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22-38 トオル
俺は痛いところを突かれてもうて、苦しい顔になっていた。
「そうかな……気のせいとちがうか?」
「俺に嘘 はつかんといてくれ」
アキちゃんは俺の肩 を掴 んだまま、必死みたいにそう言うた。
「ほんまのこと言うてくれ、亨 。俺もお前には嘘 はつかへん。お前もそうしてくれ。お前のほんまの気持ちが知りたいねん」
俺はそう言うアキちゃんの、真面目 で初心 な目を見つめ、そしてその背後 で、俺をじっと見ている勝呂 瑞希 の、獲物 を狙 う猟犬 みたいな光る目を見た。
ああ、そうやなあ、瑞希 ちゃん。お前にはチャンス到来 や。こんな不実 な蛇 やのうて、俺のほうにしといたらって、アキちゃん口説 いてみたらどうやろ。案外こいつも、お前のほうがええわと思うかもしれへん。今やったらな。
「ほんまの気持ちや。アキちゃん好きやが、俺のほんまの気持ちやで」
「どこで風呂 入ってきたんや。お前は一体、誰と寝たんや?」
答えを知ってるみたいな目をして、アキちゃんはそれを言えと、俺の肩 を小さく揺 さぶっていた。
言わなあかんの。言いたくなくなってきた。
でも、アキちゃんは俺に真実を語らせようとする強い力を発して、俺の体を掴 んでいた。結局そうやって、アキちゃんは神やら鬼やらを支配する覡 や。俺のこと、もう自由にするって言うてたけど、結局これなんやから。
自由になんかなられへん。俺はお前の虜 やねんから。
「藤堂 さんや……遥 ちゃん実家に帰ってて、今夜日干 しやいう話やったから。俺が食うといたろと思て……」
悲しい自嘲 の笑 みを浮かべて、俺はアキちゃんから目を逸 らしていた。
ああ。えらいこっちゃなあ。アキちゃんがまたキレて、藤堂 さんをぶった斬 ろうとしたら。
俺もそうやって、愛されてるって思いたいんやろか。
でも、今は水煙 おらへんし、アキちゃん丸腰 やしな。それにお前は、俺にキレていい筋合 いやないやろ。許 してやるけどな、もう、別にええけど、お前かて昨夜 はラジオと寝たんやないか。お相子 やんか。これで引き分け で、水に流そうよ。
そんな言い訳 を、俺はぐるぐる考えていたかもしれへん。
アキちゃんは苦しいんか、ちょっと震 えてるみたいやった。俺の肩 を掴 んでる手が、微 かに震 えているのを、俺は感じた。
「なんや……そうか。藤堂 さんか……」
掠 れた小声で、アキちゃんはそれが、大したことないみたいな言い方で言うた。
その作り声みたいなのが、あんまり意外で、俺はアキちゃんの顔をまた見つめた。
アキちゃんは、ものすご暗い顔をしていた。でも、怒ってへん。ただ、悲しくてつらいという顔をして、苦痛を堪 えてた。
「そうなんやろなあっていう、予感 はしたよ。お前は結局ずっとあの人と、俺のことを、比 べていたんやろ。俺はヘタレな若造 で、あっちは格好 いい大人やもんなあ」
自分を卑下 した話をしてるアキちゃんは、別に卑屈 ではなかった。ほんまにそう思うてるらしい。自分より、藤堂さんのほうがイケてるって。格好 ええわと思うらしい。俺は負けてるみたいな事を。
俺は眉間 に皺 寄せて、信じられへんと思ってアキちゃんを見た。
あんな負けず嫌いで、キレて俺をぶっ殺すほど嫉妬 深かったこいつが、なんでそんな事を言うんやろ。
そんなに藤堂 さん好きか。なんでなんや気色 悪い。
「離婚 しようか、亨 。あの人に、幸せにしてもらえ。俺はもうすぐ死ぬから」
「なに言うてんのアキちゃん。寝ぼけてんのか? 熱あんのか?」
本気で心配なってきて、俺はアキちゃんの熱を測 ろうとした。手をアキちゃんのおでこに当てて、その、ひやりと汗かいた、それでも平熱の肌に触れると、アキちゃんは苦笑 した。
「熱ない。目も醒 めてる。酔 ってもいない」
「浮気 したくらいで、死ぬことないやんか。俺かて生きてんのやし。確かに、お前に浮気 されて、死ぬかと思たけど、水煙 の言うとおりや。悋気 で死ぬやつおらへんわ。苦しいだけや。俺も苦しんだんやで。お前も苦しめ。それで対等 や」
暴論 やろとアキちゃんが言いそうなことを、俺は本気で言うてた。
それくらいしてやらへんと、悔 しいてたまらへん。ただ、それだけやねん。
アキちゃんより藤堂 さんが好きやていう話やないねんで。
「悦 かったか、亨 」
自虐 としか思えんことを、アキちゃんは情 けなそうに訊 いてきた。
「ああ、悦 かったわ! めちゃめちゃ喘 いだ。でもな、言い訳するわけやないけど……アキちゃんのほうが悦 えよ。それはほんまやで。俺が一番好きなのは、お前なんやで?」
俺が真面目 に教えてやると、アキちゃんはうんうんと、困 ったような淡 く切 ない笑顔で頷 いていた。
「そうか。そんなら、良かったわ。そう思わせといてくれ。お前にとって俺が、世界一の男やったって。そうやないなら悔 しいし……安心して死なれへん」
「なんでそんな話すんの! なんで? 死ぬとかそんな、縁起 でもないこと言うたらあかんのやないんか?」
おかんに、めって言われるで。不吉 なこと言うもんやおへんえ。
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