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22-41 トオル
そんなこと、俺には無理や。我慢 でけへん。水地 亨 の辞書 に、我慢 の文字はない。そんなことアキちゃん、重々 承知 やろ。
「嫌 や……アキちゃん。どうしても死ぬというんやったら、せめて俺に、一緒に死んでくれと頼 め。それやったら、うんと言うたる。そんなこと前にも頼 んでおいたやろ。もう忘れたんか。お前はなんて……薄情 な餓鬼 や!」
俺がそう、心底 キレて怒鳴 りつけると、アキちゃんは初め、ものすごびっくりした顔をした。
俺はよっぽど、怖い顔をしていたんやろうか。鬼みたいな?
叫 んだ喉 から血の出るような、絶叫 やった。アキちゃんはその声を浴 びて、びっくりしたんやと思う。
偉 そうにしたい訳 やないけど、俺も神やで。本気で怒鳴 れば、それには霊威 があるわ。
アキちゃんは鬼道 の血筋 の子やしな。くどくど言われんでも、それで分かるやろ。言葉にしなくても、俺の心が分かる。俺が自分を祀 る神官 として、他の誰でもない、お前を選んだということが。
アキちゃんは俺を見て、水面 を淡 く照 らす月のように、にっこりと笑った。
それは俺に、過去に見た様々 な愛 おしい顔を思い起こさせた。
最初の川辺 で、俺を崇 めた民 の神官 も、月に祈 っていた。水の流れを崇 めていた。大地に撒 かれる種がいずれ、豊かに稔 るよう祈 り、祝福 するのを勤 めとしていた。
アキちゃんはまるで、そんな誰かの生まれ変わりのようや。
人は死んで、魂 は冥界 の神に食らわれるけども、いつかまた新しい命を得 て、生まれ出てくる。
その時、前に生きていた時のことなど、人は憶 えてはいない。俺がよろめき彷徨 って、いろんな神や鬼と、混然 と混 じり合ってきたように、人の魂 も、彼岸 の坩堝 で熱く溶 かされ、数知れず混じり合って、別の鋳型 に流し込まれる。
そうして生まれ変わってきても、変わらん何かが人にはあるのか。
地獄 の火でも、天国の光でも溶 かせない、永遠に消えない想 いが、どっかに残っているのか。
いつか昔の遠い川辺 で、見失った魂 の、星屑 みたいに砕 け散 った欠片 を、俺は探して歩いてる。自分も激しく砕 け散 り、混ざり合いながら。
それとまた、俺はこの遠い極東 の島の、前とは違う別の川辺 で、再びまた落ち合えたんやないか。
そんな気がしてならへん。
やっと見つけた。俺はもうお前の手を離しはしない。もう二度と、それが冥界 の神であろうと、天界から射 す神聖な光であろうと、俺からお前を奪 い取ろうという手に、渡 しはしない。
お前の魂 は永遠に俺のもん。月明かりのさす川辺 の神殿で、俺を祀 るのが、お前の永遠の勤 めなんや。俺を愛し、俺に愛されるのが、お前の勤 めや。
その話を俺は、アキちゃんにはしない。たぶん、びっくりしてまうやろ。お前は俺の水地 亨 で、永遠にそうなんやろうって、また言うやろ。ビビりやからな。
それでもいい。別に。俺は名前なんて、なんでもいいんや。
どんな名で呼び、どんな姿をしてようと、肝心 なところの答えは一つだけなんやから。
「愛してる、アキちゃん。お前も俺が好きか?」
俺はその一番肝心 なところを、アキちゃんに訊 いた。
アキちゃんは黙 って何度か頷 いた。そして、頷 くだけやったらあかん。ちゃんと言葉にして言うんでないとあかんと、思ったらしい。
そうや。口に出して言うことが肝心 や。それには魔法がある。神聖な契約 の言霊 が。
「好きや」
たったの一言や。しかしそれでいい。それが神と覡 とを結びつける。式神 としてではないで。俺はアキちゃんの、守護神 になったんや。
「そうか。それなら抜 け駆 けするな。お前は永遠に俺に仕 えて生きていく男やで。勝手に死ねると思うたらあかん。俺に任 せろアキちゃん。お前を守ってやる」
ものすごい確信 に満ちて、俺は言うてた。アキちゃんは、まるで俺から後光 でも出てるみたいに、眩 しそうな目をして、美しいものを見る目で俺を見ていた。
神様やからな! 後光 くらい出てるかも!
守ってやるでアキちゃん。愛してる。犬なんか知るか。なにが三万年待ったや。なにが俺のほうが先に目つけてたや。三年前に絵見て惚 れてたやと? ふん!
よう憶 えてへんけど、なんかこいつ、俺が大昔にツバつけといた男の生まれ変わりのような気がするで。
きっとそうや。絶対そうやって。
藤堂 さんもそうかも。困 ったなあ、どっちにしよか、選べへん。
でもまあアキちゃんや。アキちゃんやという説 のほうが俺の中で有力 や。間違 いない。
せやからな、俺のアキちゃんキープ歴 には、これで少なくとも過去五千年くらいが追加される。
三年前がなんや、そんなん知るかやで!
ぽっと出の犬が、ハイキャリアの俺様から男盗 ろうやなんて、甘い! 甘い! 甘いねん! ハーゲンダッツのアイスより甘い!!
俺はじろっと瑞希 ちゃんを睨 んだ。あいつもじろっと俺を睨 んだわ。
しかし俺のほうが眼力 強い。愛されてるのは俺やから。お前やないで。俺がアキちゃんの好感度 ナンバーワンやねんからな!!!
びっくりマーク三つつけちゃうよ。それぐらいの眼力 なのよ。そこらへん、よう理解しとかんかったら、いてまうからなドギーマン。引き下がれ犬。ドギーマンはハウス!!
俺はほんまにそんな目で見たよ。
えっ。なに。ムード無い?
いらんねん、そんなもん。必死なったらあかんねん。テキトーでええの!
必死なるからあかんねん。なんか不幸臭 ムンムンしてくんのやないか。
思い詰 めるな、なにごとも。さらあっと行っとけ。結果オーライやから。
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