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23-15 アキヒコ
「俺はなあ、いくら堕 ちてもナチと寝たことはないで……あいつら、人の脂 で石鹸 作るような悪魔 なんやで? アキちゃん若いし、よう知らんのやろけど……人間のすることやないよ。そもそも戦争するように煽 ったのかて、ラジオみたいな奴 らやんか。マスメディアやで。鬼畜米英 とか言うて。えらいことやったんやから。お前のおとんが死んだのかて、遠回 しには、あいつも一枚噛 んでんのやないか。戦争にならへんかったら、おとんは死なんで済 んだんやで?」
いつの世も、マスメディアは両刃 の剣 や。人々のメディア信仰 はいつの時代も強くて、メディアが求めるテンポで、右へ左へと人は巧 みに操 られて踊 る。時には、自分たちが踊 っているということにさえ気付かへんと。
もしもメディアが愛を知らへん悪魔 やったら、世の中どんなふうになっていくやろ。
ラジオやテレビやインターネットが、あるいは友達の友達からスマホで伝わってくるクチコミの噂 が、あいつを憎 めと教えたら、それが正しいもんやと信じて、純粋 についていく層 はいてる。
その行き先が地獄 やということに、全く気づくこともない。実際そこへ辿 り着いてみて、これは地獄 やないかと思うまで、分かってへん。
そういう、怖 ろしい神さんや。噂 は。
しかしそれも神なれば、祀 る巫覡 の器量 次第 で、和 みもすれば、荒 みもするやろう。
野放 しにしといたらあかん式神 や。湊川 怜司 は。
なんとかして調伏 して、あいつがいつも和 んでいるよう、愛を知るよう、大事に奉 ってやらへんかったら、とんでもないことになる。
船で人を助けた時に、あいつは言うてた。俺はなんでこの人間たちを、助けたんやろかって。
分かってへんねん。あいつは。自分にも人が救えるということが、自分も人を愛せる神やということが、理解できてへん。
でも、湊川 怜司 は俺のおとんを今でも待っていると思う。信太 の代わりに死んでやろかというのも、別に伊達 や酔狂 やない。
せっかく幸せそうにしてんのに、虎 と不死鳥 が死によって分 かたれるのは可哀想 やって、そんな単純で深い愛情のなせる業 やねん。
あれも決して悪魔 ではない。水地 亨 が悪魔 やのうて神やというなら、湊川 怜司 も神の一種や。
あいつを崇 め祀 ってやる巫覡 が要 るわ。もしくは、神なら神らしく、ちゃんとせえと躾 ける主人が。
それがあいつに、なにとぞ人に尽 くし給 えと、畏 み畏 みお頼 み申 せば、ちゃんと、ええ神さんになる。どんな神にも、荒 れてる時はあるねん。結局 、そういう話やろ。
「俺には分からへん、亨 。その時代に生きてへんかった。自分の目で見てへんしな。けど、あいつが鬼やと思うてたら、おとんは湊川 を斬 って捨 てたやろ。でも、あいつはおとんの恋人 やったんや。今でもそうかもしれへん。おとんに訊 かんと分からへんけど。お前も悪魔 と呼ばれたこともある神なんやろ。それでも今は違うやんか。俺の神さんで、ええモンなんやろ。自分のことは棚上 げで、人のことばっかり言うたらあかんで」
「やっぱ好きなんや……湊川 」
がくっと肩 を落として、亨 は独 り言 みたいに言うてた。
あれ。そういう話?
俺、もっと真面目 に考えてたけど。めっちゃ深いテーマで掘 り下げてたけど。お前にとっては、それっぽっちの惚 れた腫 れたの話やったんか。
ほんまアホやな水地 亨 。もうちょっと世界を深めていかなあかんよ、お前は。
まあ、そうやって逃げてみたところで、返事せなあかんのやったら、結局 言うこと同じなんやけどな。
「好き……かも、しれへんけど……でも、それはお前より好きという訳 やないで」
歯切れ悪いなあ、俺。格好 つかへん。
「ほな、水煙 ・俺・ワンワン・ラジオか。それとも、水煙 ・俺・ラジオ・ワンワンか。まさかと思うけど、水煙・ラジオ・ワンワン・俺、やないやろな?」
「順位 なんかないよ……それにお前は別格 なんやから。そんなしょうもない事、心配せんといてくれ」
言い逃 れくさい、その話は、いつも俺の本音 やねん。口に出したら嘘 くさい。適当 な嘘 みたい。でも、ほんまなんやで。
もしも、本気で、瑞希 が亨 に害 を成 そうというんやったら、俺はもう一度、あいつを殺せる。泣いて斬 る羽目 になる。
それが瑞希 やのうて、水煙 や湊川 でも、他の誰でも変わらへん。
もしかしたら俺のおかんや、おとん大明神 でも、そうかもしれへん。
俺にとっては亨 は別格 。この世で一番、大事な相手やねん。
そやからお前には誰とも喧嘩 せんといてほしい。
もしもそうなったら、俺はその相手を自分の人生から切り捨てることになる。
おとんが朧 と別れたように。泣く泣くか、それとも粋 に大人っぽくかは分からんけども、とにかく捨 てることになる。
どちらか選べとお前が本気で迫 ってきたら、俺は選ばなあかんようになる。
その時に、迷 う余地 はない。
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