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23-20 アキヒコ

 ただでさえ、お前は(わし)見出(みいだ)してやった絵師(えし)やみたいな、パトロン乗りで来んのに、あの(じい)さん。  見出(みいだ)してへん。あんたは、俺のおかんの策略(さくりゃく)にモロにハマってただけやんか。  おかんにウケたいばっかりに、言うこときいて息子の俺の絵を()うてやろうて甘い顔したのが始まりで、絵見てみたら、たまたま気に入ったかなあ、ていうだけやんか。そういうの、見出(みいだ)したって言うの?  それを言うなら西森(にしもり)さん辺りやろう。  あの人が俺の絵を見たのも、偶然(ぐうぜん)といえば偶然(ぐうぜん)の、何や(みょう)(えん)でやけども、最初にその、蛇神(へびがみ)暁月(ぎょうげつ)()でている、川原の古代絵の売買(ばいばい)仲介(ちゅうかい)して、それっきり切れても不思議ではない(えん)やったところを、あの人が、俺の絵がいいと言うてくれて、描いたらなんぼでも持ってこいと、うるさく強請(ねだ)ってくれるもんで、そのまま続いてるんやで。  祇園(ぎおん)で長年画商(がしょう)をやってる目利(めき)きのオッサンに、お前の絵は売れると言うてもろて、俺にはどんだけ自信がついたか。  実はそうやねんで。(とおる)にも、(とう)西森(にしもり)さんにも、言うたことはないけど、俺はあの人には感謝している。  大崎(おおさき)先生も俺の絵に目はかけてくれてはるし、それには感謝してるけど、どうも色々と下心(したごころ)(にお)うやんか。  その点、西森(にしもり)さんは商売や。それに、俺にええ顔してやる義理も全然ないしな。その人が、俺の絵が好きやて言うてくれるんやから、ほんまに好きなんやろう。売れるて言うし、実際売ってる。  それがなければ、俺は案外、決心ついてなかったかもしれへん。画家になりたいなあなんて、餓鬼(がき)くさい、アホみたいな夢かと思えて。  美大(びだい)出たやつが、全員画家になるわけやないで。むしろ、ならへん(やつ)のほうが多いかもしれへん。デザイン系の会社に就職したりとか、あるいは全く関係ない仕事したり。卒業と同時に結婚してもうて、家事と育児と仕事に追われ、まったく筆持ってませんていう女の先輩なんかもいて、学祭に来たとき、深いため息をついてた。  好きな絵描いて生きていくというのは、簡単な話やないねん。  本間(ほんま)君やったらできるやろうと、(その)先生は言うてたけど、それは俺の絵が上手(うま)いという意味やない。家が金持ちやからやで。  俺は食うには(こま)らへん。いくら(かじ)っても(かじ)りつくせないほど強靱(きょうじん)(すね)を持った親がいる。先祖代々、世襲(せしゅう)してきた相続(そうぞく)財産(ざいさん)がある。実は俺も地主(じぬし)さんやねん。知らんかったやろ。言うてへんかったもなんあ。  その金は、俺がまだ一人前やないからということで、名義(めいぎ)だけは俺のもんやけど、管理はおかんがしてる。おかんというか、おかんに(つか)えてる誰かがやけど。式神(しきがみ)やないで。会計士(かいけいし)さんとかやで。  確か、田島(たじま)先生とかいう、白髪(じらが)のお(じい)ちゃんやで。最近はその息子やいう、田島(たじま)ジュニアが実務(じつむ)をやってるらしいけど、うちに来るのは、おとんのほうや。  (じい)さん、秋津(あきつ)登与(とよ)様の顔見たいねん。そんな、名前の後に先生の付く、エロオヤジばっかりなんやで。  まあ、そんな感じで、おかんが田島(たじま)先生親子に管理を委託(いたく)している俺の資産も、学校出たら名実ともに俺のもんになるらしい。  実感ないけど、でもそれで、食うには困らんやろうということで。好きな絵だけ描いて、(ちょう)よ花よと生きていく事も、本間(ほんま)君やったら可能やろうというのが、(その)先生の読みや。  もちろん教授(きょうじゅ)はそれについて、深く落ち込んでいる。  でも、言うとくけど、あの人かてそうやで。ボンボンなんやで、(その)先生は。おとんが地主(じぬし)なんやで。  めちゃくちゃ余談(よだん)やけども、(その) 惣一郎(そういちろう)さん言うて、代々、政治家で地主(じぬし)で、地元の名士(めいし)やで。  (その)先生の弟さんも政治家や。(その) 次郎(じろう)さん。選挙ポスター見たことあるもん。「そのじろう」やで。  その時期だけ苑先生、学生から「そのたろう」って呼ばれてたもん。CG科の奴らに(うそ)の選挙ポスター作って学食に()られてたもん。めっちゃ(へこ)んではったわ。  弟、(かしこ)いのに、兄貴(あにき)のほうだけ、絵描くしか(のう)がないアホやってん。せやから教授(きょうじゅ)は、おとんに頭あがらへん。  惣一郎(そういちろう)、ハジメはアホか言うて怒ってるらしい。しゃあない、ハジメはアホやねんから。  それで(その)先生、本間(ほんま)君は一人っ子やのに、暢気(のんき)に絵なんか描いててええのかと、なんかそんな話で、身の上話を聞かされてん。  俺、なんも()いてへんのにやで。そんなん知ってどないすんの。知りたない、担当教授の(くわ)しいプロフィールなんて。見合いやないから。  それに、なんで俺の家庭環境とかまで知ってんの。気色(きしょく)悪すぎやで教授。学生のプライバシーを侵害(しんがい)しすぎ。  一回生の時に、学祭(がくさい)に来たうちのおかんが、アキちゃん(えら)いわあ、なんて絵が上手(じょうず)なんやろう、きっと天才やわあて言うて、うっとり見てるのを(なが)め、(その)先生は泣いていた。  たぶん一種の理想像やったんやろ。おんなじ旧家(きゅうか)のボンボンやのに、絵描いといたら家族に(みと)めてもらえる。天才やわあ、この調子でおきばりやすっていう、美人で若すぎの優しいおかんがいてる。  うんうん。まあ、(ひか)え目に言うてもパラダイスやな。それで俺がダメな子になってもうたんやんか。

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