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23-22 アキヒコ
俺も覡 やで。潜在 能力あるんやで。それともただ面食 いやっただけか。桁外 れの美貌 を前にして、酔 った勢 い。正気 やなかっただけか。
どっちでも結果的には同じやけども。
でも、亨 とじっと見つめ合うと、いつも思う。俺の魂 の欠けた半分は、こいつの中にある。
亨 の魂 の破片 を、俺が持ってる。出会った瞬間からそうやった。その後、深く抱き合って、入り交じる前から。
お前が居 いひんと、俺は永遠に欠けたままの人間で、完成されてへん。二人揃 って、はじめて完全になれる。そんな相手と俺は出会ったんやって。
なんやろう。それは。まあ、単に、俺が亨 に惚 れてるというだけか。
一目惚 れなんや。理由はあれへん。最初に出会った瞬間から、俺は亨 が好きやった。
お前は俺のモンやと思ったけども、こうも思った。俺をお前のモノにしてくれって。
お前をいつも幸せそうに微笑 ませるため、俺は尽 くしたい。俺をそのための、下僕 にしてくれって、そんな気がして。
……いや。ちょっと待って。言うてて、なんか恥 ずかしい。あかんあかん。我 に返りかけてる。なんやろ、気が散 ってもうて。
「どしたん、アキちゃん。何も言うてくれへんのか」
切 なそうに言うてくる亨 に首根っこ捕 まえられたまま、俺はめちゃくちゃ照 れていた。
無理無理。狙 っては、なんも言われへんから。天然やったら言えるけど。意識してもうたら終わりやねんから。もう終わり。
「何もって、これ以上何を言うねん……何遍 言わせんねん。俺はもともとお前のモンやんか」
「そんなん目を合わせて言えって、いつも言うてるやろ」
目を逸 らそうとする俺の照 れてる顔を、ぐいぐい両手で引き戻してきて、亨 は鬼みたいな怪力 やった。痛いわあ。首とれる……。
「言え、ちゃんと言え。何か、うっとり系のことを言え!」
「あかん、無理やし、言われへん……思いつかへん……許してくれ」
情けない、祝詞 も無しかって、亨 大明神 、ぷんすか怒ってる。
でも、しゃあないなあって、呆 れたようなため息ついて、それだけで大目 に見てくれたらしい。
「ほんなら、せめてキスして」
「うん……」
申し訳ないです。甲斐性 無しの神官 で。
ごめんなさいという顔で、俺は目を閉じ、亨 にキスした。暖 かい唇 やった。手も足も、抱き合った熱の名残 で温かい。うっとり甘い息でキスされている、亨 の体を抱き寄せて、俺はもっと深いキスをした。ゆっくり熱く、また溶 け合えるような。
ものすごく、気持ちいい。めちゃくちゃ安 らぐ。亨 もそうか、抱いた背中がゆっくり安 らいだような深い呼吸をしていた。
いつもやったら、このまま、ゆったり縺 れ合って、熾火 が掻 き立てられ、また燃え上がる頃 に、もう一回。疲れて眠りに引き込まれるまで、果てしなくアンコール。
そのはずなんやけど。今、何時なんやろう。
俺は急に、そわそわしてきた。なんやろう、これは。虫の知らせか。ものすごく胸騒 ぎがして、キスどころやなくなってきた。
もっとと強請 る亨 の唇 を逃 れて、俺は部屋の中を見回した。
見慣れ始めた白い部屋やった。カーテンを引いた窓からこぼれてくる、まだ昼間の光。静まりかえった部屋には、俺と亨 の二人きりやった。しんと静まり返ってる。
でも何かが、猛烈 な速さで近づいてくるような気配 を、俺は感じてた。まだ視界 には入らへん、ずっと遠くから。何か来る。ものすごく、でっかいものが。
真下 から。
「来る、なんか来るで……」
俺は亨 を抱きしめて、それを教えた。亨 はまだ、ぽかんとしていた。
囁 くような何かの気配 が、俺にそれを教えてた。
来るぞ、来るぞと。言葉ではない何かで。その声を聞いたのは、初めてのようでいて、初めてではない。俺は子供のころからずっと、その声を聞いていた。
暗くうねる、熱い闇 のような世界で、俺が祈 れば、どおんと低く唸 る、波濤 のような音で、それは答える。天地 の力の渦巻 く、この世の隣 の世界から。
神か鬼か、それとも竜か、まだ名前のない怪異 。名前のない神威 。人がまだ名付けていない、形のない力の渦巻 く、地下を流れる巨大な暗い水脈 のような世界からの声や。
それが俺に警告していた。
人の子よ。身構 えよ。深淵 より来たれり。
「アキちゃん、どしたんや」
怯 えた顔した亨 を、さらに強く抱き寄せて、俺は見ていた。この世ではない、別のところを。
ものすごい力の波が、吹き上げる水柱 のようになって、地中からやってくるのが見えた。
地震やないのか。これは。
今まで、ここまではっきり見えたことはないけど、地震が起きる直前に、なにか虫の知らせめいたもんを感じることは、時にはあった。
やってくる力が近づくにつれ、その震動 が身を震 わせるような気がした。
そうなるともう、亨 にもそれが分かるらしかった。どっちがどっちを守ってんのか、よう分からんような抱き合い方で、亨 は俺に抱きついて、アキちゃんと、強 ばった声で俺の名を呼んだ。
大丈夫。俺が守ってやるからと、俺は亨 を掻 き抱いた。
それとほとんど同時やった。その波が、打ち寄せてきたのは。
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