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23-4 アキヒコ
たとえそれが永遠に続く地獄 でも、俺は耐 えなあかん。たぶんそれが、当然の報 いやねん。
俺のせいで死んだ人らにも、愛 しい相手はいたやろう。誰かの愛 しい相手やったやろ。それを殺した罪は、自分も死んで、地獄 で償 うような罪なんや。本来は。
だって瑞希 がそうやったんやから。あいつは罪の贖 いとして、三万年も地獄 の業火 に灼 かれていた。そやのになんで俺だけが、平和に現世 で楽しい人生を引き続き過 ごしていける?
結局それや。俺はなんの罰 も受けてへん自分が許 せてなかった。自分だけ卑怯 に逃げ延 びてもうたと思ってた。
いつかきっと罰 当たる。それが今やと、怖れながら、安堵 もしてた。
俺はとうとう、この夏に犯 した罪の償 いができる。自分の命と引き替 えに、大勢救って死んだら、なんとか許してもらえるんやないかと思って。
まあ、なんというかやな。俺は大人ぶって、自分を殺して大義 をとったつもりやったんやろな。
でも、それは、突き詰 めれば結局、ただの我が儘 やったんや。死というのは、大いなる逃避 やで。何からって、俺はたぶん無意識に、生きることから逃げようとしていた。
俺のおとんは、やむをえぬ事情があって、人を救うために自分は死ぬ羽目 になった。それは英雄的 やと俺には思えた。
おとんは死にたくて死んだわけやないやろうけど、それは格好 いい死に方やと俺には見えていたんや。
俺もそんなふうでありたい。秋津家 の最後の当主 として、血筋 に恥 じひん英雄 でありたい。そうでないと俺はあかんと思いこんでて、おとんと違う道を歩くのが怖かった。
それを踏 み外 したら、お前はあかん、期待外れやと、おかんや水煙 様にがっかりされるような気がして、ご先祖様 にも世間様 にも申し訳が立たへん。
この期 に及 んでも俺はまだ、これが俺の絵や、おとんとは違う独自性があるんやというのを、人に見せるのにビビってた。その絵があまりに、駄作 に思えてたんや。
それはなあ。自信はないよ。アホそのものやから。ダディと違 うて、ジュニアのほうの実情は。おとんのツレは結局、誰やったんや。おかんか、それとも水煙 か、あるいは朧 様か。
その、どれをとっても、俺と水地 亨 みたいにアホやない。もっとずっと情緒 ある。もっとマシそう。アホでなさそう。
俺が悪いんか、亨 が悪いんか、それとも愛し合う二人のステキな共同作業なんか。
とにかく俺らはアホそのものやから。世間様 が、うっかりそれを見てもうたら、三都 の巫覡 の王がこれって……と、遠い目しはるに決まってる。
瑞希 も、ありえへんて言うてた。俺もそう思う。俺もほんまはそう、思うんやって……。
ルームサービスで頼 んだ紅茶を飲んで、亨 は、美味 いわあって言うてた。お行儀 悪く、素 っ裸 でベッドに座り、ルームサービスの白いワゴンから、白いカップで飲んでいる。
アールグレイの花のような、紅茶独特の匂 いがしてた。それの良さが、俺にはよう分からんのやけど、でも、亨 が好きなら俺も好き。機嫌 良さそうに、にこにこ紅茶飲んでる亨 の様子は、久々にくつろいでいて可愛げがあった。
「さあ、アキちゃん。そろそろ本格的にいちゃつこか」
パン食うて満足したらしい顔で、亨 はベッドに寝転がっていた俺の腹の上に抱きついてきた。どーんとか言うて情け容赦 なく鳩尾 に来てる。重い重い! ぐふってなるわ。
でもその重みと温かい甘い衝撃 が、ほんま言うたら心地 いい。そんな亨 を抱き留 めて、俺はもう抱き慣 れたつもりやった白い体を、ぎゅっと抱きしめた。
いい匂 いがした。いつもと違う石鹸 の匂 い。
でも、それも、いっぱい喘 いで汗かけば、消えてしまうやろうと言って、亨 は俺を誘 った。
抱いてくれアキちゃん。ずうっと抱いてもらってない。もう丸一日以上も、抱いてもろてへんで。そんなに長いこと離れてたことない。寂 しいわあ、って、ほんまに寂 しそうな顔をして言うてた亨 がめちゃめちゃ可愛い。
俺は誑 し込まれてるだけなんかもしれへんで。亨 も百戦錬磨 らしいから。
けど、それが嘘 や演技ではなく、こいつの本心やと俺は思いたい。
騙 してんのやったら、ずうっと騙 しといてほしい。俺が死ぬまで、ずっと騙 しといてくれ。
「どしたん、アキちゃん。まだ何かつらいんか……?」
俺の上に乗っかって、唇 を甘く啄 みながら、亨 は心配げに訊 いてきた。
「つらい。お前が好きすぎて、つらいねん」
ほんまにそうやで。俺が暗い顔してそう言うと、照 れたんか、亨 は身をくねらせて、可笑 しそうにくすくす笑った。
「お惚気 か、アキちゃん。そんなん言えるんや。誰に習 うたんや」
お前やろ。俺にそんなアホみたいなこと言う奴 、お前しかいいひんもん。
お前と会うまで、俺はそんなこと言えるようなキャラやなかった。人格改造されてん。悪い蛇 に。
亨 はぎゅうっと強く抱きついてきて、甘い声して俺に強請 った。
「抱いて、アキちゃん。お願いやから抱いてくれ。ほんまに寂しいねん」
「浮気 しといて、まだ腹減ってんのか」
切 なそうな顔して言うてる亨 に、俺は思わず意地悪 言うてた。怒ってる訳やないけど、ちょっと憎くて、虐 めてやりたい気持ちやったんやろなあ。
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