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23-21 アキヒコ

 (その)先生は初め、俺と()()って歩くおかんを、俺の年上の彼女かと思うたらしい。  実はそれにも傷ついてたんかな。寒っ。そんなん言うたら、あかんか。一応、俺の師匠(ししょう)やねんから。  そんなんもあって、(その)先生は勝手に沈没(ちんぼつ)しはってな、本間(ほんま)君やったら、好きな絵だけ描いとけば、生きていけるやろう、って言うてたんやと思うで。  俺に絵描きとしての才能が充分にあるという意味ではないんやと、俺はずっと、そう思てたんやけど。  (よう)するに、素直に聞かれへん。才能がどうのこうのという話は。  それを求めて歩く道の上にいる(やつ)らには、ナーバスな話やねん。  自意識過剰(じいしきかじょう)と、自己否定(じこひてい)の間を、いつもフラフラ、行ったり来たり。  自分では、才能あると思いたい。だけど自信はない。他人に()めてもらいたい。お前は才能あるからって、断定(だんてい)してもらいたい。  だけとその他人の話を、鵜呑(うの)みには信じられへん。(うそ)や、絶対に(うら)があるんやと(うたが)ってしまう。  面倒(めんどう)くさい、それは。学生のうちは、ただ楽しく絵描いとこうと思って、俺はその問題をずっと先送りしてきた。  アキちゃん、すぐ逃げてまうからな。この問題からも逃げ回ってきた。  だけどそんな卑怯(ひきょう)な鬼ごっこにも、とうとうオチがつく。  卒業したらどないすんねん、本間(ほんま)君と、いろんな人に()かれ、俺は鬼さんに追いつかれた。  どの程度(ていど)、自分を高く買ってるか、それとも全然、自信が無いのか、俺は自分の進路(しんろ)によって、それを人に(しめ)すことになる。  世間様(せけんさま)に向かって、俺の絵を愛してくれって、(こく)ってみんのか。それとも、自信ないしって、やめとくか。  でも、それも、このまま(ちゅう)ぶらりんなんやろうなあ。  正直ちょっと、ほっとするような。(さび)しいようなやで。 「おとん大明神(だいみょうじん)が、暁雨(ぎょうう)さんやろ。ほんでアキちゃんが暁月(ぎょうげつ)やったら、親子っぽいし、それに区別(くべつ)もつくやん」  良かったなあ、て言うふうに、(とおる)は俺に微笑(ほほえ)みかけていた。  俺はそれに、ちょっと気まずく笑い返していた。  確かに俺はめちゃめちゃ気にしてるよ。おとんと同じ名前やということを。  もしも秋津(あきつ)(せい)()いだら、ますます同姓(どうせい)同名(どうめい)や。  それが(いや)やし、コンプレックスやから、その件についても()()りつかんで、(いま)だに本間(ほんま)暁彦(あきひこ)やからな。  俺はその件について、(とおる)になんか話したことはないけども、バレバレやったか。なんでもご(ぞん)じ、水地(みずち)(とおる)大明神(だいみょうじん)。 「ほな、もう、それでええか。お前がそれでええわと思うんやったら」  使う機会もなさそうな雅号(がごう)を、一生懸命(いっしょうけんめい)考えても、アホみたいと思えて、俺はもう、適当(てきとう)でええわという気分やった。  でも、ほんま言うたら、それは単に()(かく)しのポーズで、大崎(おおさき)先生が、こっそり俺につけてくれてたらしい名前を、そのままもらうのが、()ずかしかっただけかもしれへん。 「アキちゃんて、ほんまにお月さんみたいやなあ……」  月を()でてる視線で俺を見て、(とおる)は俺の首に回していた手で、やんわりと(うなじ)()でてきた。  俺には見えへんのやけど、(とおる)には俺は、ぼんやり光っているように見えるらしい。時にはそれは、暗がりを()らすほどの光らしい。  たぶん、俺を通して天地(あめつち)の力が()れ出ていて、それが光のように見えてんのやろ。ほんまに俺が光ってるわけやない。  そういう意味では、確かに月かもしれん。自分で発光(はっこう)してる(わけ)やないけど、夜空では、明るく(かがや)いて見える。 「満ちたり欠けたりして、アテにならんし。時には雲隠(くもがく)れ」  あれ。そういう意味か。  (とおる)(いや)みったらしく言うて笑い、それでもまだ、()でている目のままやった。 「お月さん欲しいて、いくら泣いても、俺だけのモンにはならへん。アキちゃんは結局(けっきょく)、みんなのモンなんやろ……?」  それでも欲しいていう目をして、俺を見ている水地(みずち)(とおる)を、俺は見つめた。  俺はほんまに、(とおる)と最初に()うた時のことを、()いつぶれてて、ほしんど(おぼ)えていない。ホテルのバーで酒飲んでた。それの(しゃく)してくれてた、バーテンやった(とおる)のことは。  でも、全く何にも(おぼ)えてないわけやない。  (とおる)は最初も、こんな目をして俺を見ていた。欲しいなあ、欲しいなあという、静かに求めるような目をしてた。  それは俺には、愛してほしそうに見えた。俺にやのうて、誰かに、かもしれへん。誰でもええから、愛してくれっていう目をしてた。  (さび)しそうで、ものすごく()えてるように見えて、それに魅入(みい)られた。血でも肉でも、お前が欲しかったら、俺のをやろうって、なんでかそんな気がしてもうて、この、誰だか知らん美しい神さんと、永遠に離れたくないと、じんわり強い執着(しゅうちゃく)(おぼ)えてた。  口説(くど)文句(もんく)常套句(じょうとうく)で、使い古されすぎてるけども、なんだか(なつ)かしい感じがしてん。  こんな綺麗(きれい)(やつ)を今まで見たことがないという(おどろ)きとともに、初めて出会った(わけ)ではないような、これは俺のもんやという、変な確信があって、俺は(あせ)って口説(くど)いたんやと思う。  もう閉店やし帰れという時になって、ひとりにせんといてくれ。一緒にいてくれ。もう二度と、離れたくないって、駄々(だだ)っ子みたいに(とおる)(たの)んだ。  それは口説(くど)いたわけやないと思う。そのほうが自然やと俺は思ってた。  ()っぱらった、ぐでんぐでんの頭で。何か感じてた。  これは俺が(まつ)ってやらなあかん神さんで、俺といれば(なご)む。それで幸せになれる。  (とおる)()えを俺が満たして、俺の()えを(とおる)が満たす。そういう、深い結びつきがあるはずやって。

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