392 / 928

23-9 アキヒコ

 その場限(かぎ)りの、調子(ちょうし)のええ嘘(うそ)かもしれへん。俺はそんな、嫌(いや)な男なんかもしれへん。自分が信用できへんねん。 「どうしたらええんやろ……俺は。全然(ぜんぜん)分からへん」  重い苦悩(くのう)にのしかかられて、俺はぐったり縋(すが)り付くように、亨(とおる)に抱きついていた。抱いてんのか、抱いてもらってんのか、よう分からん。亨(とおる)もすごく強い腕(うで)で、俺に縋(すが)り付いていた。 「アキちゃん、好きや。俺のこと、好きやって言うてくれ」  甘く囁(ささや)く声で強請(ねだ)られて、俺は切(せつ)なくなって言葉に詰(つ)まった。 「どうしたんや、アキちゃん……それも分からんようになったんか?」  そうやったらどうしようっていうふうに、亨(とおる)の声は怯(おび)えてた。  なんでこいつはそんなことを思うんやろう。何度それを確(たし)かめて、俺が好きやと答えても、また同じことを訊(き)いてくる。不安そうな目で。 「分からんことない。分からんわけないよ。お前が好きや。でも、どうしてええか分からん。俺は一体、どうしたらええんやろ。どうやって生きていったらええのか。いつ、どうやって死ねばええのか、全然(ぜんぜん)分からへん。どうすんのが一番いいか、どうしたら自分の勤(つと)めが果(は)たせんのか、分からんのや。俺はな、逃げたくないねん。ちゃんと自分の責任果(は)たしたいんや。でも、どうするのがそれか、全然(ぜんぜん)分からへんねん」  言うてるうちに、力抜けてきて、俺はぐったりした。あかん。水濡(みずぬ)れアンパンマン状態(じょうたい)。まったく力が出ないから今の俺は。へこたれてるから。  泣き言(ごと)やないか、それ? なんか俺、このところ、泣き言(ごと)ばっかり言うてへんか?  それも嫌(いや)でたまらへん。餓鬼(がき)くさい。弱いしヘタレ。なんも知らんアホのボンボン。そんなん、もう嫌やねん。  俺もそろそろ大人になりたい。水煙(すいえん)を引き留(と)めたくて、口から出任(でまか)せ、俺は永遠に大人にならへんなんて、そんなこと口に出して言うてもうた罰(ばち)が当たってんのか、ほんまにどうやったら成長できんのか、さっぱり道が見えてへん。  俺が守ってやるからと、にこにこ言うてた亨(とおる)に絆(ほだ)されたんか、俺はすっかり泣きつく構(かま)えで、それも相当(そうとう)情(なさ)けない。  俺はこいつを守ってやろうと思ってたんやないんか。その逆(ぎゃく)やのうて、いつも亨(とおる)を守ってやりたいと思ってた。自分にそれだけの力があったらええのになあと、いつも願(ねが)ってたのに。  結局こいつも幸せにはしてやられへんかった。俺は誰も幸せにはしてへん。ただ人の世話(せわ)になるばっかりで、泣き喚(わめ)かせたり死なせたり、そんなんばっかり。  実は生まれて来んほうが、良かったんやないか。ほんまにもう自信ない。俺が生きてる意味って、一体なんなんやろか。  俺には全然(ぜんぜん)分からへん、そのことが、亨(とおる)にはよう分かってるらしかった。全然(ぜんぜん)悩(なや)む気配(けはい)もなく即答(そくとう)やった。 「アキちゃんはただ、絵、描いとけばええんやない? それと、お前の勤(つと)めは俺と毎日エッチすることやから……」  抱きしめた、俺の守護神(しゅごしん)・水地(みずち)亨(とおる)大明神(だいみょうじん)に、腕の中からそう言われ、俺は泣きながら笑ってた。  泣ける。そんなん、アホそのものやんか? 「藤堂(とうどう)さんがなあ、アキちゃんは天才やって言うてたで。絵をくれてやったんや。有(あ)り難(がた)がってたわ。ホテルの廊下(ろうか)に飾(かざ)りたいらしい。別にええやろ?」  俺の背を抱きながら、亨はちょっと気まずげに笑い、そう訊(き)いた。 「あのオッサンに言わせれば、アキちゃんみたいな大天才に愛されて、俺は幸せなんやって。浮気(うわき)されるくらいで愚痴愚痴(ぐちぐち)言うたらあかんのやって。天才画家を支(ささ)えてやんのが、俺の勤(つと)めらしいわ。よう言うで、あのオッサン、他人事(たにんごと)やと思て……」  ぶつぶつ恨(うら)む口調になって、亨(とおる)は険(けわ)しい顔をした。そして、まるで恥(は)ずかしいみたいに、俺の胸に頬(ほほ)を擦(す)り寄(よ)せて、亨(とおる)は自分の顔を隠した。 「でもな……アキちゃん。その話は俺にとっては、説得力(せっとくりょく)がある。アキちゃんの絵を見たら、お前はほんまに天才やと俺も思う。アキちゃんの絵を見たら、みんな、何か感じる。感動したり、元気が出たり、見てへん時よりもずっと幸せになると思う。そんな絵が描ける子は、難(むずか)しゅう考えんと、ずうっと絵だけ描いてりゃええんとちゃうの? せやからもう、アキちゃんは、勤(つと)め果(は)たしてると思うで」 「そんな……アホみたいなことで、責任果(は)たしたことになんの? 好きで描いてるだけなんやで?」 「別にええやん。お前のおかんかて、踊(おど)り好きやし踊(おど)ってるだけやんか。それで人の役に立ってて、お屋敷(やしき)の登与(とよ)様やて言われてる。お前もそうすりゃええやん、アキちゃん。好きな絵描いて、お屋敷(やしき)の暁彦(あきひこ)様やればええやん。それで誰も文句はないよ」  それがいかにも当然みたいに話す亨(とおる)の声を聞きながら、俺はますますぼんやりしてきた。  そんなんで、ええの。  だって、なんかもっと、血の滲(にじ)むような努力とか、死ぬような修行(しゅぎょう)とか、通過儀礼(つうかぎれい)とか、そういうの要(い)らんの?  俺はほんまに絵が好きで、ただ楽しいから絵描いてるだけやねん。それが何かの役に立つとは、全然(ぜんぜん)思うてへんかった。  今までずっと、自分が描いた絵のせいで、迷惑(めいわく)かけることはあっても、それが役に立ったことはなかったからな。

ともだちにシェアしよう!