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23-18 アキヒコ
俺もやりたい。肌 の上に絵描いてみたい。ほんま言うたらしたい。
朧 様にやないで。それも思い描くとなんでか少々胸がそわそわするけど。亨 にやで。
何を描くかは思いつかんけど。とにかくなんか一筆 描いて、そして俺の雅号 を入れたい。
この蛇 は俺のもの。ちゃあんと名前書いてあるやろ。見りゃわかるやろ。誰も触 らんといてくれって。
でも、そういえば、俺にはまだ、雅号 がないんやった。思えばそれも、心残りや。
「なあ……アキちゃん。さっき言うてた、いけない想像って、なんやったん?」
忘れへんなあ、お前は。そういう気まずい事は絶対に憶 えてる。
抱きついた俺に、猫みたいにゴロゴロ甘えて擦 り寄りながら、亨 は汗の乾 き始めた俺の胸を、名残 惜 しげに指でなぞってた。
「エロログ書かへんか?」
「書かへん、書かへん」
信用できひん安請 け合いで、亨 はにこにこ言うていた。
絶対嘘 やと俺には見えたが、でもちょっと思うところがあって、しゃあないし話すことにした。
「おとんは、湊川 の肌の上に絵描いてたらしい。入 れ墨 みたいに」
俺が教えると、亨 はぽかんとした。何か思い出しているような目つきやった。
たぶん、おとん大明神 を回想 してるんやろう。そんな人やったんやと。
「えっ。マジで? 若干 、変態 みたいやで、おとん」
「若干 やのうて、あいつはほんまもんの変態 絵師 なんやと思うで」
そして俺はその息子なんです。しかも生 き写 しやから。要 らんところは似 てるから。
「上手 に描けたし、消さんといてくれって頼 まれるらしいわ。雅号 と落款 も入れてあって。そのまま服着て出かけろって強請 られるんやって」
「浮気 防止やろ」
皮肉 に笑って、亨 はぽつりとそう言うた。
「お前もそう思うか……」
しかし果 たして、あんな性格の奴 に、服を脱 いだら絵が描いてあるくらいのことで、他のと寝るのは今日は止 そうと、思いとどまってもらえんのやろか。
それを見られて恥 ずかしいと思うような奴 には見えへん。
でも、絵が消えるのは惜 しいとは、思うてくれるかもしれへん。その絵が、よう描けた、上手 な絵やったらな。
せやから、おとんは案外、ほんまに一生懸命 描いて仕上げたんやないか。
やりながら、夜にも描くけど、おとんはいつも、後朝 の、朝靄 立ちこめる早朝に、一緒に風呂浴びて、湯上がりの肌 にも描くらしい。それがいつも、逢瀬 の最後の一作や。
おとんも手の早い絵師 やったらしい。気合い一発の集中力で、見る間 に仕上げる。そして雅号 を入れながら、朧 様に頼 み込 む。
どうか一日、風呂入って絵が消えるまでの間 でええから、俺の絵に、お前を抱かせといてくれ。離れていても、忘れんといてくれと、冗談 めかして頼 む。
でも、それは、俺のおとんの、二十歳そこらの秋津 暁彦 君の、本音 やったんやろか。
お登与 どこいってん、おとん。水煙 様は。
その他、両手の指でも数えられへんような、お前の式神 の皆さんは。
ええかげんな男やで。そらまあ、俺のおとんやしなあ。
もしや本気でハマってて、順位 なんか関係無くなってもうてたんかもしれへん。朧 のことも、本気で愛してた。
誰にでも本気。いつでも全力投球。皆さん、それぞれ大好きやねん。
お登与 だけは別格 で、俺のおかんが運命の女と決めてはいたけど、でも、それと同じ頭で悩 んでもいたんやないか。水煙 好きや、朧 も好きやで、七転八倒 、大弱り。
そう思うと、めちゃめちゃ可笑 しい。おとん大明神 にも、人間味 がある。
その、ええかげんさというか、気の多さというか、どうしようもない男なところが、俺とそっくり。
情けない、そんな男が俺のおとんかと、がっかりしている自分も居 るけど、でもちょっと、親しみも覚 える。
おとんも実は、俺と大差ない、フラフラの坊 で、それでも必死で当主 を務 め、運命の波に押し流されて、しょうがなしに英霊 になってもうたんやないか。
そやけど、その正体は、英雄 でもなんでもない。ただの変態 絵師 やんか。
はあはあしやがって、おとん。朧 様の軍服剥 ぎながら、はあはあしてたとは。
気持ちは分かる。でもそれ、めちゃくちゃ格好 悪いで。情けない、エロ丸出しやから。
我慢 できひんかったんか、おとん。俺もできひんかった……。
「まさかアキちゃんも、絵描きたいの? 人肌 に?」
険 しい顔して、亨 が不意 に訊 いてきた。いろいろ考えてたようやった。
「えっ。何? 描きたいよ」
視線 逸 らして、俺は答えた。とても目を見て言われへん。恥 ずかしすぎて。
「ラジオとまたやりたいんか!?」
叫 ぶように訊 いてくる亨 は、たぶん鬼みたいな形相 やったやろうけど、見てへん見てへん。
「ラジオやないよ……お前に描きたいねん」
蚊 でも、この時の俺よりは大きい声で鳴 ける。
「……えっ」
絶句 したみたいに、亨 は短く呻 いて、押し黙 った。
盗 み見したら、険 しいままの真顔 やった。
でも綺麗 な淡 い色合 いの目が、なにか空想 してるみたいに、ちらちら視線を惑 わせている。
そこに何が映 っているのか、気になるところやけど、たぶん変な想像や。
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