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23-2 アキヒコ

 もしも地獄(じごく)()ちてもうたら、死ぬより怖い苦しみが、永遠に続く。  罪業(ざいごう)を燃やす猛火(もうか)に焼かれて(もだ)え、でももう死んでるから、死んで終わりにはできひん。熱いし痛いし、息もできひんのに、死なれへん。腹減っても食うもんはない。それももう、死んでる身やから、餓死(がし)して終わりにはできひん。  まさに地獄(じごく)。ほんまもんの地獄(じごく)やから当たり前や。  でも、自分と()くんやったら先輩も何とかなるやろと、瑞希(みずき)は思うらしい。スタッフやからさ、冥界(めいかい)の。堕天使(だてんし)やしな。地獄(じごく)眷属(けんぞく)や。  あいつに(たましい)売ったらええねんて。ただし永遠に成仏できひんで。生まれ変わったりもできひん。ずうっと悪魔の下僕(げぼく)のままや。  でも、それでいいですよね。それでいいって言うてください。次は俺の(ばん)やないかと、瑞希(みずき)(れい)の調子でかき口説(くど)かれ、俺は何となくなし(くず)しに、それでいいと言うてた。神戸の街で鬼のように買い物しながらな。  そんなストレスもあって、バイ・ナウ病の発作(ほっさ)が止まらん止まらん。現実逃避(げんじつとうひ)やから。  瑞希(みずき)はなんでか、スカウトされる(たち)らしいなあ。顔、可愛(かわい)いからか?  お前、顔可愛(かわい)いなあ言うて、天界(てんかい)からスカウトされて天使になってたんやんか。  それだけやのうて、冥界(めいかい)からもスカウトされてたらしいで。引く手あまたやな、まさに。  お前、顔可愛(かわい)いなあ。それに悪い子(バッド・ボーイ)っぽい。いけるんちゃうか。邪悪系(じゃあくけい)。今、いい新人おらんか探してんのやけど、囚人(しゅうじん)なんかやめてスタッフならへんか、って、地獄(じごく)の鬼だか悪魔だかに、優しゅう言うてもろてたんやって。  それ、ついていったら本間(ほんま)先輩にまた会えますかって、あいつは()いたらしい。  いや。会われへん。鬼やから。()うたら()られる。相手はそういう家の子やから。  でもほら。そんなん、気にしいひんほうがええよ。ええ男なんか、地獄(じごく)にもいっぱい()るで? 乗り()えたら? 閻魔様(えんまさま)格好(かっこう)ええしさ、西洋系(せいようけい)がええんやったら、地獄(じごく)侯爵様(こうしゃくさま)とか伯爵様(はくしゃくさま)とかも、いてはるで?  そんな人らの犬になればええやん? なんぼでも可愛(かわい)がってもらえるで?  と、言われたらしい。どうも、仏教系の人らからのスカウトやったんやなあ。地獄って……宗教とか地域性関係ないのかな。共有エリアなんか? みんな一続き?  そしてその親切なお申し出を受ければ、自分も地獄の眷属(けんぞく)や。火が燃えようが、針の山があろうが、関係あらへん。それも楽園みたいに思えるようになる。  そやからもう苦しむこともないんやで。ええ話やろ、という事やったんやけど、瑞希(みずき)は断ったらしい。俺ともう会われへんのは(いや)やから。  それやったら天使系の人らの話のほうが、契約(けいやく)条件ええわと思えたらしい。  配属先(はいぞくさき)、メッセンジャー・ボーイやで。シフト表によれば、えーと神戸で、本間(ほんま)暁彦(あきひこ)に伝える予言(よげん)がひとつふたつある。  何やったら、それ、君にやってもらってもええよ? どうかなあ。うちと契約(けいやく)してみいひん? みたいな話。  ほな行くわと、瑞希(みずき)はそれで決めたらしい。  力抜けそうな、可哀想(かわいそう)な話や。二回も会えるんやって、瑞希(みずき)は思ったらしいんや。  それを希望に、三万年()えたらしい。これ我慢(がまん)したら、本間(ほんま)先輩に二回も会える。また、顔見れる。ちょっとくらいは話もできるかも。そのためやったら、何でも我慢(がまん)できるわって、あいつはほんまに我慢(がまん)強い犬やで。しかも健気(けなげ)や。  そんなあいつに俺が内心、激萌(げきも)えやからって、それが不実(ふじつ)と言えるのか。何とも思わんほうが、よっぽど異常(いじょう)やで。  居直(いなおる)(わけ)やないけども、逸材(いつざい)(そろ)いすぎてんのや。俺はただでさえ面食(めんく)いやのに。それが顔いい(やつ)らに()って(たか)って好きや好きや言われて、フラフラしいひん(わけ)がない。  顔だけやったら我慢(がまん)もできるが、皆それぞれ、ほんまに可愛(かわい)かったり魅力的(みりょくてき)やったりで、悪魔で神様。ほんまにもう、地獄(じごく)みたいなパラダイス。  もしも世界が今とは全然、別のコースを走ってて、俺が(とおる)と出会ってへんような、そんな位相(いそう)があったとしたら、そこではきっと俺は迷わず瑞希(みずき)に行ってたやろう。  いや……水煙(すいえん)か。  瑞希(みずき)か。  水煙(すいえん)か。  正直、(おぼろ)様も捨てがたい。  ……結局それか。今と大差(たいさ)ない。結局のところ、そのコース。  愛の悶絶(もんぜつ)パラダイス。それが俺の運命やったんや。 「何考えてんのやアキちゃん。もっと気合い入れて、いちゃついてくれへんか」  がつがつバゲットのサンドイッチ食いながら、(とおる)は俺に文句を言うた。  どこの世界にバゲット・サンド食いながら自分も食われる(やつ)()るねん。そんなこと俺にさせるな。食うてからにしろ、食うてからに! 「ビゴさんのバゲット、美味(うま)いわぁ……」  しみじみ言いつつ、(とおる)は固い歯ごたえのあるパンをばくばく食うてた。 「アキちゃんも、これ味見してみ。一緒に食おうよ」  (はだか)で長いパン持って、すりすり近寄ってきて、(とおる)はご機嫌(きげん)良さそうに、俺の口にバゲット・サンドを押しつけてきた。  食うしかあらへん。腹も()ってくる時間帯やしさ。腹が()っては戦ができぬやで。

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