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23-9 アキヒコ

 その場(かぎ)りの、調子(ちょうし)のええ(うそ)かもしれへん。俺はそんな、(いや)な男なんかもしれへん。自分が信用できへんねん。 「どうしたらええんやろ……俺は。全然(ぜんぜん)分からへん」  重い苦悩(くのう)にのしかかられて、俺はぐったり(すが)り付くように、(とおる)に抱きついていた。抱いてんのか、抱いてもらってんのか、よう分からん。(とおる)もすごく強い(うで)で、俺に(すが)り付いていた。 「アキちゃん、好きや。俺のこと、好きやって言うてくれ」  甘く(ささや)く声で強請(ねだ)られて、俺は(せつ)なくなって言葉に()まった。 「どうしたんや、アキちゃん……それも分からんようになったんか?」  そうやったらどうしようっていうふうに、(とおる)の声は(おび)えてた。  なんでこいつはそんなことを思うんやろう。何度それを(たし)かめて、俺が好きやと答えても、また同じことを()いてくる。不安そうな目で。 「分からんことない。分からんわけないよ。お前が好きや。でも、どうしてええか分からん。俺は一体、どうしたらええんやろ。どうやって生きていったらええのか。いつ、どうやって死ねばええのか、全然(ぜんぜん)分からへん。どうすんのが一番いいか、どうしたら自分の(つと)めが()たせんのか、分からんのや。俺はな、逃げたくないねん。ちゃんと自分の責任()たしたいんや。でも、どうするのがそれか、全然(ぜんぜん)分からへんねん」  言うてるうちに、力抜けてきて、俺はぐったりした。あかん。水濡(みずぬ)れアンパンマン状態(じょうたい)。まったく力が出ないから今の俺は。へこたれてるから。  泣き(ごと)やないか、それ? なんか俺、このところ、泣き(ごと)ばっかり言うてへんか?  それも(いや)でたまらへん。餓鬼(がき)くさい。弱いしヘタレ。なんも知らんアホのボンボン。そんなん、もう嫌やねん。  俺もそろそろ大人になりたい。水煙(すいえん)を引き()めたくて、口から出任(でまか)せ、俺は永遠に大人にならへんなんて、そんなこと口に出して言うてもうた(ばち)が当たってんのか、ほんまにどうやったら成長できんのか、さっぱり道が見えてへん。  俺が守ってやるからと、にこにこ言うてた(とおる)(ほだ)されたんか、俺はすっかり泣きつく(かま)えで、それも相当(そうとう)(なさ)けない。  俺はこいつを守ってやろうと思ってたんやないんか。その(ぎゃく)やのうて、いつも(とおる)を守ってやりたいと思ってた。自分にそれだけの力があったらええのになあと、いつも(ねが)ってたのに。  結局こいつも幸せにはしてやられへんかった。俺は誰も幸せにはしてへん。ただ人の世話(せわ)になるばっかりで、泣き(わめ)かせたり死なせたり、そんなんばっかり。  実は生まれて来んほうが、良かったんやないか。ほんまにもう自信ない。俺が生きてる意味って、一体なんなんやろか。  俺には全然(ぜんぜん)分からへん、そのことが、(とおる)にはよう分かってるらしかった。全然(ぜんぜん)(なや)気配(けはい)もなく即答(そくとう)やった。 「アキちゃんはただ、絵、描いとけばええんやない? それと、お前の(つと)めは俺と毎日エッチすることやから……」  抱きしめた、俺の守護神(しゅごしん)水地(みずち)(とおる)大明神(だいみょうじん)に、腕の中からそう言われ、俺は泣きながら笑ってた。  泣ける。そんなん、アホそのものやんか? 「藤堂(とうどう)さんがなあ、アキちゃんは天才やって言うてたで。絵をくれてやったんや。()(がた)がってたわ。ホテルの廊下(ろうか)(かざ)りたいらしい。別にええやろ?」  俺の背を抱きながら、亨はちょっと気まずげに笑い、そう()いた。 「あのオッサンに言わせれば、アキちゃんみたいな大天才に愛されて、俺は幸せなんやって。浮気(うわき)されるくらいで愚痴愚痴(ぐちぐち)言うたらあかんのやって。天才画家を(ささ)えてやんのが、俺の(つと)めらしいわ。よう言うで、あのオッサン、他人事(たにんごと)やと思て……」  ぶつぶつ(うら)む口調になって、(とおる)(けわ)しい顔をした。そして、まるで()ずかしいみたいに、俺の胸に(ほほ)()()せて、(とおる)は自分の顔を隠した。 「でもな……アキちゃん。その話は俺にとっては、説得力(せっとくりょく)がある。アキちゃんの絵を見たら、お前はほんまに天才やと俺も思う。アキちゃんの絵を見たら、みんな、何か感じる。感動したり、元気が出たり、見てへん時よりもずっと幸せになると思う。そんな絵が描ける子は、(むずか)しゅう考えんと、ずうっと絵だけ描いてりゃええんとちゃうの? せやからもう、アキちゃんは、(つと)()たしてると思うで」 「そんな……アホみたいなことで、責任()たしたことになんの? 好きで描いてるだけなんやで?」 「別にええやん。お前のおかんかて、(おど)り好きやし(おど)ってるだけやんか。それで人の役に立ってて、お屋敷(やしき)登与(とよ)様やて言われてる。お前もそうすりゃええやん、アキちゃん。好きな絵描いて、お屋敷(やしき)暁彦(あきひこ)様やればええやん。それで誰も文句はないよ」  それがいかにも当然みたいに話す(とおる)の声を聞きながら、俺はますますぼんやりしてきた。  そんなんで、ええの。  だって、なんかもっと、血の(にじ)むような努力とか、死ぬような修行(しゅぎょう)とか、通過儀礼(つうかぎれい)とか、そういうの()らんの?  俺はほんまに絵が好きで、ただ楽しいから絵描いてるだけやねん。それが何かの役に立つとは、全然(ぜんぜん)思うてへんかった。  今までずっと、自分が描いた絵のせいで、迷惑(めいわく)かけることはあっても、それが役に立ったことはなかったからな。

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