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23-7 アキヒコ
「ええ……例えば。アキちゃん、正常位好きやなあとか。そういうのが分かるねん。統計的 に見て。いつも基本は、向かい合わせ系 やんか? やってる時に、顔見たいんやろ? めちゃめちゃ喘 いでる時の、俺の顔が」
いやあん見んといてくれアキちゃんのエロ、みたいに、冷やかす口調でもじもじ言うてる亨 に、俺は、口ぱくぱくしてた。
なんでそんな深層 心理 を分析 されてんのや、俺は。手帳に書いてまで。書くな、そんなもん。その手帳どこにあんねん!
「見る? 亨 ちゃんの愛の手帳。いつも持ってるよ。いつどこでエッチするか油断ならんしな。すぐ書いとかんとタイムとか忘れるやんか?」
「今も持ってんのか!?」
頭抱 えて俺は訊 いてた。どんな手帳か見るのが怖いけど、見ずには居 れん。
お前が死んだらどないなんねん、その愛の手帳は。誰が処分 するんや。
絶対あかん、生きろ! 論外 やから、その遺品 は論外 !!
トラッキーや『ガラスの仮面』の漫画本 どころの騒 ぎやないから。ほんまに死ぬつもりなんやったら、今すぐ焼き捨てなあかん!
ていうか生きてるつもりでも焼き捨ててくれ!!
「持ってるよ。荷物 に入ってる」
亨 はわざわざクロゼットの中にある鞄 をとりにいき、そこから手帳を取り出して見せてくれた。
クオ・ヴァディス・クラシック・ビソプラン。手帳のブランド名や。
俺、文房具 フェチやねん。その名前は、公式ウェブサイト情報によると、ポーランドの作家シェンキェヴィチという舌噛 みそうな名前の人が書いた、キリスト教ネタの小説に出てくる、「Quo Vadis domine?(主よ、何処 へ行くのですか?)」というラテン語の台詞 に由来 するらしい。
あなたはこの一年、どこへ行くのかというコンセプトで作られた、この製品 に、ふさわしい名や、ということらしい。
まったく。俺はこの一年、どこへ行こうとしていたんや……。
でも今は、そんなこと、何も関係ない。問題はその赤い革 の表紙の手帳の中身が、身の毛もよだつようなエロエロ日記やということや。
見開きマンスリーの記入欄 に、びっくりするような小さい字でびっしりと、あんな事やこんな事が刻銘 に記録されていた。おおまかにいって、俺の恥 の記録やったわ。
亨 にとっては恥 やないらしい。そやから俺だけの恥 。こいつにとってはそれはただの愛の日記なのやからな!
「やめといてくれへんか……俺に無断 で、こんなもん書くの!」
力一杯、頽 れて、俺は亨 に頼 んだ。
「なに怒ってんの、アキちゃん。こんなの飯 ログみたいなもんやで? 俺にとっては。今日はソバ食うたとか、おやつにホットケーキ食うたとか、そういうのと一緒」
「それは観念論 や」
うっとり手帳を眺 めている亨 に向かって、俺はなるべく断固とした声を作った。
「カンネンロン?」
亨はいかにも意味わかってへんように、きょとんと鸚鵡 返 しに言うてきた。
「考えようによっては飯 ログかもしれへんけど、大多数 の目で見て、それはエロのログ!」
怒鳴 ってる俺の話をにこにこ聞き流しつつ、亨 は何度も頷 いていた。
「そうそう、エロログ。めっちゃ言いにくいな、エロログって」
エロログ、エロログと、何度もその言葉を舌の上で転 がしながら、亨 はまだ嬉 しそうに手帳を見てて、鞄 から出したモンブランの万年筆で、何か書き付けようとしていた。
「書くな言うてるやろ! 何を書くんや、まだ何もしてへんのに! いつからこんなん書いてんのや!」
俺はけっこう必死で訊 いてたな。亨 は書きかけていた手をとめて、前のほうのページをめくり、一月のところを俺に見せた。
「一月からやで。アキちゃん、忘れたんか? この手帳を俺にくれたの、アキちゃんやんか。どの手帳にするか決められへんで、二つ買うてもうたし、要らんほう使うかって言うて、俺にくれたんやんか?」
そんなことあったっけ。もう忘れたわ。今年の一月のことなんて。買 うたもんなんか、いちいち憶 えてへん。買 うてんの忘れておんなじもん買 うてもうたりするもん。
「万年筆もアキちゃんがバイ・ナウ病の発作 で買 うたやつ、全然使う気配 もないから、代わりに俺が減価償却 してやってんのやで?」
そうなんや。俺が河原町通 の丸善 書店文具コーナーでつい発作買(ほっさが)いしたやつ、お前が使 うてくれてたんやなあ。ありがとう。
そして、そんな無駄 な買いもんのツケで、俺はこんな死ぬほど恥 ずかしいエロログ書かれるハメになってんのや。そうか、そうか……。
「よかったよ、アキちゃん、使い道があって。今年のスケジュール手帳なんてさ、今年使わへんかったら、あっても意味ないやんか? 来年なったら未使用でもゴミなんやで? なんで二つも買うの。アキちゃん絶対、変やで。勿体 ない勿体 ない」
そうやな。理屈 ではそうや。俺もまさか自分に、お前に変やでと指摘 される部分があるとは、今まで思ってへんかった。
自分はマトモやと思うてた。少なくともマトモさにおいて、水地 亨 に負けることなんかありえへんと思うてたわ。
でも、今その、ありえへんことが起きてるよな。いろんな意味でありえへん日や。
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