVDを観るハメになったんやしな。  瑞希(みずき)ちゃんも微妙(びみょう)やでえ。先輩の横に座らせてもろて、それは(うれ)しかったやろうけど、それをなんで憎い(へび)と半分こでやで、アイス食いつつお笑いか。  でもまあ、ええやん。アイス、アホほどあるし、犬も食え。溶けてまうやん、勿体(もったい)ないわ。冷蔵庫あるけど、冷凍庫はないしな。  水煙(すいえん)も、戻ってきてたら良かったのに。あいつダウンタウン観たら、絶対に目が点になる。意味わからんと思う。お上品やもん。  犬はどうやろと思って、俺はアキちゃんにもたれ、反対側にいるアイス食うてる犬の顔を(なが)めた。  ぼけっとしたような横顔やった。  瑞希(みずき)ちゃんな、家ではほんまに、お坊ちゃまやったらしいで。おかん、ひらひらの服やしな。家はギリシャ神殿みたいな成金(なりきん)趣味(しゅみ)やねん。  おとんは地元大阪の、中堅(ちゅうけん)企業の社長でな、金回(かねまわ)りがいい。しかもちょっと横柄(おうへい)そうな、(えら)そうな男やったようや。  お前は養子(ようし)なんやし、どこの馬の(ほね)かわからん息子やと、常々(つねづね)言われていたらしい。  そやから、親の役に立つような、(かしこ)いイイ子でなかったら、(やしの)うてもろた(おん)(あだ)で返すことになる。学校の成績は、常にトップで維持(いじ)せなあかん。ピアノぐらいは()けなあかん。英語もフランス語も話せなあかん。  スポーツも万能でないとあかん。乗馬くらいはせなあかん。冬はスキーや。夏はヨットや。俺は成金(なりきん)やて、人は馬鹿にするけども、お前は二代目なんやから、貴族(きぞく)みたいにならなあかん。わかっとるやろなと、瑞希(みずき)ちゃんにいろいろ要求しまくりや。  犬は犬やしな、ご主人様はひらひらのおかんのほうやけど、その夫なんや、そのオッサンは。お父様を立てていた。なんでも言われたとおりに頑張っていた。期待以上のデキの良さやった。  せやからこいつ、ピアノも()くし、馬にも乗れる。犬が馬に乗るんやで。馬も、なんやこれって思うやろな。でも、おとんはそうは思うてへんから。  そして貴族(きぞく)は『ダウンタウンのごっつええ感じ』など観ない。野球も観ない。おとんは観るけど、瑞希(みずき)ちゃんは見たらあかん。イイ子にして、悪い仲間とも付き()うたりせず、クラシックとか()いとかなあかん。

ともだちにシェアしよう!