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三都幻妖夜話(3)神戸編 23-21 アキヒコ | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
23-21 アキヒコ
作者:
椎堂かおる
ビューワー設定
404 / 928
23-21 アキヒコ
苑
(
その
)
先生は初め、俺と
連
(
つ
)
れ
立
(
だ
)
って歩くおかんを、俺の年上の彼女かと思うたらしい。 実はそれにも傷ついてたんかな。寒っ。そんなん言うたら、あかんか。一応、俺の
師匠
(
ししょう
)
やねんから。 そんなんもあって、
苑
(
その
)
先生は勝手に
沈没
(
ちんぼつ
)
しはってな、
本間
(
ほんま
)
君やったら、好きな絵だけ描いとけば、生きていけるやろう、って言うてたんやと思うで。 俺に絵描きとしての才能が充分にあるという意味ではないんやと、俺はずっと、そう思てたんやけど。
要
(
よう
)
するに、素直に聞かれへん。才能がどうのこうのという話は。 それを求めて歩く道の上にいる
奴
(
やつ
)
らには、ナーバスな話やねん。
自意識過剰
(
じいしきかじょう
)
と、
自己否定
(
じこひてい
)
の間を、いつもフラフラ、行ったり来たり。 自分では、才能あると思いたい。だけど自信はない。他人に
褒
(
ほ
)
めてもらいたい。お前は才能あるからって、
断定
(
だんてい
)
してもらいたい。 だけとその他人の話を、
鵜呑
(
うの
)
みには信じられへん。
嘘
(
うそ
)
や、絶対に
裏
(
うら
)
があるんやと
疑
(
うたが
)
ってしまう。
面倒
(
めんどう
)
くさい、それは。学生のうちは、ただ楽しく絵描いとこうと思って、俺はその問題をずっと先送りしてきた。 アキちゃん、すぐ逃げてまうからな。この問題からも逃げ回ってきた。 だけどそんな
卑怯
(
ひきょう
)
な鬼ごっこにも、とうとうオチがつく。 卒業したらどないすんねん、
本間
(
ほんま
)
君と、いろんな人に
訊
(
き
)
かれ、俺は鬼さんに追いつかれた。 どの
程度
(
ていど
)
、自分を高く買ってるか、それとも全然、自信が無いのか、俺は自分の
進路
(
しんろ
)
によって、それを人に
示
(
しめ
)
すことになる。
世間様
(
せけんさま
)
に向かって、俺の絵を愛してくれって、
告
(
こく
)
ってみんのか。それとも、自信ないしって、やめとくか。 でも、それも、このまま
宙
(
ちゅう
)
ぶらりんなんやろうなあ。 正直ちょっと、ほっとするような。
寂
(
さび
)
しいようなやで。 「おとん
大明神
(
だいみょうじん
)
が、
暁雨
(
ぎょうう
)
さんやろ。ほんでアキちゃんが
暁月
(
ぎょうげつ
)
やったら、親子っぽいし、それに
区別
(
くべつ
)
もつくやん」 良かったなあ、て言うふうに、
亨
(
とおる
)
は俺に
微笑
(
ほほえ
)
みかけていた。 俺はそれに、ちょっと気まずく笑い返していた。 確かに俺はめちゃめちゃ気にしてるよ。おとんと同じ名前やということを。 もしも
秋津
(
あきつ
)
の
姓
(
せい
)
を
継
(
つ
)
いだら、ますます
同姓
(
どうせい
)
同名
(
どうめい
)
や。 それが
嫌
(
いや
)
やし、コンプレックスやから、その件についても
踏
(
ふ
)
ん
切
(
ぎ
)
りつかんで、
未
(
いま
)
だに
本間
(
ほんま
)
暁彦
(
あきひこ
)
やからな。 俺はその件について、
亨
(
とおる
)
になんか話したことはないけども、バレバレやったか。なんでもご
存
(
ぞん
)
じ、
水地
(
みずち
)
亨
(
とおる
)
大明神
(
だいみょうじん
)
。 「ほな、もう、それでええか。お前がそれでええわと思うんやったら」 使う機会もなさそうな
雅号
(
がごう
)
を、
一生懸命
(
いっしょうけんめい
)
考えても、アホみたいと思えて、俺はもう、
適当
(
てきとう
)
でええわという気分やった。 でも、ほんま言うたら、それは単に
照
(
て
)
れ
隠
(
かく
)
しのポーズで、
大崎
(
おおさき
)
先生が、こっそり俺につけてくれてたらしい名前を、そのままもらうのが、
恥
(
は
)
ずかしかっただけかもしれへん。 「アキちゃんて、ほんまにお月さんみたいやなあ……」 月を
愛
(
め
)
でてる視線で俺を見て、
亨
(
とおる
)
は俺の首に回していた手で、やんわりと
項
(
うなじ
)
を
撫
(
な
)
でてきた。 俺には見えへんのやけど、
亨
(
とおる
)
には俺は、ぼんやり光っているように見えるらしい。時にはそれは、暗がりを
照
(
て
)
らすほどの光らしい。 たぶん、俺を通して
天地
(
あめつち
)
の力が
漏
(
も
)
れ出ていて、それが光のように見えてんのやろ。ほんまに俺が光ってるわけやない。 そういう意味では、確かに月かもしれん。自分で
発光
(
はっこう
)
してる
訳
(
わけ
)
やないけど、夜空では、明るく
輝
(
かがや
)
いて見える。 「満ちたり欠けたりして、アテにならんし。時には
雲隠
(
くもがく
)
れ」 あれ。そういう意味か。
亨
(
とおる
)
は
嫌
(
いや
)
みったらしく言うて笑い、それでもまだ、
愛
(
め
)
でている目のままやった。 「お月さん欲しいて、いくら泣いても、俺だけのモンにはならへん。アキちゃんは
結局
(
けっきょく
)
、みんなのモンなんやろ……?」 それでも欲しいていう目をして、俺を見ている
水地
(
みずち
)
亨
(
とおる
)
を、俺は見つめた。 俺はほんまに、
亨
(
とおる
)
と最初に
会
(
お
)
うた時のことを、
酔
(
よ
)
いつぶれてて、ほしんど
憶
(
おぼ
)
えていない。ホテルのバーで酒飲んでた。それの
酌
(
しゃく
)
してくれてた、バーテンやった
亨
(
とおる
)
のことは。 でも、全く何にも
憶
(
おぼ
)
えてないわけやない。
亨
(
とおる
)
は最初も、こんな目をして俺を見ていた。欲しいなあ、欲しいなあという、静かに求めるような目をしてた。 それは俺には、愛してほしそうに見えた。俺にやのうて、誰かに、かもしれへん。誰でもええから、愛してくれっていう目をしてた。
寂
(
さび
)
しそうで、ものすごく
飢
(
う
)
えてるように見えて、それに
魅入
(
みい
)
られた。血でも肉でも、お前が欲しかったら、俺のをやろうって、なんでかそんな気がしてもうて、この、誰だか知らん美しい神さんと、永遠に離れたくないと、じんわり強い
執着
(
しゅうちゃく
)
を
覚
(
おぼ
)
えてた。
口説
(
くど
)
き
文句
(
もんく
)
の
常套句
(
じょうとうく
)
で、使い古されすぎてるけども、なんだか
懐
(
なつ
)
かしい感じがしてん。 こんな
綺麗
(
きれい
)
な
奴
(
やつ
)
を今まで見たことがないという
驚
(
おどろ
)
きとともに、初めて出会った
訳
(
わけ
)
ではないような、これは俺のもんやという、変な確信があって、俺は
焦
(
あせ
)
って
口説
(
くど
)
いたんやと思う。 もう閉店やし帰れという時になって、ひとりにせんといてくれ。一緒にいてくれ。もう二度と、離れたくないって、
駄々
(
だだ
)
っ子みたいに
亨
(
とおる
)
に
頼
(
たの
)
んだ。 それは
口説
(
くど
)
いたわけやないと思う。そのほうが自然やと俺は思ってた。
酔
(
よ
)
っぱらった、ぐでんぐでんの頭で。何か感じてた。 これは俺が
祀
(
まつ
)
ってやらなあかん神さんで、俺といれば
和
(
なご
)
む。それで幸せになれる。
亨
(
とおる
)
の
飢
(
う
)
えを俺が満たして、俺の
飢
(
う
)
えを
亨
(
とおる
)
が満たす。そういう、深い結びつきがあるはずやって。
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椎堂かおる
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