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23-28 アキヒコ
しかもまた、湊川 まで血を吸 いに来たから、俺もちょっと、二人がかりで食われたバゲット・サンドの気持ちがわかったよ。これもお行儀 悪い、ベッドでバゲット・サンドのラブラブ食いなんかしてもうた、俺のアホな行いへの因果応報 かな。
血を吸 うとは言うものの、ほんまにちゅうちゅう吸 うわけやないねん。牙 でできた傷口 から漏 れる血を、舐 めてるだけ。
そやから二人がかりで首舐 められてる。しかも気持ちいい。痛いのもちょっとある。痛気持 ちいい。微妙 ! 俺は微妙 な気分になってきています!
「アキちゃん、美味 い……いつもより、美味 くなってる。やめられへん……」
必死でぺろぺろ舐 めながら、亨 は俺に済 まないみたいに言うていた。
でも止 めてはくれへんかった。傷口 が塞 がりかけたところに、もっと血を出せと、また牙 を突 き立てていた。
まさか死なへんよな、これで。これが俺のご最期 やったら、ひどすぎる。
でもちょっと、パラダイス気味 かも。
はあはあ喘 ぐような、ふたりぶんの熱い息遣 いがして、まだ貧血 なってくる程 の失血 ではないはずやのに、俺の頭はくらくらしていた。
たぶん変な世界すぎ。これはどうやろ……あかんのと違う?
当家 では一応、吸血 は性行為 ではない、ゴハンやと、そういうカテゴリ分けになってるんやけど、ほんまにそうかなあ。
これゴハン? 先生、吸血 はゴハンに含 まれるんですか……?
言うてる場合か俺。蛇 とラジオに食い殺される。俺を貪 り食うてるで、こいつらは!
「痛い……痛いで、やめてくれ朧 !」
肉まで食うてんのやないかという噛 みつき方をされて、俺は慌 てて、自分に抱きついている、湊川 怜司 の背中を叩 いた。藻掻 くような手で。
それにはっとしたふうに、湊川 は血まみれの顔を上げた。そのまま、とっさに、袖口 で唇 を拭 ったんやろう。真っ赤に染 まった、夏でも長袖 のままの白いシャツのカフスを見て、湊川 は困 ったように眉 をひそめた。
「あ……っ、やってもうた。先生、服貸 してくれ」
俺の怪我 よりシャツの袖 なんや。優 しいなあ、朧 様。
まあいい。優 しすぎると惚 れてまうから。それに俺の怪我 はどうせ、すぐに治るんやし。シャツの袖 は洗濯 せな直 らんもんな。
「最悪や。血の染 みって取れへん」
「すぐにホテルのランドリーに出したら落ちるで。たぶん。このホテルの職人 はハンパないのを入れてるはずやから」
いかにも親切げに言うてる亨 に、そうかなあと、ぼやく口調で答えつつ、湊川 はもう脱 ぎはじめてた。
脱 ぐな。この場の雰囲気 がますます怪 しくなっていくから。
上半身 裸 になって、湊川 は何の遠慮 もなく、ナイトテーブルの上にある内線 電話から、ホテルのランドリーに電話をかけていた。
どうも服とか靴 とか、そういうもんに、異様 な執着 のある奴 らしいと、その話してる声を聞きながら、俺は思った。
まあ、流行 とかファッションとかも、京雀 の好 むところやろうしな。
今すぐ洗濯物 とりに来てくれと、まるで親が危篤 みたいな哀 れっぽい口調 で、湊川 はランドリーの人に泣きついていた。
袖 に血がついたくらいで、そんなんなるとは。人にも式 にも、どこに弱点が潜 んでいるか、わからんもんや。
「血なんか吸 うの久々 やったし、必死になってもうた」
それが、ものすご不覚 という、苦虫 かみつぶした顔をして、湊川 はベッドのヘッドボードに背を預 け、片膝 を抱いて、所在 なさそうに座っていた。
その手には脱 いだシャツを持ったままやった。そんなに気になるか、その洗濯物 。
「ええやん、別に……服なんか、また買えば」
これはアキちゃんの、バイ・ナウ病なボンボン的発言。
そんな、ほとんどまだ寝たままの、ベッドの上にいる俺を、湊川 はじろりと冷たく見た。なんか、恨 みがましい目やった。
「これはどこにも売ってへん」
「同じのなくても、他に気に入る新しいのがあるやろ」
俺ってやっぱ鈍 いんやろなあ。ふん、みたいに澄 まして怒っている湊川 が、そっぽ向いてるのを、ぽかんと見てるだけやった。
なんやねん、もう。なんで俺が怒られなあかんねん。外道 に二人がかりで血吸 われてやで、がつがつ噛 まれたのやで。それで袖 に血付いたわって、そんなん自分のせいやんか。
つんつんしやがって、昨夜 とえらい違 うなあと、俺もちょっとムッとした。
「遅 いなあ、ランドリーの人。代わりの服借 りるで、先生」
イライラすんのか、たった今電話したばかりの相手がまだ来ないことにまで、湊川 は文句を言い、ベッドの脇 にあるクロゼットの扉 を勝手に開けに行っていた。
そこには俺と亨 の服が半分ずつ入っているけど、湊川 は割 と長身やしな、亨 の服では小さいんやろ。それとも趣味 が合わへんだけか。そっちには見向きもせずに、ハンガーに吊 してある半分は新品のままの服を、指でなぞって選んでいた。
新品のほうを取るもんと、俺は信じて見てたんやけど、朧 は俺が一回着たことあるほうの、クリーニングされたナイロンのカバーを破 って、特に飾 り気はない白のシャツを選んで着ていた。
半袖 から出る、生白 いような腕 が、なんか眩 しかった。
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