385 / 928
23-2 アキヒコ
もしも地獄 に堕 ちてもうたら、死ぬより怖い苦しみが、永遠に続く。
罪業 を燃やす猛火 に焼かれて悶 え、でももう死んでるから、死んで終わりにはできひん。熱いし痛いし、息もできひんのに、死なれへん。腹減っても食うもんはない。それももう、死んでる身やから、餓死 して終わりにはできひん。
まさに地獄 。ほんまもんの地獄 やから当たり前や。
でも、自分と逝 くんやったら先輩も何とかなるやろと、瑞希 は思うらしい。スタッフやからさ、冥界 の。堕天使 やしな。地獄 の眷属 や。
あいつに魂 売ったらええねんて。ただし永遠に成仏できひんで。生まれ変わったりもできひん。ずうっと悪魔の下僕 のままや。
でも、それでいいですよね。それでいいって言うてください。次は俺の番 やないかと、瑞希 に例 の調子でかき口説 かれ、俺は何となくなし崩 しに、それでいいと言うてた。神戸の街で鬼のように買い物しながらな。
そんなストレスもあって、バイ・ナウ病の発作 が止まらん止まらん。現実逃避 やから。
瑞希 はなんでか、スカウトされる質 らしいなあ。顔、可愛 いからか?
お前、顔可愛 いなあ言うて、天界 からスカウトされて天使になってたんやんか。
それだけやのうて、冥界 からもスカウトされてたらしいで。引く手あまたやな、まさに。
お前、顔可愛 いなあ。それに悪い子 っぽい。いけるんちゃうか。邪悪系 。今、いい新人おらんか探してんのやけど、囚人 なんかやめてスタッフならへんか、って、地獄 の鬼だか悪魔だかに、優しゅう言うてもろてたんやって。
それ、ついていったら本間 先輩にまた会えますかって、あいつは訊 いたらしい。
いや。会われへん。鬼やから。会 うたら斬 られる。相手はそういう家の子やから。
でもほら。そんなん、気にしいひんほうがええよ。ええ男なんか、地獄 にもいっぱい居 るで? 乗り換 えたら? 閻魔様 も格好 ええしさ、西洋系 がええんやったら、地獄 の侯爵様 とか伯爵様 とかも、いてはるで?
そんな人らの犬になればええやん? なんぼでも可愛 がってもらえるで?
と、言われたらしい。どうも、仏教系の人らからのスカウトやったんやなあ。地獄って……宗教とか地域性関係ないのかな。共有エリアなんか? みんな一続き?
そしてその親切なお申し出を受ければ、自分も地獄の眷属 や。火が燃えようが、針の山があろうが、関係あらへん。それも楽園みたいに思えるようになる。
そやからもう苦しむこともないんやで。ええ話やろ、という事やったんやけど、瑞希 は断ったらしい。俺ともう会われへんのは嫌 やから。
それやったら天使系の人らの話のほうが、契約 条件ええわと思えたらしい。
配属先 、メッセンジャー・ボーイやで。シフト表によれば、えーと神戸で、本間 暁彦 に伝える予言 がひとつふたつある。
何やったら、それ、君にやってもらってもええよ? どうかなあ。うちと契約 してみいひん? みたいな話。
ほな行くわと、瑞希 はそれで決めたらしい。
力抜けそうな、可哀想 な話や。二回も会えるんやって、瑞希 は思ったらしいんや。
それを希望に、三万年耐 えたらしい。これ我慢 したら、本間 先輩に二回も会える。また、顔見れる。ちょっとくらいは話もできるかも。そのためやったら、何でも我慢 できるわって、あいつはほんまに我慢 強い犬やで。しかも健気 や。
そんなあいつに俺が内心、激萌 えやからって、それが不実 と言えるのか。何とも思わんほうが、よっぽど異常 やで。
居直 る訳 やないけども、逸材 が揃 いすぎてんのや。俺はただでさえ面食 いやのに。それが顔いい奴 らに寄 って集 って好きや好きや言われて、フラフラしいひん訳 がない。
顔だけやったら我慢 もできるが、皆それぞれ、ほんまに可愛 かったり魅力的 やったりで、悪魔で神様。ほんまにもう、地獄 みたいなパラダイス。
もしも世界が今とは全然、別のコースを走ってて、俺が亨 と出会ってへんような、そんな位相 があったとしたら、そこではきっと俺は迷わず瑞希 に行ってたやろう。
いや……水煙 か。
瑞希 か。
水煙 か。
正直、朧 様も捨てがたい。
……結局それか。今と大差 ない。結局のところ、そのコース。
愛の悶絶 パラダイス。それが俺の運命やったんや。
「何考えてんのやアキちゃん。もっと気合い入れて、いちゃついてくれへんか」
がつがつバゲットのサンドイッチ食いながら、亨 は俺に文句を言うた。
どこの世界にバゲット・サンド食いながら自分も食われる奴 が居 るねん。そんなこと俺にさせるな。食うてからにしろ、食うてからに!
「ビゴさんのバゲット、美味 いわぁ……」
しみじみ言いつつ、亨 は固い歯ごたえのあるパンをばくばく食うてた。
「アキちゃんも、これ味見してみ。一緒に食おうよ」
裸 で長いパン持って、すりすり近寄ってきて、亨 はご機嫌 良さそうに、俺の口にバゲット・サンドを押しつけてきた。
食うしかあらへん。腹も減 ってくる時間帯やしさ。腹が減 っては戦ができぬやで。
ともだちにシェアしよう!