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22-40 トオル
アキちゃんは俺のことを永遠に愛してるんや。それが天国でも地獄 でも、おんなじことやで瑞希 ちゃん。お前の出る幕 はない。
ただ俺と引き離されて、アキちゃん、つらくて悲しいだけや。そんな時が永遠に続くんや。お前はそれでも満足か。アキちゃんせしめて、俺のもんやと思えれば、それでええんか。
人が鳥でも飼 うように、檻 にアキちゃん閉じこめて、俺のもんやで、それで幸せか?
「それでええんか……アキちゃんは」
絞 り出した声で、俺は俺の連れ合いに訊 ねた。アキちゃんはじっと、俺の体を見つめて、しばらく黙 ってうつむいていた。
やがてアキちゃんはゆっくり顔上げて、俺の顔を見た。切 なく甘いような目をして。
俺はこの顔を、あと何時間見てられるんやろかって、過 ぎる時を惜 しむような目で。
「それでええねん。俺はいっぱい、人を殺した。地獄 行きがお似合 いや」
本当にそう思うてるような言い方で、アキちゃんは俺に答えた。
「亨 、俺のことは忘れて、幸せになってくれ。藤堂 さんでも誰でも、お前が幸せになれそうな奴 と、生きていってくれ。歌歌って笑って、美味 いもん食うて、気持ちええなあって抱いてもらって、そいつが好きやってデレデレしてもええし、漫画 読んだりナイター見たりして、楽しく過 ごせばええよ。俺はそれで、満足やから」
アキちゃんはそれが可能なプランやと思うてるらしい。
なんて薄情 な男なんや。俺のこと、やっぱり舐 めてる。めちゃめちゃ舐 めてる。
「アキちゃん……ほんまにアホな男やな、お前は」
俺は心底 むかついて、アキちゃんにそう教えてやった。
「そんなん、お前が居 るから楽しいんやろ。アキちゃん死んだ後にアイス食うてもしゃあないよ。こんなん見ても笑えへん……」
めっちゃムカついたんで、俺はアキちゃんが買ってきた液晶テレビを蹴倒 してやった。
ほんま馬鹿にすんやなで。何が、楽しく過 ごせばええよ、や。ぶっ殺す。
「アホか、アキちゃん。いっぺん死んでこい! いや死ぬな! 死んだらあかん……」
頭くらくらしてきて、俺は自分の肩を掴 んだままでいたアキちゃんの腕 に、思わず擦 り寄 っていた。抱きしめてくれ、せめて、そんな話するんやったら。
「アキちゃん……お前がおらんようになったこの世で、俺がどうやって生きていけんねん。帰るところもないんやで……」
「平気や。亨 。俺が藤堂 さんに頼 んでやる。お前の面倒 見てやってくれって」
そう言うアキちゃんは、誠実 そうやった。この子はほんまに俺の幸せを、願ってくれてる。それが分かると、涙 出そうで、それを堪 えて、俺は両手で頭を抱えてた。
「遥 ちゃんどないすんねん……」
俺は吐 きそうなってきて、座ったソファに手をつき頽 れた。マジで吐 きそう。目眩 してきた。
我が身の奥深く、内奥 の底の底にある暗い深淵 に貯 め込 んだ、数知れない記憶の中の顔が、渦巻 くように脳裏 に湧 いてた。
みんな死んでもうた。アキちゃんも死ぬって言うてる。
人はみんな死んでしまうもんやねん。俺はまたそれを、諦 めて見送るしかないのか。
嫌 やって、どんなに苦しみ藻掻 いても、結局そういうもんなんか。
お前には俺の血をやって、人の道を捨てさせた。それで御 の字、もうずっと、俺のもんやと思ってたのに、結局、冥界 の神のほうが一枚上手 か。
俺ではアキちゃんを、現世 に引き留 められへんのやろうか。
「そうやなあ……どうしたらええんやろ、神楽 さん……」
めっちゃ困 ってるような苦笑 いで、アキちゃんは真剣 に悩 んでるみたいやった。
「アホか……てめえが死のうという時に、神楽 遥 の心配なんかしとる場合か……」
アキちゃんは、優しい子やなあと、俺は思った。ほんまに優しい。顔さえ好きなら誰でもええんや。誰にでも優しい。
ドブスにでも優しい。トミ子の絵が好きやて言うてた。絵が好きやねん。
ずっとこいつに好きな絵描かせてやってくれ。才能あるねん。藤堂 さんもそう言うてたやんか。絵さえ描いてりゃお幸せ。そんな、暢気 なボンボンやのに。
「嫌 や。アキちゃん。考え直してくれ。俺は許 さへん」
「そう言わんと、許 してくれ。これが血筋 の定 めやねん。逃げたら俺は、俺でなくなる。そしたらもう、俺には生きてる価値 がない。俺を男にしてくれ、亨 。俺ももう、ボンボンやめなあかん時がきた」
そんなことを、理解しろと俺に言うんか。
男同士やし、わかるやろ、みたいな?
わかるな。生憎 。わかりたくないけど、わかる。
面子 があるやろ、お前にも。格好 ええことしたいんやろな。まだまだ餓鬼 やし、青いんやから。
俺は誰かを犠牲 にして、その上に胡座 をかいて生きていくような、そんな卑怯 な男やないって、お前はええカッコしたいんやろ。
そりゃあ、確かに、ヒーローですよ。格好 ええよ。これがフィクションやったらな。
でも、お前は知らんのやろ。死ぬのがどんだけ苦しいか。愛しい懐 かしい顔に、二度と会えんようになる。それがどんだけつらいか。
そして、後に遺 されるもんが、どんだけ泣かなあかんか、お前は知らん。
だから平気で言えるんや。俺が死んでも、平気で笑って生きていけって。
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