397 / 928
23-14 アキヒコ
「何、それ?」
「何って。だから。そう言うて頼 んで、事情話したら、湊川 が大爆笑 して、ほんなら可哀想 やから俺が逝 ってやろう、って……」
ダイジェスト的にはそうやんか。気まずいところはカットしたけど。カットしたとこが、たぶん一番の見所 やけど。
「えっ……実はアキちゃん、あいつとやってへんのか?」
亨 に本気の目で訊 かれて、もちろん俺の目は泳いだよ。嘘 はつけへん性格やねんから。
嘘 つくよりええやろ? やってません言うたほうが良かったか?
言えばよかったかな。亨 は俺の無言の回答に、わなわな来ていた。目が怖かった。ちょっと金色がかってた。たぶん、肌 を探 ればどこかには、白い鱗 が浮いていたやろ。
「やったんか……」
「お前もやったんやろ、藤堂 さんと」
そやから引き分け という話なんやろ。殺さんといてくれ。俺も今は一応、秋津 家の当主 として、生きとかなあかん義務 がある。
「また、そんな手か! お前はずるい!」
そう!? そうやろか?
俺もずるいかもしれへんけど、そもそも、その論法 で来たんはお前なんやで、亨 。
「俺はちゃんと言うたやん。藤堂 さんよりアキちゃんが好きやって、ちゃんと言うたで。せやのにお前は曖昧 やねん。誰でもええんとちゃうのか。水煙 でも、ワンワンでもラジオでも、お前は誰でもええんやろ?」
それが憎 いみたいに、亨 は焼き餅 焼いてる顔をして、俺を睨 んだ。それが何か、ずいぶん切 なそうに見えて、俺は焦 った。
「アキちゃんは俺のこと、大したことないと思うてんのやろ。もう、釣 った魚やしな。蛇 やけど。とにかくもう、亨 は骨 の髄 まで誑 し込 んであるから、餌 なんかやらんでええわと思うてんのや。どうせ俺は、ワンワンみたいに可愛 ないしな、水煙 みたいにお高くもないし、アホやし、アキちゃん大好きなエロエロ妖怪 ですよ! せやけどラジオよりマシやろ。あいつ藤堂 さんまで口説 いとったで。アキちゃんと寝た翌朝 にはもう、他の男なんやで!?」
涙目 なって、亨 は吠 えてた。めちゃめちゃ悔 しそうやった。
「お前、それで悔 しなって、藤堂 さんコースやったんか……」
その光景 が目に見えるようやった。もともと未練 たらたらやった藤堂 さんに、湊川 が粉 かけてるの見て、ブチッと来たんやろ。どうせそんなとこやねん。
「違う! そうやけど……そういう話やない。あいつはな、水煙 言うてたけど、乱交 する妖怪やで。男でも女でも上でも下でもええねんで。三人でも四人でも十五人でもええねんで!? そんなんが好きなんか、アキちゃん。アキちゃんのおとんに妬 かせるために、他のと寝てみせるような男なんやで!?」
お前もそうやん?
俺は思わずそうツッコミそうになったけど、我慢 はしたんやで。
でも、さすがに亨 は俺と気心 知 れてるわ。目を見ただけで、俺が何て言おうとしたか、わかってもうたらしい。それだけで、真っ赤になって怒っていた。
「違う!! 俺はアキちゃんの目の前で藤堂 さんとやったわけやないやんか。あいつは目の前でやるねんで。最低やろ!?」
最低かなあ。
俺、今、たぶん、想像したらあかんと思うねん。それでもし、萌 えるわあみたいな結果が出たら、ヤバいやんか。いろんな意味で。今、裸 なんやし。アキちゃん、それもアリかと水地 亨 が勘違 いしたら悲しいし。
お前はあかんねんで。亨 は俺のモンやし。絶対そんなんしたらあかん。陰 ですんのも、ほんま言うたら絶対あかん。相手が一人でもあかん。十五人なんか当然あかん。
ラジオやからええねん。朧 様は俺のモンやないし、泣くの俺やのうて、おとん大明神 やしな。ざまあみろ。
それに、なんというか若干 、湊川 怜司 は俺の心の中で、セクシー系アイドルみたいになってきてる。なんかもう、エロの偶像 やから。
「アキちゃんちょっと想像してみろ、ラジオの十五人総受 けとかを! ドン引きやろ!?」
想像させるな。必死で考えんようにしてんのに。
舐 めたらあかん、俺の想像力を。
良かったほんまに、事前やのうて事後の話で。下の人、めって言われるだけやのうて、水地 亨 に殺されてたかもしれへん。二度と悪さできへんように。
「悪い奴 やで。昔、軍部 の偉 いおっさんとか、ガイジンの接待 とかともやってたんやで。今はイイ子みたいにしてるけど、元々は男娼 なんやで、あいつは。しかもワールドワイドやで。ナチのゲシュタポとも寝てたんやで。悪い子なんやで、節操 なんか耳クソほどもない奴 や!! そいつが何で駆 け落 ちやねん。キャラの辻褄 合 うてへん!!」
そんなことない。遊郭 の女郎 が足抜 けして客と駆 け落 ちする話なんか、ようあるネタやで。案外そういう奴 が根 は純情 やったりするパターンやんか。
「そんなんでもええの……アキちゃん」
つらそうに訊 いて、亨 は苦しいという顔をしていた。
「せやから俺でもええんやな……別に誰でもええんや、アキちゃんは。顔さえ良ければ、蛇 でもナチでも、なんでもええようなキャパの男やから、俺でもええんや。あいつも好きなんか。ラジオも。水煙 や犬より好きか。俺より好きなんか。どういう順番になってんの、アキちゃんの中で…………俺って、何番目?」
くよくよ言うて、亨 はほんまに悔 しいみたいに、眉間 に寄 せた皺 を、俺の胸に額 をくっつけて隠 していた。
ともだちにシェアしよう!