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23-30 アキヒコ

 よかったわあ、血()うてる時とか、上半身(はだか)の時やのうて。俺も服着てて。  それに、もっと前の、(とおる)とがっつりいちゃついてる時やのうて。  お前が帰ってくるかもしれへんて、1ミリも思いついてへんかった。そんな俺も大概(たいがい)、鬼というかアホやなあ。  ほんまにどうしよ。なんで(とおる)はいつまでも服着いひん(やつ)なんやろう。お行儀(ぎょうぎ)悪いわ。俺なんか風呂(ふろ)入って服まで着たのに。なんで着といてくれへんかったんや。  気まずい気まずい。気まずすぎ。水地(みずち)(とおる)が。  俺はそう身構(みがま)えていたけど、瑞希(みずき)はあんぐりして、ラジオのほうを指さした。 「増えてる?」  そうやでって、(とおる)とラジオは(うなず)いていた。しょうがないから俺も(うなず)いた。  でも、それは、今初めて知った(わけ)やないよな。俺がやってもうた話は、当夜のうちにお前も聞いてたんやろ。  まさか知らんてことはないんやろ。まさか何も話してやってへんかったんか、水煙(すいえん)(とおる)も。  意味わからへんうちに俺がおらんで、それが泥酔(でいすい)して帰ってきて、何や(わけ)わからんうちに(とおる)と三人でベッドインさせられてたんか。  まさかな。 「誰です、これ?」 「ラジオ」  ついつい(ゆび)さしたまま俺に()いてる瑞希(みずき)に、(とおる)端的(たんてき)な返事をしてやっていた。 「お前に()いてへん。先輩に()いてんのや。誰です、この人?」  まるで瑞希(みずき)は俺の(よめ)みたいやった。どう見ても怒ってた。  おかしいなあ。ありえへん言うて出ていったんやんか。俺はお前に、もう捨てられたんやと思うてたわ。  違うんかなあ。どないしたらええんやろ。 「ラジオの(せい)や……」  (とおる)と大差ないことを、俺はやむをえず答えてた。あんまり(くわ)しく言いたない。 「誰これ。洗濯屋(せんたくや)? 王子様ルックの?」  そうやないやろ、どう見ても違うやろと思えることを、湊川(みなとがわ)は平気で()いてた。  お前は勝呂(すぐろ)瑞希(みずき)のヤバさを知らんから、そんなこと平気で言えるんや。洒落(しゃれ)の通じる相手やあれへんぞ。 「誰が洗濯屋(せんたくや)や! 俺は先輩の……」  (さけ)んでもうてから、何やっけって、急に泳ぐ目になって、瑞希(みずき)は俺とか(とおる)とかを見た。 「式神(しきがみ)」  台詞(せりふ)忘れた人に教えてやる(かかり)の人みたいに、(とおる)(ささや)いてやっていた。  瑞希(みずき)はそれがちょっと、(くや)しいらしかった。  そうやないと思いたいんやろな。(しき)やない、恋人なんやと思いたいんやろ。  でも実際そうやから。堪忍(かんにん)してくれ。 「……式神(しきがみ)です」  しょんぼり痛恨(つうこん)の顔をして、瑞希(みずき)はがっくりそれを(みと)めた。  呆気(あっけ)にとられて、湊川(みなとがわ)瑞希(みずき)(なが)め、ふと思い出したような顔をして、ああ、と(うれ)しそうな顔をした。 「わかったわかった。やっときゃよかったケツ可愛(かわい)い犬や」  お前は俺を殺しに来た刺客(しかく)やったんか。  泣きそう。俺もうほんまに泣きそう。何を話したんやろう、俺はこいつに。テンパってもうてて、(くわ)しく(おぼ)えてない。  (とおる)瑞希(みずき)はすごい怖い顔をしたが、完璧(かんぺき)には意味わかってへんらしかった。俺は一リットルくらい汗出た気分がしたわ。 「誰がケツ可愛(かわい)い犬や……」  言われたくなかったんか、瑞希(みずき)は低く(うな)るような声やった。いや、事実やで、それは。 「何やねん先輩、このモデル系。こんなんがええんですか。めっちゃ背高いですよ、こいつ。先輩とあんまり変わらへんで」  そうやなあ、そうやそうや。ほんまにそうやと、俺はうんうん(うなず)いていた。  下手(へた)すりゃ俺に突っ込もうという男や。無謀(むぼう)やな、(おぼろ)様と(たわむ)れるのは。  確かにお前の言うとおりやから、ワナワナすんのやめてくれ、瑞希(みずき)。それは(とおる)担当(たんとう)やないか。  お前がやってもうたら、水地(みずち)(とおる)はすることなくなる。ぼけっとしてるで、(とおる)。ポカーンとしてる。出遅(でおく)れすぎて(かた)まっている。 「なんで……なんでこいつが先輩の服着てんの?」  悲しそうに、瑞希(みずき)はそう()いた。  あれっ。そうやったっけ? もうええか。そんな気絶寸前(きぜつすんぜん)リアクションは。  よう見てるわあ、瑞希(みずき)。なんで知ってんのやろ、戻ってきたばっかりやのに。  俺が着てた服なんか、なんで知ってんの。  クロゼットの中見たな、お前。何を見てんねん、チェック(きび)しすぎやで。 「あー、なんでもないよ、これは。服汚れたし、借りただけやで。部屋帰って自分の着たら、すぐ返すしな」  にこにこ言うて、湊川(みなとがわ)は、これがそうやというふうに、瑞希(みずき)に血の付いているほうのシャツを()って見せていた。  それを見て、瑞希(みずき)瞳孔(どうこう)が、急に開いたような気がした。  そして、くんくんと、(にお)()いでるみたいな仕草(しぐさ)をして、見る見る真っ青な顔色になった。 「先輩の血や……」 「鼻ええなあ、さすが犬」  感心したふうに、湊川(みなとがわ)()めたが、瑞希(みずき)はなんでか喧嘩腰(けんかごし)やった。 「うるさいっ。何したんや、先輩に。なんで血なんか出てんのや!」  場合によってはぶっ殺すみたいな口調やった。そして、むらむら霊威(れいい)(はっ)する瑞希(みずき)は、今にも変転(へんてん)しそうに見えた。  俺はぽかんとそれを見て、瑞希(みずき)がなんで怒ってんのか、ぼんやり理解してきた。  こいつ、俺のこと心配してくれてんのや。

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