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23-23 アキヒコ
どおんと叩 きつけてきて、激 しく吹き上げるような、猛烈 な衝撃波 やった。
地震 のはず。でも一日早い。予知 が外 れたんや。
俺はそう思って、激 しく震 えて行き過ぎる何かに耐 えていたけど、ふと見ると、何も揺 れてへんかった。ルームサービスのワゴンに乗った、クリスタルのグラスの中の水面 も。しんと静まりかえったまま。
俺と亨 だけが、身を震 わすような衝撃 を感じてる。
なにこれ。
何やっけ。確か、前にもあった。
確か、まだ出町柳 のマンションにいた。風呂場 で俺が水煙 を抱き上げていて、そこに亨 が鉢合 わせてもうた時に。気まずい気まずい、そんな瞬間に。ずしんと叩 きつけるような、鯰 が目覚めた身じろぎが、地下深くから伝わって来たときと同じ。
でもそれよりも、ずっと強い。桁違 いに強い。でっかい手で全身を掴 んで揺 さぶられてるような、すごい衝撃 やった。
一分、二分程度やったんやろか。それとも、もっと短かったのか。怒濤 のように通り過ぎ、それははるか上空に突き抜けていった。ずっと上のほう。その、うねる柱のような力の塊 を追いかけて、俺の意識は大気圏 を突き抜けて飛んでたかもしれへん。
跳 ねる魚みたいに、大きな孤 を描き、それはまた舞い降りていった。はるか遠くの海の底へと。
そこで、ふっと霧消 して、俺の追跡 できる場所から出ていった。集中が途切 れただけかもしれへん。
大丈夫かと、亨 が呆然 としている俺を、激しく揺 さぶっていた。
「アキちゃん、平気か? しっかりしてぇな!」
青い顔した亨 の、ひやりとした手に頬 を撫 でられ、俺はどっと冷や汗をかいた。
何やろう。今、俺は何かしたと思う。何したんか自分でも分からんのやけど、身構 えよと警告 してきた何か、いつも俺に湯水 のように潤沢 な力を分け与えている何かと繋 がって、いまだかつて使ったこと無い規模 の力を使った。
それが体を通り抜けて放たれていく感覚が、まだ残ってる。それに背筋 が怖気 立つ。
もしも能力が及 ばんかったら、体が千切 れ飛ぶような力やったんやないか。
俺は自分にそんな、火事場 の馬鹿力 みたいなのがあるなんて、知らんかった。今までも、使ってるつもりやった神通力 なるもの。それは壊 れた水道から水が細く滴 っている程度 のもんで、使ってるうちにも入ってへんかったんやないか。
ヘタレやヘタレや言われるはずや。素養 あるのに使えてへんて、首傾 げられるわけやわ。ほんまに使えてへんかったんや、俺。
「なんか言うてくれ、アキちゃん。魂 持ってかれてもうたんか!?」
泣きそうな顔して、亨 ががくがく俺を揺 すって訊 いてきた。
その慌 てようが可笑 しい気がして、俺は薄 く笑った。大丈夫やでと、言うてやる代わりに。
実はすぐには言葉が出て来 いひん程度 には、俺もブルってもうてた訳やけど。それは決して、悪い気分やなかった。身震 い出てる。今まで閉じてた水門が、突然開いたような感覚がして、天地 のもたらす力が、乾 いた土地に流れ込むように、ざばざば満ちてきてたんや。
「うわっ、なんやこれ……」
俺に触 れてた手に、なにか付いてるみたいに、亨 はびっくりして、自分の手の平を見てた。だけど生憎 、俺にはなんも見えてへん。
「アキちゃん……」
驚愕 と、困惑 の入り交じる、つらそうな顔をして、亨 は自分の手と見比 べながら、俺を見つめた。
「アキちゃん……お前は、ただの人間やないのか? なんでこんなに力があんの。まるで……まるで神様みたいやで……」
「大げさやなあ、ただの神通力 やって……」
やっと歯の根が合 うてきた口で、俺は亨 を宥 めた。
たとえどんなに力があっても、言うてみれば俺は月。それは自分の力やのうて、俺を通じて発露 する天地 の、名もない神の力やねん。
それは闇 。それは鬼。それは龍 で。熱い流れであって、姿も声もない、善でも悪でもない、古い古い神さんや。うちの血筋と繋 がっている。秋津家 が代々受け継 いできた、血の力やで。
その異界 の力のことを、昔の人は、ただカミと呼んでいた。
そこから粘土 をこねるみたいに、いろんな神さんが生まれ出てきたんやろう。激しく萌 え出 ずる春の萌芽 のように。
次々と孵 る無数 のおたまじゃくしみたいに。枯 れ谷 に現れる雨後 の大河 のように。大きな源流 から流れ出た、新しい流れは、それに与えられた名に相応 しい姿形 をとって現れる。
そやけど元を辿 れば、全てひっくるめて、カミはカミや。
おかんはそれのことをいつも、天地 と呼んでいた。つまり自然のことや。宇宙のこと。この世の全て。
そこにはたぶん、人間も含 まれている。人もカミの一部や。
ひとつひとつは、ちっぽけな命やけど、地を這 う虫や、田のすみに泳ぐ小魚の、生きとし生けるもの全ての力も、その流れに連 なっている。
誰しもそこから、生きる力を与 えられて生きている。生命の湧 き出る泉 のようなもの。
俺とおかんも、たぶんそこを介 して繋 がっている。ずうっと昔、ずっと長いこと、臍 の緒 で繋 がっていたみたいに。
その緒 はもう断 ち切られて無いけども、天地 を経 てある繋 がりは、今も消えてへん。
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