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23-25 アキヒコ

「どうやって位相(いそう)ずらしたんやろ。そんなことした(おぼ)えないけどなあ。やり方も分からへん」 『なんか飛んで来たから、とっさに()けたんやろ。(たん)にそれだけや』  なんや、単にそれだけかあ。って、全然分からへんから。  俺なあ。全然知らんかったけど、位相(いそう)を行き来できるらしい。大崎(おおさき)先生とか、湊川(みなとがわ)がやってるのと同じ。  神隠(かみかく)しやで。別の言い方するなら、平行宇宙(パラレルワールド)的なもんに行けるわけ。SFやなあ。  結界(けっかい)()ってるつもりで、俺はどうも、違う位相(いそう)へ移動してたらしいねん。  四条(しじょう)大橋(おおはし)(とおる)とキスしてた時とかに、人が大勢(おおぜい)通ってんのに、誰も俺らを見てへんかったやろ。  そやけど、能面(のうめん)のお(まわ)りさんとか、八坂(やさか)さんに行く異界(いかい)(やつ)らには、ちゃあんとガン見されてたやろ。  あれは通常の人界(じんかい)から、俺らだけ一枚(となり)別位相(べついそう)に行ってたという事らしいねんなあ。手繋(てつな)いでたら連れていけんねん。  人間同士でも、全員がまったく同じ位相(いそう)にいてるとは限らんのやで。皆、何枚か貫通(かんつう)してんのや。  そやからたまに、こいつは俺とは違う世界にいてるんやないかと思うような、異様(いよう)な世界観の人とかいてるやろ。あれやん。あれです。世界が違うんです。  それでも生身(なまみ)一般人(パンピー)が、うろうろできる位相(いそう)は知れてる。  霊感(れいかん)強くて霊界(れいかい)が見えるとか、そういう人もいてるけど、基本、それは見えてるだけで、行けるわけやない。行ったら死んでるやんか。死後に行く世界やねんからな。  おおよそ普通の人間が生息(せいそく)できる、(いく)つかの位相(いそう)のことを、人界(じんかい)と呼んでいるらしい。それ以外(いがい)位相(いそう)もあると知ってたり、そこへ実際行けたりする神さんたちはな。  そして人界(じんかい)の中にも、未使用の位相(いそう)はある。既存(きそん)位相(いそう)位相(いそう)との間に、ちょっとした小部屋(こべや)的に、新しい位相(いそう)を作ったりもできる。四次元(よじげん)ポケットや。絵を描くのも、その方法のひとつやねん。もちろん、それ相応(そうおう)の霊力は()るけどな。  せやし俺は、実はもともと、位相(いそう)を作れる男やったんや。知らんかったなあ。俺もびっくりしたわ。  大崎(おおさき)先生が俺の絵に目をかけていたのは、その力が見えてたからやねん。  あの人、自分では絵を描かへんけども、絵を入り口にして、その中にある別の位相(いそう)へ入ることもできる。絵やのうても、普通にそこらへんにある別位相(べついそう)の入り口を、かぶせてあるサランラップを()くみたいに、ぺらーって()がせるんやで。  それについては、後で見せたる。異界(いかい)って案外(あんがい)、あっちこっちにあるんやなあ。 「めちゃめちゃ熱いねんけど、どないしたらええの?」  電話の相手に、俺はとりあえず()いた。ダメもとで。 『ええ? 知らんよ、そんなん。エアコン使(つこ)たら?』  めっちゃ面倒(めんどう)そうに、湊川(みなとがわ)に言われた。しかもガムまで()んでた。  怒ってんのか、仕事(たの)んだから。怒らんといてくれよ。一応ご主人様やのに。 「部屋が暑いんやないんや。なんか、目覚めてもうてな、力ありすぎで、自分が熱い」 『知らんわ、そんなん。かき氷でも食うとかはったらどないです? もう切るで、先生。仕事増えたしな、また寝られしまへんわ!』  めっちゃ冷たい。お陰様(かげさま)でちょっと冷えた。京都弁も怖いなあ。怒ったら京都弁なるんや、湊川(みなとがわ)。気をつけよう。 「待って、待ってくれ。お前の(けん)で、蔦子(つたこ)さんとこ挨拶(あいさつ)入れにいかなあかんねん。水煙(すいえん)も返してもらいたいし。相談もしたいし。電話(つな)がったついでやし、今から一緒に行ってくれ」 『なんで俺が同伴(どうはん)せなあかんねん。(さら)しもんか!』  マジギレしてたで。声。  そう言えば、湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)海道家(かいどうけ)に出入りしている(しき)やったわけやから、蔦子(つたこ)さんの他の式神(しきがみ)連中とは顔見知りなんやろうなあ。当たり前やわ。  信太とデキてて、鳥ともデキてて、雪男ともデキてたんやったら、他にもいろいろデキてたに決まってる。  それが、本間(ほんま)先生に(ほだ)されちゃったわというのは、まさか()ずかしいんかなあ。何か、そんなニュアンス感じたんやけど。やっぱり、こいつにも一応、()ずかしいことというのは、あるんやなあ。 「そんなん言わんと、一緒に来てくれ……じゃなくて、一緒に来い」  命令しといた。そのほうが、話が早いし。そしたら電話の向こうから、ものすご(するど)舌打(したう)ちの音が聞こえた。 『何を言うねん、お前はほんまに……あんだけ言うといたのに、さっそく(えら)そうに主人面(あるじづら)しくさって……わかりました!!』  ブチッて切れた。イメージ的には切れたというより、スマホを地面に(たた)きつけてぶっ(こわ)したから、切れなしゃあないみたいな切れ方やった。  怒ってるわあ。  俺、ひとりで蔦子(つたこ)さんに頭下げに行くの、ちょっぴり怖かったんやなあ。そやから一緒に行ってもらおうみたいな逃げ腰やったんやけど、もしかして蔦子(つたこ)さんより湊川(みなとがわ)のほうが怖いんとちがう?  (とおる)にも付いていってもらおうか。  俺はジト目でこっちを見ている水地(みずち)(とおる)を、ゆっくり気まずい横目で見つめ返した。  電話はもう切れてたんやけど、なんとなくそれを耳に当てたままやった。真正面(ましょうめん)から(へび)と向き合うのが、いろいろな点で怖すぎて。 「今の誰?」  (とおる)は一応()いてくれた。どうせ聞こえてたくせに。

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