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23-5 アキヒコ
「そんなん言わんといてくれ。腹減 ってるからしたい訳やない。アキちゃんが好きなだけ。抱いてほしいねん。それだけなんやで。浮気 したのも、お前が抱いてくれへんかったからやで。焼き餅 焼かせようと思て、やっただけやんか」
俺の鼻に自分の鼻をくっつけて、亨 は白い両手で俺の頬 を包 み、切 なくかき口説 く口調やった。
その、辛抱 堪 らんらしい淡い茶色の目を見上げ、俺はまた思った。なんて綺麗 な奴 や、なんでこんな奴 が、俺のもんになってくれたんやろ。それだけでも、平成の奇跡 やで。俺はなんて、幸せな男なんやろか、って。
「一日も休んだらあかんのか」
俺が笑って言うと、亨 はますます切 なそうに答えた。
「あかん」
囁 く声で断言されて、俺はますます笑えた。
「休んだら浮気 されるんや」
「そうやで。絶対に浮気 する。嫌 なんやったら、毎日抱いて。ずっと抱いといて。こいつは俺のもんやって、皆に教えてやってくれ。そしたら俺も、アキちゃん一筋 やで」
切 なく微笑 む顔のまま、亨 は俺の胸に指を滑 らせていた。
それがゆっくり滑 りおりるうちに、だんだん戯 れかかるような愛撫 の手つきになり、いつもの巧 みな、誘 う指使いに変わっていってた。
「怖いなあ、お前、実はほんまに悪魔 なんやないか?」
恥 ずかしなってきて、俺がそう罵 ると、亨 はどこか妖 しく、婉然 と笑いかけてきた。
「そんなら早 う、成敗 してよ。成敗 、成敗 ……」
甘く誘 う声で、亨 が言うてた。俺やのうて、下の人のほうに。熱い舌が触れる感触がして、もともとあったやる気が、俄然 盛り上がり、俺は熱く震 えるため息やった。
亨 の舌使いが、巧 いのかどうか分からへん。こいつに舐 められてるっていうだけで、俺はめちゃめちゃ萌 えてるから。亨 が綺麗 な顔で、俺のを舐 めてる。それ見ただけで頭真っ白やねんから。
喘 ぎそうになって、俺はそれを我慢 した。亨 の喋 る歯が、触れる感触がした。
「アキちゃん、我慢 せんといて……」
強請 られて、俺は頷 いたけど、恥 ずかしすぎてそれは無理。もう、我慢 すんのが癖 になってるから。
俺がどんだけ燃えてるか、亨 に知られるのが恥 ずかしい。お前は俺がそんなに好きかと、めちゃくちゃイイ気になられそうで、怖いというのも、あったり、なかったり。
こいつはもう、骨 の髄 まで俺の虜 やと亨 が確信したら、どんなことになるのか、怖い想像しか湧 いてきいひん。
嘘 でもまだ、アキちゃんには未征服地 があると、こいつには思っといてほしい。亨 が俺に、飽 きひんように。俺が生きてる最後の瞬間までずっと、アキちゃん好きやって、もっと愛してくれって、切 なく悶 えて言うてくれるように。
ずるいけど、たぶんそれが、俺の作戦やねん。無意識やけどな。
「アキちゃん、どんな体位でする? 前から? 後ろから? アキちゃんの、好きなのでええよ……」
でも、とにかく早 うしてくれという空気で、亨 はもじもじ俺に訊 ねた。
見上げると、ベッドの天蓋 の鏡 に、俺に迫 る白い体が身を捩 り、美しく絶妙 なカーブを描 いているのが映っていた。可愛 いお尻 も。見てまう見てまう。目が心以上に正直やから。
そして、うわあ入れたい入れたいみたいな衝動 が沸 き上がってくる。
見たらあかん、見たら。平常心平常心。呪文 を唱 えて俺は鏡 から目を逸 らした。
「お前はどれが好きなんや。お前が一番、気持ちええやつでやるよ」
「俺はなんでも気持ちええんやで。いつもそう言うてるやんか?」
耳舐 めながら、苦しそうに言われ、俺も頷 くのがやっとやった。亨 の指が、待ちきれんように絡 みついてた。
「そうやけど……ほんまにそうなんか?」
朧 様が言うてた。せやから亨 には話の出典 を明かされへんのやけど、人それぞれ、気持ちいい体位と、そうでもないのがあるらしい。好みがあんのや。相手によっても違うけど。
朧 様の場合、おとんとやるときには正常位。虎 とやるときは背後位 がイケてる。そこや、そこ、みたいな接点 が、うまく得 られる体位でないと感じひん。
重要なのは、デカいとか、そういうことやのうて、力加減と、そして角度。テンポやリズムも大事やし。ムードも要るやろ。適当 にやってたらあかんのやで先生。
そんなことを、やってる真っ最中に教えてもらえた俺は可哀想 。でも、勉強になります。なにごとも勉強。
そんなこと考えて、やったことないと思う。無意識に、相手が気持ちよさそうなところは狙 ったやろけど、そんなことはっきり意識してやってへん。
恥 ずかしないんか、朧 様。愛の交歓 やのに。
気持ちよければそれでええんか。身も蓋 もない。
ムードも大事やいう話を、ムードぶち壊 しで言うてええんか。本末転倒 やんか。
それとも、本間 先生やし、別にええかという事か。おとんやったらムードありありなんか。一応気になる。
「ほんまにそうか、って?」
不思議 そうに、亨 は俺の目を見た。
「俺に気遣 って、気持ちいいふりしてんのやないか」
「そんなんしてへんよ。ほんまに気持ちええんやで」
俺がうっすら僻 んで訊 くと、亨 はちょっと頬 染 めて、むっとした顔をした。疑 われんのが、嫌 やったらしい。
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