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23-24 アキヒコ

 そこには誰でもいてる。おとん大明神(だいみょうじん)もいてる。俺の死に絶えた血族(けつぞく)たちも。  遠い遠い昔に、それこそ角髪(みずら)()ってたような古代の祖先(そせん)も、そこにはいてる。数知れない巫女(みこ)(げき)たち。田の神と()った。歌を歌って(さくら)()かせた。そして、東海(トムヘ)に身を投げた。そんな人らや。  俺はその、最新版(さいしんばん)のひとり。  皆が俺を見ている。天地(あめつち)が。祖霊(それい)が。人と人とを(つな)ぐ無意識が。  神が見ている。俺が宇宙を見つめ、宇宙も俺を見ている。  (いの)る声を聞いている。その言霊(ことだま)を。  愛してくれと求めれば、それは答える。声ではない声で。お前を愛していると。なんでもしてやる、ただ(いの)れと。  アキちゃんほんまに、(おが)()の子やったわ。この瞬間に、俺はそれを(さと)った。  そしてそれが、自分の中にいるもう一人の別人やと思ってた、絵を描く男と、実は同一人物やったということにも、気がついた。  そして、それはもちろん、この俺とも、全くの同一人物や。俺がそれやねん。今この話を物語っている男。(げき)で絵描きの、秋津(あきつ)暁彦(あきひこ)や。どうも初めまして。アキちゃんです。  かくして俺は目覚(めざ)めた。深淵(しんえん)からの一撃(いちげき)で。ピシャーンみたいに(なぐ)られて、うわあってビビったどさくさで、完全に目が()めた。居眠(いねむ)りしていたボンボンが、なんや知らん、通りすがりの霊威(れいい)にシバキ(たお)されて、びっくりして起きたみたいなもんやった。  そして内心、七転八倒(しちてんばっとう)してた。新たに開けた世界の、あまりの自由さに。  確かに俺が(いの)れば、雨が降るやろう。田には(いね)が、たわわな()()れるやろう。花は()(みだ)れ、川も()かれて(あば)れるやろう。俺は天地(あめつち)に愛されている子や。そういう実感がある。駄々(だだ)をこねれば何でも(かな)えてもらえるのかもしれへん。  しかしそれは、あまりにでかい力やねん。迂闊(うかつ)に使えば人が死ぬ。山が(くず)れて、川が(あふ)れる。  俺は自分の力を(おそ)れなあかん。天地(あめつち)が、俺を通じて()るう力の強大さを、(おそ)れて(あが)めなあかん。  この力を使いこなしていくには、覚悟(かくご)()るわ。これは俺が自分の()(まま)勝手に使ってええような力やないねん。三都(さんと)を守る巫覡(ふげき)の王として、その責任を()たすためにある力や。 「水煙(すいえん)はどこ行ったんや……」  頭くらくらしながら、俺は朦朧(もうろう)(とおる)(たず)ねた。(とおる)はそれに、ぎょっとしていた。 「どこって……アキちゃん。忘れたんか? あいつは竜太郎(りゅうたろう)のところやないか」 「もう返してもらわなあかん。俺には太刀(たち)()る。水煙(すいえん)に相談せなあかん……どうやって力を(おさ)えるか、わからへん……」  とにかく服着よう。その前に水浴びたい。(みそ)ぎして、一皮()けた古い自分を洗い流さへんと、脱皮(だっぴ)した皮がまだ、体にまとわりついているような気がしてた。  ぽかんと青い顔してる(とおる)をベッドに残して、俺はフラフラと、シャワーを浴びにいった。  ほんまに水浴びた。冷たい水が()けたような肌に気持ちよかった。なんか自分が、灼熱(しゃくねつ)()から、たった今抜き取られたばかりの、打ち終わった剣のような気がした。水が()れると、じゅうっと音が鳴りそうな。  暑い暑い。熱くてたまらへん。俺ってもともと暑がりやったけど、そういうわけやったんか。力()れてた。暗い異界から流れ込む熱が暑すぎて、燃えて燃えて(たま)らへん。  この、開いてもうた水門(すいもん)て、どないして閉めたらええの。開けっ放しなんか、このまま。焼け死にそうなんやで。  それでも永遠にシャワーで滝行(たきぎょう)しとく(わけ)にもいかへんしな。どうしよう、どうしようって思いつつ、俺はまた、フラフラとバスルームから出てきた。  体を()いた(おぼ)えがないねん。まさかと思うけど、じゅーって(かわ)いてもうたんかな。とにかく、この時の俺は普通やなかったんや。  ぽかんと見てる(とおる)の横で、ベッド座って、クロゼットから適当(てきとう)に出した服を着つつ、俺はジーンズのボケットに入ったままやったスマホがびりびり振動(しんどう)してるのに気がついた。  出てみたら、湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)やった。俺のエロの偶像(ぐうぞう)やんか。なんというタイミング。ちょっと前やのうて良かった。 『先生、無事か。さっきのは何や。ずれてるで、このホテル。位相(いそう)がずれてる』 「そんなん言われてもな……知らんよ。そうやとしても、俺のせいやないもん」  ぼけっとしたような声で返事をしつつ、俺はごそごそジーンズはいてた。 『俺のせいやないもんて、ボケてんのか先生。お前がずらしたんや』 「そうなん? ほな、戻しといてくれ……」  ぼんやりしたまま、俺は何の気なしに、そう返事した。そしたら電話の向こうから、げっていうような、(いや)そうな声がした。 『何を言うねん、いきなり酷使(こくし)か! つい今さっき、(まち)じゅうにスピーカー設置(せっち)して戻ってきたとこやで。寝かせてよ。いらん心配して電話なんかせえへんかったらよかった』  ぼやく口調(くちょう)で言うてんのが可笑(おか)しなってきて、あははと声あげて俺は笑った。  そうやった、湊川(みなとがわ)。俺の式神(しきがみ)なんやった。  命令されたら(さか)らえへんのや。(うそ)みたい。

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