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23-10 アキヒコ

 写生(しゃせい)した絵で桂川(かつらがわ)(あば)れさしたと言うて、おかんに怒られた話もそうやし、夏に疫神(えきしん)の絵を描いて、あんなことにもなってもうた。  俺はもう、絵描いたらあかんのやないか。そういう気もするのに、(ふで)()るのはどうにも無理で、自分の()(まま)だけで描き続けてる。  息をするのはやめられへん。それと同じで、絵を描くのをやめられへんねん。  毎日毎日、心の奥底からあふれ出すみたいに、描きたい絵が()いてくる。それを描かずに我慢(がまん)してたら、それこそ頭がおかしくなりそう。生きてられへんような気がする。 「鳥さん喜んでたやん? アキちゃんが描いた絵のお(かげ)でさ、あいつもほんまの不死鳥(ふしちょう)や。実は悪魔で、(とら)(てき)にはなんか予定と違うっぽかったけど、でもまあええやん。不死鳥(ふしちょう)不死鳥(ふしちょう)上出来(じょうでき)やったやんか?」  にこにこ言うて、(とおる)はよしよしみたいに、わざわざ腕を()ばして、俺の頭を()でてくれていた。 「夏の疫神(えきしん)(けん)かて、確かに元はアキちゃんの絵やったかもしれへんけど、それを解決したのかて、アキちゃんの絵やったんやんか? (ぶた)の丸焼きの絵、めっちゃ美味(うま)そうやったで」  (よだれ)出そうみたいに言うて、(とおる)はほんまに口元を手で(ぬぐ)ってた。こんな話の時にほんまに(よだれ)を出すな……。 「アキちゃんの絵のお(かげ)で、水煙(すいえん)様かて穴無(あなな)し治ったしさあ」 「見たんか!?」  俺は思わず(さけ)んでもうてた。(とおる)はむっと意地(いじ)悪いしかめっ(つら)になった。 「見てへん。そうなんとちゃうかなあ、という話や! 大体お前はどこまで想像してあの絵を描いたんや。()いだらどんなんなってんのか、想像しながら描いてたんか!?」  想像しながら描くよ! それは!  言い(わけ)ちゃうで。ほんまにそうやで。人の絵を描くときは、骨格(こっかく)とか考えながら描くもんなんやで。だから中の骨とか内臓(ないぞう)入ってるのとかも、ちゃんと想定(そうてい)して描くもんなんや。それで普通やねん。俺がエロなんやないよ。絵師(えし)常識(じょうしき)!  でも、それを(とおる)には口に出して言われへんで、俺はあわあわしていた。言わんでも知ってんのとちがうんか、お前。亜里砂(ありさ)……やのうて、トミ子の画才(がさい)をイタダキしたんやったら、あいつかて絵師(えし)なんやもん。それくらいのこと知ってるはずやで。美大(びだい)にいた(やつ)なんやから。 「想像してたんや……」  ジトッと言われて、俺はぶんぶん首を横に()っていた。(うそ)やった。でもそれは何を否定してんのか。  想像したけど、それはあくまで純粋(じゅんすい)に絵を描く上での何やかんやや。決して変な妄想(もうそう)(いだ)いた(わけ)やない。そうやと思いたい。  進退(しんたい)(きわ)まった顔をして、ぐっと押し黙っている俺の頭を、(とおる)が突然、(うで)振り上げて、ぽかっと(なぐ)った。俺はそれに、びっくりした。 「この、浮気者(うわきもの)! そんなん想像すんなら俺のケツにしろ! ぼけっとしとらんで、いいかげんにいちゃいちゃしろ! 何をすっかり平常心(へいじょうしん)なっとんねん。人生相談しとる(ひま)あったら、もっとムラムラしろ!」 「痛い痛い!」  ぽかぽか(なぐ)られて、俺は必死で()けていた。(とおる)(たた)かれたことなんかない。本気で(なぐ)ってるわけやない、ふざけて(たた)く程度なんやけど、(とおる)がそれを、遊びやのうて、焼き(もち)焼いてほんまに(なぐ)ってることは(たし)かやったわ。 「アキちゃんのアホ」  さんざん(たた)いて気が済んだんか、脚をからめて抱きついてきて、(とおる)は俺に長いキスをした。ちゅうちゅう吸われて、俺は必死で(こた)えてたけど、そうするうちに、なんか熱い安らぎに(ひた)れてた。  何も考えんと、(とおる)と抱き()うてる時が、いちばん幸せ。それは何となく、夢中(むちゅう)で絵を描いている時の感じと似てる。楽しい楽しいって、のめり込んでて、時の()つのを忘れてしまう。 「アキちゃん、抱いて。抱いてほしい……」  俺を(ふる)い立たせようとする指で愛撫(あいぶ)してきて、(とおる)(せつ)なげにそう(ささや)いた。 「お前の絵が好き。顔も好き、体も声も、性格も、全部好き。めちゃめちゃ好きやねん、アキちゃん。俺とひとつになって……ずっと抱いといてくれ」  ずっとは無理や。でも、できるだけ長く。  早くひとつになれるように。でも、(あせ)ったらあかん。俺はなるべく、ゆっくりと、(とおる)の体を開く愛撫(あいぶ)をした。(なら)んで側臥(そくが)した片足抱えて、中を()でると、(とおる)は俺の胸に()り寄って、すぐに甘く(あえ)ぐ顔になってた。  よっぽど気持ちいいのか、(とおる)はいつも、あられもなく乱れて(あえ)ぐ。それが俺には当たり前。すでに()れてて、いちいち何とも思わへん。  でも、ほんま言うたらそれにはすごく()やされてる。俺はお前を幸せにしてやれている。そんな実感のある瞬間やから。 「アキちゃん、気持ちいい……いっぱいしてくれるか?」 「うん……いっぱいしてやる……」  甘く強請(ねだ)る舌に(こた)えてキスをして、無言で(なぶ)りあってると、だんだん熱い沈黙(ちんもく)(おぼ)れ、胸が()まるような興奮(こうふん)が押し寄せてくる。みるみる(しお)が満ちるみたいに。  それに押し流される。理性も苦悩も。面子(めんつ)も弱気も、しがらみも。ただ夢中(むちゅう)で思ってる。お前が欲しい。好きや好きやで、何も考えてへん。  どっぷり(ひた)る深い深い陶酔感(とうすいかん)で、頭の(しん)まで()うてきて、感じる愉悦(ゆえつ)と愛だけが、世界の全てみたいになってる。

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