414 / 928
23-31 アキヒコ
「なんもしてへん、血吸 うただけ。式神 なるし、給料代わりやで。お前ももらえば? 精力 足りてへんやんか。別に抱いてもらわれへんでも、血飲めばええんやで。つまらへんけどな?」
たぶん親切で言うてんのやろけど。湊川 。
にこにこ余裕 の笑顔で言われ、瑞希 は顔真っ青やったのに、見る間に真っ赤になっていた。
でも、照 れてるわけやないと思う。怒ってんのやろ。恥 ずかしかったんやろけど、でも頭に来てもいる。図星 やったし、そんなん言われたくないよな。
すんません。全部俺が悪いです。先輩ありえへんから。殺してええから。地獄 へ堕 ちろやから。全部その通りです……。
「吸わへん……血なんか。そんなん、外道 そのものやないか!」
「外道 そのものやもん」
必死で喚 いている瑞希 に、けろっと応 じて、湊川 は、なぁ? みたいに小首 を傾 げて、いかにも親しげに亨 に同意を求めていた。
でも亨 は、話振 らんといてくれみたいに、ブルブル首振 って拒 んでた。巻き込まれたくないよな。
俺も嫌 やわ。できれば修羅場は嫌や。
せっかく蛇 VSラジオは奇跡的 に回避 されたのに。結局、犬VSラジオでアキちゃん血まみれになるんや。
「格好 つけんでええやん。我慢 しすぎて人食うてまうよりマシやで。本間 先生の血吸 うの恥 ずかしいんやったら、別に覡 やのうてもエサはやれるで。俺でもやれるし、信太 も夏場 は食い放題 やしな。冬場 は冬場 でかき氷がおるわ。寒いけどなあ」
あっはっはと笑って言うて、ねえ先生て、湊川 は今度は俺を巻き込んできた。
ねえ先生やないから。俺の口から言うたら鬼すぎるから。
お前ほんまに俺の話ちゃんと聞いとったんか。理解してんのか。しててもこれか、湊川 。
「抱いたろか。飢 えてんのやったら」
首を傾 げて、湊川 はそれが、何でもないことみたいに訊 いた。
俺にもそんな態度 やったわ。やるか、やらんのか、俺はどっちでもええけどみたいな、欲 があるのかどうか、よう分からんような、捌 けた感じで。
俺にはそれが気楽 やったけど、でも瑞希 にとっては腹立つだけやろ。馬鹿にされてるとしか思えへんやろ。
湊川 にはそんな悪気はないんやろけど。むしろ親切心なんかもしれへんのやけど。こいつちょっと邪悪系 入ってるからなあ。
瑞希 は末期的 にワナワナしていた。好き勝手に喧嘩 できるんやったら、もう殴 ってる。変転 して飛びかかってる。そんな感じやったし、俺ははらはらしてたけど、忘れてたんや。
こいつも俺の式 やから、戦うのにも主人の命令がいる。増 して相手も俺の式 やし、一種の財産 やからな。勝手にはドツキ倒 されへんのや。
「……死ね!」
めっちゃ憎いみたいに、瑞希 はそれだけ捨 て台詞 を吐 いていた。でも、顔を覆 って耐 えてる姿 やった。
そういえば、俺はこいつにエサやってない。実はもともと、戻ってきた時点で腹ぺこやったんやないか。しんどそうやったもん。
なんで気がつかんかったんやろうか。亨 が元気ないときに、どうすりゃええか、よう知ってるはずやのに。
「言われんでも、もうすぐ死ぬよう。ざまあ見ろやろ? なあ、先生」
可笑 しそうに、くつくつ笑って、湊川 は新しい煙草 に火をつけていた。
モク中やなあ、こいつ。信太もそうやし、二人で居るとひっきりなしに吸 うてる感じなんやろなあ。きっと、そんな悪い影響 で、不死鳥 まで煙草 吸 うんや。
「その件 やけど……」
今言うような事やろか。でも、せっかく話題に出たし。言うなら早う言うてやらんとと、俺は思った。
「お前はもう、生 け贄 行かんでええしな……」
「なんでや。信太 か? あんなん、言うてるだけや。俺にも電話してきよったけどなあ、余 ってんのが死ぬのが合理的 やで。アホか、お前のためやない、寛太 が好きやねんて言うといてやった。そしたら黙 ってたで?」
くすくす皮肉 に笑って、湊川 は俺の話を押しのけていた。
電話したんや、信太 。なんでしたんや。最後にええ格好 したかったんか。アホみたい。
けど俺も、ある意味そうかもしれへん。俺の代わりに死んでくれとは、格好 悪うて頼 みたくない。俺が逝 くからって、ええ格好 したいだけなんやないか。
せやけど、どうせ男なんて、そんなもんやで。モテたいだけ。格好 ええなあって思うてもらいたいだけ。
それで俺のこと、ずうっと憶 えておいてくれって、必死になってるだけ。
本能 やねん、たぶん。自分が犠牲 になってでも、愛 しいものを守れたら、それで本望 と思うのは。腹減ったら飯食うのと同じ。
「いや、信太 も違う。心配せんといてくれ。俺が頼 んだことは、もう忘れてくれてええから。変なこと頼 んで、悪かったな」
詫 びを入れてる俺の顔を、じいっと見て、湊川 は煙草 を吸 うてた。ふうっと吐 き出される煙 の文様 が、ゆらゆらたなびいてきて、俺の胸に当たって乱 れた。
「ふうん。逝 かんでええなら、別に生きとくけど……」
もう一息、香炉 の煙 の匂 いがする煙草 を吸 って、湊川 はちょっと、考えているふうやった。
「でも、信太 はマジやで。あいつのアホは、死なんと直らへん。神として、民 を救 って死ぬんでなきゃ、生きてる意味ないと思うてる。負け犬ならぬ、負け虎 や。自信がないねん。お前は俺を愛してへんて、そればっかり言うてる。それは自分にそれだけの価値がないからやと思うてんねん」
ともだちにシェアしよう!