384 / 928

23-1 アキヒコ

 ありえませんから。  先輩(せんぱい)、ほんまに、ありえませんから、って言われてもうたで。瑞希(みずき)に。ものすご(あき)()ててるみたいな、わなわな(ふる)えた青い顔で、俺の顔をまっすぐに見ての、真っ正面からの、先輩ありえへん宣言(せんげん)。  俺は正直それにちょっと、グサーッて来てた。  幻滅(げんめつ)されてもうた。ありえへん言われてた。いつも先輩すごいなあて言うてた(やつ)に。俺のこと、(あこが)れてますっていう目で見てくれてた瑞希(みずき)に。ありえへんて言われたで!!  格好(かっこう)悪いんや俺!  そんな衝撃(しょうげき)のインパルスが全身を()けめぐる。(かみなり)に打たれたようなもんや。  今まで、何とかしてそれだけは()けなあかんと内心思ってたのに、結局、お前はアホかみたいな目で瑞希(みずき)に見られたで!  そうや。俺は実はアホやったんやで瑞希(みずき)。知らんかったやろ。  三万三年の恋も()めたやろ。俺のこともう忘れられるようになってきたやろ。  それでええねん。(なみだ)が出そう!  今後はただのご主人様と犬で、お前は誰か良さそうな相手がおったら、新しい恋をすりゃええから。大体、俺は三日後にはもう、どないなってるか分からんような男なんやから。お前はお前で幸せ探しを頑張(がんば)ってくれ。  すまんかった瑞希(みずき)。俺は俺でほんま言うたらお前のこと、ものすご好きやったんやけど、結局ほとんど何も(こた)えてやれんままやったな。  でも、しょうがない。水地(みずち)(とおる)が強すぎる。俺はこいつを愛してんねん。もうどうしようもない。  お前が俺に幻滅(げんめつ)してくれて良かったわ。これで俺もちょっと肩の()()りる。  その(わり)に泣きそうやけど、(むね)(おく)がズキズキするけど、でもきっとお前のこと、幸せになれよって(やさ)しく笑って送り出してやれる。それぐらいのエエカッコやったらできる程度(ていど)には、俺も大人のつもりやわ。先輩やからな!  でも、あいつ、まさかその足で出ていくやなんて……。よっぽど幻滅(げんめつ)したんやで。  (とおる)と俺の無計画すぎる話を聞いてもうた直後に、あいつは、ありえへん言うて、逃げるように部屋から出て行った。ほんまに走って出ていったで。声かける()もなかった。  たとえ()があっても、どうせ気まずすぎて、俺は声なんか出えへんかったけどな。  俺はめちゃめちゃクヨクヨしていた。ベッドで(はだか)で、水地(みずち)(とおる)と抱き合いながら。  まだ()昼間(ぴるま)やで。もろに飯時(めしどき)や。そやのにパン食いながらベッドでお医者さんごっこや。  布団(ふとん)でパン食うなんて。そやけど(とおる)がパン食いたい言うし、食い終わるまでいちゃつくの我慢(がまん)できひんて言うから、しょうがない。同時にやるしか。  瑞希(みずき)(とおる)のノー・プラン作戦の堂々(どうどう)たる宣言(せんげん)を聞き、度肝(どぎも)()かれたようやった。感心したわけやない。悪い意味でのカルチャーショックで、腰抜(こしぬ)けそうなったらしい。  死ぬか生きるか、()るか()るかの危険な局面(きょくめん)で、ぶっつけ本番。アイデア無し。基本アドリブ。出たとこ勝負。それでええやん。愛があれば大丈夫みたいな、(とおる)()()けたノリを見て、それでええのか先輩と、瑞希(みずき)は必死で俺に()いてた。  それでええのかどうか、正直、俺には分からん。どうすりゃええのか、もう分からん。  めっちゃ一杯(いっぱい)(なや)んだよ。(なや)んでたやろ。その話は延々(えんえん)したやろ。  紆余曲折(うよきょくせつ)あったよ。  ここは(いさぎよ)く俺が死のう。  いや、やっぱあかん。水煙(すいえん)、あかん言うてる。  いや、でも、やっぱここは男らしく俺が()こう。  いや、そんなん(ゆる)さへん。(とおる)が、あかんて言うてる。  ほんならどないすんねん。堂々ノー・プラン宣言(せんげん)。そういう経過やないか。  もう(わけ)わからんのや。真面目(まじめ)に考えんのアホくさなってきた。  もちろん真面目(まじめ)に考えなあかんのやけど、アホの考え休むに()たりや。いっぱい考えたけども、結論出えへん。出たと思ったら(くず)される。  俺がどんなに英雄的(えいゆうてき)決意を固めても、水煙(すいえん)出てきてあかんて一喝(いっかつ)(とおる)が出てきて、許さへんでと回し()り。その攻撃に、気の弱い俺の決意は(もろ)くも(くず)れ去る。  (まよ)ってんねんから。俺かて死にたい訳やないから。怖いねんから。それでも必死で覚悟(かくご)決めてんのやないか。  なんで誰も賛成してくれへんの?  俺も自分なりに、よくよく考えた結果の決意やのに。  止めてくれるのは(うれ)しいよ。(とおる)水煙(すいえん)に、ああそうかアキちゃん、ほな死ねば、とか言われたら、それはそれでションボリやからな……。  そうやけど、俺にも、もうちょっと、英雄性(えいゆうせい)を期待してくれてもええんやないのか。一応やけど、俺も英雄(えいゆう)の息子なんやから。  顔そっくりなんやで、おとんと俺は。(くつ)のサイズまで同じなんやで。  なんであのアホみたいなおっさんが人々のために(いさぎよ)く死ねて、俺にできへん(わけ)がある。  瑞希(みずき)はそれでええって言うてたで。()のために死ぬ。それでこそ男みたいな世界はありますねって言うてた。そうやろ。俺もそう思う。  まあ、あいつはな、俺のこと、ほんまに死ねばええわと思ってたみたいや。とっととくたばって、地獄(じごく)()ちろと。まあ、思われてもしゃあないわ……。  それに、瑞希(みずき)はほんまに、死ぬのが怖くないらしい。経験者やから?  死ぬことそのものは、もう平気なんやって。めちゃくちゃ苦しいけど、一回死んでるからな。どの程度、苦しいもんか分かってる。  そやからそれはもう覚悟(かくご)決められるんやって。強い子すぎやな、あいつ。  それより怖ろしいのは、死んだ後のほうらしい。冥界(めいかい)や。

ともだちにシェアしよう!