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23-3 アキヒコ
俺が囓 ってるパンの、反対側に食いついて、亨 はにこにこ俺を見た。ラブラブみたいやった。
お前、ほんまに調子 ええやつ。アキちゃん好きやは嬉 しいけども、ノー・プラン宣言 のどさくさで、お前の藤堂 さんとの浮気 については、もうチャラか。
俺は、なんでか知らん、確かに怒ってない。これで引き分け やという亨 の無茶 な話に納得 でもしてもうてんのか、なんかもう、しゃあないと思ってる。
中西 支配人、亨 に言わせりゃ、藤堂 さんやけど、あの人はほんまに格好 いい。あれに負けてもしょうがない。なんかそんな気分やねん。
それでも亨 は俺のほうがええんやって。どういう価値 判断 で、そんなこと思うてんのか。
どうせ亨 は外道 やし、俺の神通力 が好きなのか。それとも絵を描く男がええのか。一体俺のどこが、あの中西 さんよりイケてるなんて思うてんのか、全く理解に苦しむわ。
それでも、本気でそう思うてくれてんのやったら、なんか嬉 しい。そんな嬉 しさで誤魔化 されてる。
胸のどこかでチリチリ妬 けてる。そういう感じはするけども、でも、なんでか知らん。それが甘い痛みに感じられる。お前は俺のもんなんやって、ものすご熱く思う。
前も思った、その執念 みたいなのは、痛くて格好 悪い、俺の心を焼け爛 れさせるような怖ろしい熱やったけど、今はなぜか、芯 から燃える情熱でしかない。
亨 はほんまに俺を選んでくれたんや。こいつは俺の神さんで、死ぬなら一緒に逝 きたいって、亨 は本気で言うてくれてた。そうしろって誘 わん俺が薄情 やと、本気で怒ってくれてた。
ほんまにそう思うてんのや。不実 で多情 な、蛇 で悪魔 の、水地 亨 が。
それが、ものすご嬉 しいんや。きっと俺は、ほんまにドのつくアホになってもうたんや。
いっぱい悩 みすぎて、脳みそ壊 れてもうたんかなあ。
俺はもう、悩 むの嫌 なのや。悩 んで苦しんで、つらい顔して、お前と居 りとうない。どうせやったら俺も、にこにこしていたいんや。
もしかしたら、俺が亨 と居 れるのは、あとちょっとの間 かもしれへん。たぶん、そうなんやろうと思う。
亨 が見てる、にこにこ笑ってるこの世の俺は、もうあとちょっとの間だけ。その先どうなんのか、わからへん。天国行くのか、地獄 へ堕 ちるのか。
自分はたぶん地獄 へ行くんやと、俺はそう思うてた。悪い子やから地獄 行き。
地獄 は怖いでって、瑞希 が言うてた。苦痛に満ちてる。にこにこ笑 うてられるような所やない。まさしく阿鼻叫喚 の世界や。
脅 しと違 う。たぶん事実やろ。
そんなところへ、亨 を連れていかれへん。行こうったって、同じところへ逝 けるという気も、実はあんまり、してへんかったんや。
一緒に死んだところでどうせ、俺と亨 は別れ別れになるに決まってる。俺は地獄 へ。亨 はどこか遠い、神々の世界へ行くんや。
そやからもう、死んだら会えへん。生きてる間だけの、縁 やねん。
神楽 さんも結婚式の時に言うてた。儀式 の決まり文句で、深い意味はなかったやろけど、結婚の契約 条件は、死が二人を分かつまでや。分かたれたら終わり。そういう約束してもうたんやからな。それに誓う て言うてもうた。
せやから今生 の別れというのを、惜 しんでおかなあかんやんか。
そんなら、せめて、憶 えておいてくれ。一緒に過 ごして、楽しかった時のアキちゃんを。
たぶん、猛烈 な数あるのやろう、お前の心の小部屋に、過去の相手のひとりとして、しばらく棲 ましとしてやってくれ。かつて一時期、お前のナンバーワンやった男として。
俺はもう、それでいい。それで満足せなあかん。そういう悟 りの世界やった。
いつまでも、水地 亨 は俺のものって、一人でせしめていようとするには、俺は条件悪すぎた。
世界でいちばんお前が大事と言う割 に、浮気 はするしやな、家のため、国のためやて死ななあかん。そんな血筋 の男やねん。そしてそこから逃げる気はない。
俺は自分では、亨 を幸せにしてやられへん。それやったら、誰かもっと、こいつを幸せにしてくれそうな、俺の目で見て、申し分ないと思える相手に、引き受けてもらったほうがええやん。
ご執心 やった藤堂 さんと寝て、亨 は嬉 しかったらしい。悦 かったて言うてた。
そんならもう、藤堂 さんでええやん。誰とでもやれ。俺は結局、亨 が幸せやったら、それでいいわ。そういう心境 に、とうとう到達 した。
それでも、俺でない誰かと、亨 が幸せに過 ごしてるのを、つらい地獄 の底から見たら、それはまさに地獄 の責 め苦 やろ。
でも、その時見える亨 の顔が、幸せそうやったら、俺はきっと耐 えられる。アキちゃん死んだてメソメソ泣いてるよりは、ずっといい。俺は亨 の、にこにこ笑ってる顔が好きやねん。
お前のその、美しい微笑 を守るために、俺は耐 えるわ。
お前に耐 えろと強要せなあかんような出自 の俺や。浮気 するけど耐 えてくれ、血筋 の定 めや的 な言い訳ひとつで、我慢 してくれ言うてきた訳 やから、こっちも我慢 せな、フェアやないやろ。
そんなことするなとは願うけど、もしそうなった時は、俺も耐 える。めちゃくちゃ耐 える。ものすご耐 える。我慢 強さには自信あるねん。
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