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23-17 アキヒコ
ただ俺は、水地 亨 大明神 を主神 として奉 る神官 やという事なんや。俺が命がけで守らなあかんご本尊 はあいつなんやで。
でも、それは、亨 が他の神より優 れているからではない。俺にとって、あいつがたまたま、愛 しいツレやというだけのこと。
ほんのちょっとの運命の悪戯 。偶然 の結果や。
そやから結局、どれも皆、客観的 に見れば、優劣はないんや。誰も皆、麗 しい素晴 らしい神さんばっかりなんやで。
水煙 の新しい姿は確かに好きやけど、でも、俺がほんまに震 い付くような魅力 を感じるのは、あいつの元々の姿のほうやろうと思う。
あれがほんまの神の姿や。たとえ、醜 い鬼が潜 んでいても、それが水煙 の本当の姿や。俺はそっちを愛してる。
そやから人にも、それを愛してほしい。けど、いきなり見るには、刺激 が強すぎるからな。覡 ではない、一般人には。
「俺が好きなん? 俺を一番愛してる?」
ジトッと疑 わしそうに、それでも亨 は甘えた声で、俺に訊 ねた。
頷 いてみせながら、俺は亨 を抱きしめて返事した。
「お前を一番愛してる。お前のためやったら何でも捨 てられる。でも、それやと生きていかれへんやろ。お前も、俺も。お前かて、俺がおったら藤堂 さんは死んでもええわとは思わへんのやろ?」
「……そんなことない。選べというなら、あいつを殺して、バラした死体をお前に見せてやってもいい」
暗く思い詰 めたような目で、腕の中にいる亨 が俺を見上げてきたので、俺は焦 った。そんな目してたら、ほんまにやりそうに見えるで、お前は。
「そんなんしいひんでええねん。そんなんしたらお前は悲しいやろ。俺も悲しい。なんでか知らんけど、俺はあの人好きやねん。お前が中西 さんのこと好きでも、しょうがないと思う。でも、できたらいつも俺のほうを選んでくれ」
抱きしめて頼 むと、亨 はしばらく黙っていた。
潤 んだような沈黙 やった。なんか泣きそうなってるらしい。
まさか怒ってんのかと俺がビビる頃 、亨 はやっと、ぽつりと答えた。
「いつもお前を選ぶ。せやしアキちゃんも、いつも俺を選んでくれ」
ぐにゃっと脱力 して甘えてきて、亨 はほっと安心したように、俺の腕の中で和 んだ気配 を見せた。
「うん……」
うん言うてもうた……。
大丈夫か、俺。その場の勢 いでそんな約束 をして。嘘 にならへんか。
でも、そう答えると、なんでか自分も安 らいだ。そういう一生やとええなあと思った。
いつも亨 と一緒に居 れて、俺はいつでも、こいつを選ぶ。亨 はいつでも、俺を選んでくれる。そしてずっと二人で固く抱き合 うてられたら、きっと俺は幸せなんやろう。
そして、抱き合いながら絵を描いて?
なんでそうなるねん、俺。また妄想 が復活してきてる。
そやけど、決して変な意味でなく、俺はおとんがなんで寝床 で絵を描いていたか、実はちょっと分かった。
ずっと抱き合 うときたい相手が居 って、しかも絵も描きたかったら、抱きながら描くしかない。しょうがないねん、それは。新聞読みながら朝飯食うみたいなもん。ベッドでいちゃつきながらパン食うようなもん。
お行儀 悪いし、変やけど、でも朧 はそんなん気にしいひんのやろ。
時にエロくさくはあるかもしれへんけども、にこにこ楽しそうに絵を描いている、朧 と、おとんを想像すると、それはちょっと和 やかで、楽しそうな絵面 やった。
肌に描かれて、くすぐったいわあって、くすくす笑う、あの美声 とか。やんわり悶 えて、先生は絵が上手 やなあと褒 めてくれる時の、優 しい目とか。
それを、うっとり眺 めて、おとんも得意 げやったろうか。その時には俺と大差 ない歳 の、ただの小僧 やったんやから。
でも、そんな妙 な遊びの情景 に、癒 やされていたんは、俺のおとんの方だけか。
朧 様の話では、おとんがあいつに絵を描く時には、俺が風呂場 で遊んでもらったような、ああいうのやのうて、ほんまに画材 使って絵を描いたらしい。日本画の、膠 と顔料 と、墨 と筆 でな。
去 り際 の朝いつも、入 れ墨 みたいに絵を描いていき、そのまま服着て仕事行けと強請 ってゆくらしい。
そして、その人肌 の絵にも、ちゃんと雅号 は入れてある。暁雨 と。落款 まで捺 してある。ハンコやで。
俺は思うんやけど、おとんは絵もやけど、実は自分の名前を書きたかったんやないか。朧 様の肌 の上に。これは俺のもん。誰にもやらんて名前を書いておき、それを口には出さへん。
たぶん恥 ずかしかったんや。
おとんは口の上手 い男やったかもしれへんけど、どうせ俺のおとんやで。きっと、ちゃんと伝えていない、肝心要 のところがあるわ。
だけどそういうのは、ちゃんと言わんと伝わらへん。伝わるけども、確信がない。
朧 はおとんの我 が儘 を聞いてやり、ほんまに軍服の下に、おとんが描いた絵を着ていってやってたらしい。
それはなんとも、淫靡 な話やで。そんなんしてやるのは、朧 もおとんを愛してたからやないのか。
式 やし、そうせえと命令されたからか。
そうやないと思いたいんやけどな。あいつも愛を知ってると。
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