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23-27 アキヒコ

「こいつ、ええ(やつ)や、アキちゃん」  ちょっと(こま)ったみたいに、(とおる)は俺にそう言うた。  世界人類が全員、もしも水地(みずち)(とおる)みたいやったら、今後、一個も戦争なんか起きひんから。エロがあればミサイルいらへん。  というか、それは、水地(みずち)(とおる)のふやけたピンク色の脳のせいだけでなく、たぶんラジオが何か、すごい話を耳打ちしたんや。  俺が、おとんが人肌(ひとはだ)に絵を描く話にぞくぞく来てたみたいに、(とおる)にもきっと()えツボがあって、そこを(ねら)()ちされたに違いない。  なんでそれが化けモンすぎる話なのか、俺は正直怖いけど。お前のその部分は永遠に知らないままでいたいような気がするんやけど。 「可愛(かわい)(へび)やなあ、先生。これも気に入ったわ。後でほんまに()して」 「()さへん!!」  俺は(あわ)てて返事した。本気で言うてるようにしか見えへんのやもん。 「なんで()さへんのや。ケチやなあ、ほんまに。てめえのケツも()さへんし、ツレのケツでも(いや)なんか」  それは人に(ののし)られるような事か? それとも俺に常識がないのか? 「ほんなら俺への報酬(ほうしゅう)はなんやねん?」  にやりと笑って、(おぼろ)様は俺を見た。  (こま)ったなあ。ほんまに(こま)った。まさかこんなアホみたいなエロ話が、契約交渉(けいやくこうしょう)やったなんて。 「何って……血でよければ」 「血でいいよ」  ますます、にやりとした(おぼろ)様の意地(いじ)悪い笑みは、それでええよと(ゆる)してるみたいな感じやった。俺はそれに、ちょっと、ぎくりとした。どきりとしたというか。  また抱いてくれ言われたら、(こま)るしな。 「血だけやで?」  ジトッと卑屈(ひくつ)な目をして、(とおる)がそう念押(ねんお)ししていた。それに湊川(みなとがわ)は、可愛(かわい)(へび)やなあみたいな目で、にこにこ(うなず)いてやっていた。 「今、()おか」  にっこり笑って(さそ)うように言われ、(とおる)はきょとんとして、ベッドの(はし)で足を組んで煙草(たばこ)吸うてる湊川(みなとがわ)を見つめた。 「()おか、って?」 「一緒に()おか。先生、今、(みなぎ)ってるっぽいし。二人がかりで、ちょっと()いたろか?」  (とおる)はまだ、きょとんとしていた。俺もちょっと、ぽかんとしていた。頭の切り()えが追いつかへんから。  血、()えるんや、湊川(みなとがわ)。って、そんなことを考えていた。吸血(きゅうけつ)するのは外道(げどう)の基本やと、以前、(とおる)が言うてたけども、ラジオも血()えるんや。  知らんかったわあ。(こわ)いラジオやで。吸血(きゅうけつ)ラジオ。小学生向けのアホな怪奇(かいき)特集みたい。  などと思ってるうちに、俺は湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)のモデルっぽい細腕(ほそうで)に、ひょい、ぽい、みたいにベッドに投げられていた。お前ちょっと怪力(かいりき)すぎやで。外道(げどう)そのものやないか。 「いただきまーす」  吸いかけやった煙草(たばこ)を、ぽいっと背後(はいご)に投げやって、湊川(みなとがわ)襟首(えりくび)(つか)んだ俺の頸動脈(けいどうみゃく)(ねら)っている顔やった。  料理番組に出てくる試食係(ししょくがかり)綺麗(きれい)なタレントさんみたいな、にっこり笑顔の口元に、しっかり(するど)(きば)が生えてた。ほんまに()うんや、こいつも。  それより煙草(たばこ)!  (とおる)はびっくりしたのか、投げ捨てられた煙草(たばこ)のほうをキャッチしに行っていた。  アホか(とおる)、俺はええのか!  俺も大概(たいがい)、腕力強くなったと思ってたのに、湊川(みなとがわ)には全く勝たれへんかった。  マスメディアの力をなめたらあかんかったわ。夏に狂犬病(きょうけんびょう)(さわ)ぎがあった時にも、俺はマスコミの前には無力やったしな。今も無力やで。やめてくれと言う間もなく、ガブーッて首()まれてた。  (こわ)いいっ。なんでか(あし)()られてるから。  なんでそんなことする必要あるんや、お前は! (まぎ)らわしいんや、ツッコミ担当(たんとう)なんかどうか曖昧(あいまい)やから。  俺はやらせへん。そう言うてるのに! (とおる)と俺と、二人まとめてこいつに()られたら、今後の人物相関(そうかん)どうなるねん! 「……めっちゃ美味(うま)い!」  (むさぼ)るようやった血を吸う(くちびる)を、必死で(はな)したような、赤く()れた口元を(おお)い、湊川(みなとがわ)(するど)(ひび)く声でコメントしてくれた。  ものすご美味(うま)そうやった。こんなんテレビでCMしてたら誰でも血()うようになるから! 「(へび)()え! 美味(うま)いもんは皆で食うたほうが楽しいんやから」  俺はゴハンか。  こいつらにとっては、少々そういう(ふし)はある。  いきなり(さそ)われて、(とおる)はびっくりしていたが、結局来たで。マジで来た。  (ひろ)い上げた煙草(たばこ)を、ベッドをごそごそ()っていって、枕元(まくらもと)のナイトテーブルにあるクリスタルの灰皿(はいざら)に置いてきてから、押さえ込まれてる俺の顔を、じっと(のぞ)き込みに来た。 「す……()うてもいい? アキちゃん?」 「助けようという気は全くしいひんのか!」  俺は(むな)しく助けを求めた。  でも、たぶん、血の(にお)いに()うてもうたんやろう。(とおる)はすでに、爛々(らんらん)と光る目やった。(した)なめずりするラジオの(くちびる)から(にお)う、俺の血の(にお)いに、腹減ったって顔をしていた。  どんだけ()うんやお前は。ついさっき抱いたばっかりやのに。  それに今朝は中西(なかにし)さんからも頂戴(ちょうだい)してきたばっかりなんやろ。  なんて貪欲(どんよく)(へび)や。俺はほんまに(なさ)けない。まさか(へび)とラジオと、二人がかりで()られるような羽目(はめ)になるとは。  湊川(みなとがわ)が食いついていたのと反対側の、俺の首の動脈(どうみゃく)に、(とおる)は結局、自分の(するど)(きば)を立てていた。  それには背筋(せすじ)怖気(おぞけ)()つような、独特の快感があって、俺はひいってなってた。

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