405 / 928

23-22 アキヒコ

 俺も覡(げき)やで。潜在(せんざい)能力あるんやで。それともただ面食(めんく)いやっただけか。桁外(けたはず)れの美貌(びぼう)を前にして、酔(よ)った勢(いきお)い。正気(しょうき)やなかっただけか。  どっちでも結果的には同じやけども。  でも、亨(とおる)とじっと見つめ合うと、いつも思う。俺の魂(たましい)の欠けた半分は、こいつの中にある。  亨(とおる)の魂(たましい)の破片(はへん)を、俺が持ってる。出会った瞬間からそうやった。その後、深く抱き合って、入り交じる前から。  お前が居(い)いひんと、俺は永遠に欠けたままの人間で、完成されてへん。二人揃(そろ)って、はじめて完全になれる。そんな相手と俺は出会ったんやって。  なんやろう。それは。まあ、単に、俺が亨(とおる)に惚(ほ)れてるというだけか。  一目惚(ひとめぼ)れなんや。理由はあれへん。最初に出会った瞬間から、俺は亨(とおる)が好きやった。  お前は俺のモンやと思ったけども、こうも思った。俺をお前のモノにしてくれって。  お前をいつも幸せそうに微笑(ほほえ)ませるため、俺は尽(つ)くしたい。俺をそのための、下僕(げぼく)にしてくれって、そんな気がして。  ……いや。ちょっと待って。言うてて、なんか恥(は)ずかしい。あかんあかん。我(われ)に返りかけてる。なんやろ、気が散(ち)ってもうて。 「どしたん、アキちゃん。何も言うてくれへんのか」  切(せつ)なそうに言うてくる亨(とおる)に首根っこ捕(つか)まえられたまま、俺はめちゃくちゃ照(て)れていた。  無理無理。狙(ねら)っては、なんも言われへんから。天然やったら言えるけど。意識してもうたら終わりやねんから。もう終わり。 「何もって、これ以上何を言うねん……何遍(なんべん)言わせんねん。俺はもともとお前のモンやんか」 「そんなん目を合わせて言えって、いつも言うてるやろ」  目を逸(そ)らそうとする俺の照(て)れてる顔を、ぐいぐい両手で引き戻してきて、亨(とおる)は鬼みたいな怪力(かいりき)やった。痛いわあ。首とれる……。 「言え、ちゃんと言え。何か、うっとり系のことを言え!」 「あかん、無理やし、言われへん……思いつかへん……許してくれ」  情けない、祝詞(のりと)も無しかって、亨(とおる)大明神(だいみょうじん)、ぷんすか怒ってる。  でも、しゃあないなあって、呆(あき)れたようなため息ついて、それだけで大目(おおめ)に見てくれたらしい。 「ほんなら、せめてキスして」 「うん……」  申し訳ないです。甲斐性(かいしょう)無しの神官(しんかん)で。  ごめんなさいという顔で、俺は目を閉じ、亨(とおる)にキスした。暖(あたた)かい唇(くちびる)やった。手も足も、抱き合った熱の名残(なごり)で温かい。うっとり甘い息でキスされている、亨(とおる)の体を抱き寄せて、俺はもっと深いキスをした。ゆっくり熱く、また溶(と)け合えるような。  ものすごく、気持ちいい。めちゃくちゃ安(やす)らぐ。亨(とおる)もそうか、抱いた背中がゆっくり安(やす)らいだような深い呼吸をしていた。  いつもやったら、このまま、ゆったり縺(もつ)れ合って、熾火(おきび)が掻(か)き立てられ、また燃え上がる頃(ころ)に、もう一回。疲れて眠りに引き込まれるまで、果てしなくアンコール。  そのはずなんやけど。今、何時なんやろう。  俺は急に、そわそわしてきた。なんやろう、これは。虫の知らせか。ものすごく胸騒(むなさわ)ぎがして、キスどころやなくなってきた。  もっとと強請(ねだ)る亨(とおる)の唇(くちびる)を逃(のが)れて、俺は部屋の中を見回した。  見慣れ始めた白い部屋やった。カーテンを引いた窓からこぼれてくる、まだ昼間の光。静まりかえった部屋には、俺と亨(とおる)の二人きりやった。しんと静まり返ってる。  でも何かが、猛烈(もうれつ)な速さで近づいてくるような気配(けはい)を、俺は感じてた。まだ視界(しかい)には入らへん、ずっと遠くから。何か来る。ものすごく、でっかいものが。  真下(ました)から。 「来る、なんか来るで……」  俺は亨(とおる)を抱きしめて、それを教えた。亨(とおる)はまだ、ぽかんとしていた。  囁(ささや)くような何かの気配(けはい)が、俺にそれを教えてた。  来るぞ、来るぞと。言葉ではない何かで。その声を聞いたのは、初めてのようでいて、初めてではない。俺は子供のころからずっと、その声を聞いていた。  暗くうねる、熱い闇(やみ)のような世界で、俺が祈(いの)れば、どおんと低く唸(うな)る、波濤(はとう)のような音で、それは答える。天地(あめつち)の力の渦巻(うずま)く、この世の隣(となり)の世界から。  神か鬼か、それとも竜か、まだ名前のない怪異(かいい)。名前のない神威(しんい)。人がまだ名付けていない、形のない力の渦巻(うずま)く、地下を流れる巨大な暗い水脈(すいみゃく)のような世界からの声や。  それが俺に警告していた。  人の子よ。身構(みがま)えよ。深淵(しんえん)より来たれり。 「アキちゃん、どしたんや」  怯(おび)えた顔した亨(とおる)を、さらに強く抱き寄せて、俺は見ていた。この世ではない、別のところを。  ものすごい力の波が、吹き上げる水柱(みずばしら)のようになって、地中からやってくるのが見えた。  地震やないのか。これは。  今まで、ここまではっきり見えたことはないけど、地震が起きる直前に、なにか虫の知らせめいたもんを感じることは、時にはあった。  やってくる力が近づくにつれ、その震動(しんどう)が身を震(ふる)わせるような気がした。  そうなるともう、亨(とおる)にもそれが分かるらしかった。どっちがどっちを守ってんのか、よう分からんような抱き合い方で、亨(とおる)は俺に抱きついて、アキちゃんと、強(こわ)ばった声で俺の名を呼んだ。  大丈夫。俺が守ってやるからと、俺は亨(とおる)を掻(か)き抱いた。  それとほとんど同時やった。その波が、打ち寄せてきたのは。

ともだちにシェアしよう!